第200話、零戦五三型と流星、そして彩雲
日本海軍の空母航空隊は、零式艦上戦闘機と九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機が主だった。
魔技研関係では、九九式艦上戦闘機や二式艦上攻撃機などが運用されていたのだが、南雲機動部隊でも、その後を継いだ小沢機動部隊でも、零戦、九九艦爆、九七艦攻が主力となっていた。
しかし、こと戦闘機で見るならば、零戦は異世界帝国軍戦闘機に対して劣勢を強いられていた。
日本海軍の古参パイロットたちが重視してきた空中格闘戦は、異世界帝国機のスピードの前には不利であり、特にエントマ高速戦闘機が現れ、速度でおそよ100キロも差をつけられるとお手上げだった。
対空誘導弾による迎撃方法を用いて、何とか対処をした日本海軍戦闘機隊だが、誘導弾戦術に格闘能力はさほど重要ではなかった。……距離を離した位置からの先制攻撃なら、九九式艦爆がすでにやっていて、零戦の格闘能力が重視されることはなかったのだ。
もっとも零戦の運動性は、空母に迫る敵艦攻を阻止するには充分であり、低空での戦闘力では相変わらず素晴らしいものがあった。
日本海軍は、零戦の次の新型戦闘機の開発を進めていたが、それが配備されるまでの繋ぎとなる機体もまた欲した。
三菱に新型戦闘機の設計開発を進めさせる一方、手すきとなった零戦の改造案は、九頭島の技術者が行った、武本『春風』エンジン一二型、空冷1480馬力を積んだ型が採用されることになった。
五三型と名付けられたこの改造零戦は、最高時速594キロを発揮し、現在の主力機である三二型に比べて約50キロ速くなっている。
……もっとも、九頭島出身の武本九九式艦上戦闘機は、同じエンジンを積んで時速611キロ出るのだが、そこは速度重視の同機と、運動能力優先で作られた零戦の設計、構造の違いである。
零戦五三型の売りは、速度アップしたにも関わらず、二一型と同様の運動性をしっかり確保していることだ。これには試験をした横須賀航空隊からも絶賛された。本来なら魔法防弾や武装で重量が増しているはずだが、軽量魔法処理によって、二一型と重量がほとんど変わらないことが影響している。
改修案を出した坂上技師は、軽量化魔法がなければ、零戦の売りを消した凡作だった、と公言していた。
年明け頃には量産が決定し、晴れて7月。第一機動艦隊にも配備が始まった。
特に空母『紅鶴』には、新型である零戦五三型で訓練した部隊が載っており、他空母の戦闘機も、五三型に切り替えと訓練が進められている。
正直、インド洋作戦に向けて、じっくり三二型から五三型に転換した搭乗員たちに慣れさせたいところだが、時間がないので、できる時に訓練が進められていた。……それもこれも、燃料事情が好転していることもプラスに働いている。
・ ・ ・
さて、零戦五三型と時を同じくして、新鋭艦上攻撃機『流星』が実戦配備された。
1941年――昭和16年に、日本海軍は、艦上爆撃機と艦上攻撃機の統合を目指した十六試艦上攻撃機の開発を愛知航空機に命じていた。
艦上爆撃機には大威力の爆弾を、鈍重な艦上攻撃機には機敏さを。性能の高い機体を求めると、双方かなりの部分で被る部分があって、いっそ一つにしてしまったほうが、効率がよいと考えられた結果、作られたのだ。
高度5000メートルで、最高時速555キロ以上。
長い航続距離。
500キロ爆弾はもちろん、1000キロの魚雷も搭載可能なこと。
さらに空戦能力は九九式艦上爆撃機並みで、構造は堅牢、工作容易で整備良好、量産性にも優れる……などなど、要求は苛烈を極めた。
愛知航空機は、昨年後半に試作一号機を完成させ、年明けには初飛行が行われた。その結果、性能抜群にて、海軍は量産を決定した。
主翼の空力特性の修正や細かな点で改良が加えられた上で、量産化が進み、開発中である十三試艦上爆撃機『彗星』や、陸上基地用に量産が開始されていた『天山』より、一足早く空母航空隊用に配備されることになった。
なお、この流星の早期成功の背景には、いくつもの要因があった。
九頭島で、魔法装備と航空関係の技術者である坂上博士は、こう語る。
「まず第一点、誉エンジンが想定通りの能力を発揮したことだね」
異世界帝国との戦争により、冷え込んでいた日米関係は改善の方向に向かっていた。石油をはじめとした物資の輸入が再開されたことは、流星が搭載する発動機の性能発揮に多大な影響をもたらした。
『誉』エンジン。中島飛行機と日本海軍航空技術廠で共同開発された航空機用2000馬力級発動機。このクラスのエンジンにしてはコンパクトにまとめられ、本領を発揮できるなら、小型ながら高出力と、理想的なエンジンであった。
完成はしたものの、部品の質でトラブルが少なくなかったものの、アメリカから輸入された高品質の部品を用いることで解決。さらに使用を想定されていたオクタン価100のハイオクタンガソリンや高性能潤滑油が、アメリカから入ってくることもあって、誉は期待の高性能エンジンとして量産が進んだ。
「――仮に、異世界帝国が現れず、外交関係で険悪だった日米で戦争になっていたなら、きっとこの『誉』は完成しなかったか、あるいは性能を十二分に発揮できなかっただろうね」
坂上博士は、そう表現した。
「第二点、開発の早い段階で、致命的な失敗に気づけて修正できたことだ」
流星の開発段階から、海軍からの要求を満たすため、様々な装備や機構が用いられていた。しかし、その分、重量の問題が出てくることが早くから指摘されていた。
愛知航空機は、当時、魔技研と協力関係にある武本製航空機が、軽量化魔法処理なる重量軽減策を用いていることを知り、武本重工業に相談。武本側からの了承があり、魔技研技術者が派遣された。
「まあ、私もその一員だったんだがね」
坂上は笑う。なお、愛知航空機は、水上機を多く手がけていた会社であり、フロートを魔力展開式に換装する改修作業などで、魔技研と武本重工業と接点を持っていた。
「機体が軽くなれば、運動性もよくなるからね。九九式艦上爆撃機並みの運動性を持たせろという海軍の要求を満たすためにも、軽量化魔法処理は欠かせないと見たのだろう」
かくて、軽量化魔法を発動させる装置を機体に組み込むために、どこにどのように載せるか設計図を確認。さらにどれくらいの重量を軽減するか、内部資料と睨めっこした結果、坂上は気づいた。
「これ、強度計算間違ってない? って」
構造強度計算の間違いは、想定よりも重量超過を引きおこし、軽量化魔法処理を持ってしても、実機では予想を下回る結果になるのでは、と考えられた。
「ただでさえ、重すぎて、現状の空母の装備では着艦できないってなっていたから、これは軽量化魔法装置のレベルも上げなければ、と武本の魔法装備開発部門にも動員をかける羽目になったね」
軽量化魔法処理がなければ、流星は自重3.5トン、全備重量6トンにもなる重量機となっていた。それはつまり『空母で使えるように軽くしろ』と海軍からリテイクが掛かるところであった。
「まあ、これも軽量化魔法で、誤魔化した機体の一つだ。普通なら、とても43年中旬に配備なんてできなかったと思うよ」
かくて、大きなやり直しもなく、米国製品と魔技研の技術に助けられた流星は、インド洋に赴く第一機動艦隊の艦載機として、一定数の配備に間に合ったのだった。
・ ・ ・
さて、多分におまけ的な扱いになるが、最後に十七試艦上偵察機として開発された『彩雲』についても少し触れよう。
世界でも珍しい『偵察』専用の艦上偵察機である。世界的に見れば、空母艦載機における偵察は艦上攻撃機や艦上爆撃機が兼任してきたわけだが、日本海軍は高速力と長大な航続距離に極振りした専門機を作った。
これの開発は、すんなり完成した。高速力の肝である『誉』発動機が、米国製品と高オクタンガソリンの供給もあって所定の性能を満たしたからだ。
なお、その速度は、かのエントマ高速戦闘機すら振り切る最高時速694キロをマークした。
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・零式艦上戦闘機五三型
乗員:1名
全長:9.21メートル
全幅:11メートル
自重:1720キログラム
発動機:武本『春風』一二型、空冷1480馬力
速度:594キロメートル
航続距離:1920キロメートル
武装:13ミリ機銃×2 20ミリ機銃×2 30キロもしくは60キロ爆弾×2、もしくはロケット弾×4
その他:零戦二一型をベースに、武本製『春風』エンジンを搭載した改良型。新型機開発の間を埋める機体として、魔技研の技術者によって提出。横須賀航空隊の試験の上、量産が決まった。軽量魔法処理により、重量は二一型より若干軽くなり、運動性も確保されている。速度面もエンジンの馬力向上に加え、推力式単排気管の採用で速度も上がっている二一型の運動性、航続距離を持ち、魔法防弾による防御性能の向上を果たして、新型機の登場まで前線を支えた。
・艦上攻撃機『流星』
乗員:2名
全長:11.5メートル
全幅:14.4メートル(主翼折りたたみ時:8.3メートル)
自重:2320キログラム
発動機:中島『誉』一二型、空冷1850馬力
速度:588キロメートル
航続距離:1852キロメートル
武装:20ミリ機銃×2 後方13ミリ機銃×1 1000キロ誘導弾乃至魚雷×1
30キロもしくは60キロ爆弾、ロケット弾×4
その他:日本海軍が愛知航空機に開発を命じた艦上攻撃機。艦上爆撃機と艦上攻撃機の双方の特性を持ち、一機種に統合するべく計画された。様々な装備、防弾装置も含めた結果、日本空母では離着艦に対応できない重量機となるため、魔技研による軽量化魔法処置により、九七艦上攻撃機並みの重量に抑えている。発動機は新型『誉』だが、アメリカからの部品輸入と高オクタンガソリン、潤滑油などを用いることで所定の性能を発揮した。
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