第201話、アメリカからの申し出
その日、山本五十六大将は海軍省にいた。
永野軍令部総長、嶋田繁太郎海軍大臣、そして連合艦隊司令長官である山本が、一つ同じ部屋で、顔を合わせている。
「……てっきり、僕が旗艦で最前線に行ったことを咎められるかと思った」
山本は、おどけた様子で言った。
モルッカ海海戦と呼称される、異世界帝国機動部隊撃滅戦において、山本は戦艦『播磨』単艦で戦地に赴いた。幽霊艦隊や魔技研経由の援軍の支援により、敵機動部隊の撃滅には成功した。
しかし――
「ああいうことは、してくれるな。後始末が大変だ」
嶋田は憮然とした表情を崩さなかった。
「第八艦隊が敵の新鋭戦艦に喰われたというじゃないか。一歩間違えれば、お前もそうなっていたかもしれんのだ。自重してくれよ」
「……」
山本は答えなかった。見守っていた永野が咳払いする。
「今回は、その話をするために我々が集まったわけではないのだ。海軍のこれからに関わる重大な案件だ」
「正直、今でも信じられないですな」
嶋田は眉間にしわを寄せる。
「まさか米国が、我が国と共同戦線を持ちかけてくるとは……」
その言葉に、山本は腕を組んだ。
先日、アメリカから持ちかけられたそれは、日本海軍にとっても驚きだった。
簡単に言えば、『ハワイを奪回したいので、艦隊を出してくれないか』というもの。
「合衆国は、鬼の居ぬ間にハワイを取り戻そうとしたが、異世界帝国の太平洋艦隊が現れたことで、攻略を諦めて撤退した。その際、空母を何隻か失っている」
アメリカは新造艦を繰り出したが、太平洋戦域での反攻の第一歩で躓いた。本土での防空戦、メキシコ国境での異世界帝国陸軍の衝突など、戦線は膠着しており、国民にアピールする意味でも勝利が欲しかったはずだ。
だからこそ、戦力を欲しているのだ。
「米海軍どうこうはともかく、彼らがハワイを奪回できなかったことで、中部太平洋戦域は、東と南、双方から備える形となっている」
「ウェーク島攻略も、その防波堤の一つだと解釈している」
嶋田は苦いものを口に含んだような顔になる。
「それで、次にマーシャル諸島……ここまではいい。元々、日本の統治領だったわけだから。しかし、インド洋作戦を控えて、ハワイに手を出すなど、無茶だ」
戦力を二分した状態で、アメリカ海軍と合同とはいえ、敵太平洋艦隊本拠地であるハワイに攻め込む。慎重派の嶋田としては、受け入れがたかった。
「戦力の集中は戦いの基本だ。大陸からの異世界軍の侵攻を阻止しなければならない現状、米国の手助けをする余裕はない」
「そうだろうか?」
永野は視線を落とし、窺うような上目遣いになった。
「アメリカさんも、もちろんタダで我々を使おうというわけではない。これまで以上に、物資の提供と資源の輸出を図ってくれるだろう」
「それだけでは足りませんな」
嶋田は顔をしかめた。
「仮に百歩譲って、我々がハワイ奪回に協力したとして、アメリカさんが、アジアに進出する敵を阻止するために軍を派遣してくれるわけでもない。交換条件にもなりはしない」
「米国陸軍をアジアに送ることはないだろうな」
山本は首肯した。
「米本土で頑張っている状況で、陸軍を派兵する余裕などアメさんにはないな」
「そういうことだ」
嶋田は腕を組んで頷いた。
「仮に我々が異世界帝国を追い出したウェーク、グアム、フィリピンなどのアメリカ領を我が国に譲渡する――最低でもそれくらいはしないと、陸軍も乗ってこないだろう」
そうかな、と山本は首を傾げた。アメリカが日本に譲歩したとして、日本陸軍は、それらの島々を渡すと言われても食指は動かないのではないか。……いや、フィリピンは別か。
しかし、アメリカが自領を手放すとは思えない山本である。彼らの気質的に、そこまでするのは、それこそ窮地に陥っている時でもなければあり得ないと思う。
「だが、これは彼らに譲歩を引き出すいい機会だと思うんだ」
永野は皮肉げな笑みを浮かべた。
「軍令部としては、アメリカと同盟軍を編成してハワイ奪回に協力する、というのは、前向きに考えていいと思う」
「と、言いますと?」
「まず、第一に、我々はインド洋作戦を行わねばならない。そのために太平洋戦域に戦力の集中はできないが、その不足はアメリカ海軍が担う」
そもそも、アメリカ側からの共同作戦の申し出である。何も日本が真面目に全戦力を用意する必要はない。
「そして我々は大陸に軍を集中せなばならない状況ゆえ、陸軍は出せない。ハワイ占領と奪回は、米軍でやってもらう」
「なるほど」
山本は唇の端を吊り上げた。
「いいですな。そもそも彼らの土地だ。日本兵が一兵も上陸しないのは、彼らとしても安心なのではないですか」
そうなると、日本がハワイ奪回に協力するとなった時、海軍のみの作戦ということになる。陸軍が介入しない以上、彼らもとやかく口を挟む余地はない。
上陸は、米陸軍と海兵隊が担当する。変に日本兵が現地に上陸すると、戦後処理で色々面倒も起こるだろうが、それがないなら、アメリカ的にも助かるのではないか。
「あと、ハワイ作戦で、我が軍が消費する資金、燃料、物資すべてをアメリカが負担すること」
「ますますいいですな」
山本は相好を崩す。戦いとなれば人命は失われるが、それ以外の消費が米軍支払いというのであれば、なるほど悪い話ではない。
軍艦を動かすには燃料を消費するし、戦えば弾薬を、何もしなくても兵隊の飯は消耗品は減っていくのだ。さらに大規模作戦となれば戦費も馬鹿にならない。それを相手持ちで、しかもハワイが奪回できれば、中部太平洋戦域での警戒は南側だけになる。インド洋に部隊をとられる今を考えれば、これはいい話だ。
連合艦隊としては、戦力のやり繰りに悩みどころであったが、面倒な敵太平洋艦隊の本拠地がなくなるのならば、メリットも大きい――山本は乗り気になった。
一方で、嶋田は渋い表情のままだった。永野は続ける。
「さっき嶋田君は、米軍が大陸での戦いに協力することはないと言ったが、何も兵を出すだけが全てではあるまい」
「総長……?」
「山本君、デトロイトの自動車工場は凄いそうだな」
唐突に永野は言った。駐米武官として二度アメリカに渡った山本である。アメリカの驚異的な工業力を目の当たりにしている。
彼らが本気を出せば自動車どころか、トラックや戦車、飛行機も万の単位で量産するだろう。それに思い当たり、山本はニヤリとした。
「はい。大陸での戦いのために、彼らに戦車や航空機を提供してもらいましょう。陸軍さんも、喜ぶのではないですか」
嶋田は目を丸くする。異世界帝国との戦いの前、米国は日本と戦う中華民国を援助した。ドイツと戦い、異世界人とも戦うことになったイギリスやソ連など連合国にも武器貸与法を用いた。
今では異世界帝国によって、そのほとんどが流れなくなったが、それら兵器や物資を、日本に融通する在庫があるのではないか?
貸与などとは言わない。ハワイ奪回に協力する条件として無償提供しても、バチは当たらないのでなかろうか?
もちろん、これは日本政府が上手く交渉する話ではあるが、大陸での戦いに陸軍は武器が欲しいだろうし、内閣総理大臣は、かの陸軍大臣殿だ。
予算の都合上、彼らも機械化が中々進まず苛立っていただろうから、せっかくの機会を利用するべきではないか、と山本は思った。
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