第18話、軍令部第五部・魔法技術研究部


 軍令部――天皇に直属し、陛下の指揮運用を助け、海軍の作戦指揮をまとめる。


 要するに、陛下のご意向に従い、海軍を動かす組織である。


 連合艦隊が現地で戦うなら、軍令部は、その連合艦隊に、こういう作戦を立てたから、実行してくるように、と命令するのである。


 なお実際に戦う連合艦隊も、軍令部の立案した作戦について、それが実行可能か検討し、こうしたほうがいいのではという提案や、今は実行できない、無理など、意見したり突っぱねたりすることもある。


 軍令部には、


 作戦担当の第一課(作戦・編成)、第二課(教育・演習)。

 軍備担当の第三課(軍備・兵器)、第四課(出動・動員)。

 情報担当の第五課(米大陸情報)、第六課(中国情報)、第七課(ソ欧情報)、第八課(英欧情報)。


 通信担当の第九課(通信計画)、第十課(暗号)、第十一課(通信防衛)。

 臨時戦史部・特務班。


 などと、部署が存在するわけだが、表向き記載されていない部署が存在している。


 それが海軍魔法技術研究部、通称、魔技研である。


 なお、その魔技研が、軍令部に所属していることを知る者は、海軍内でも極少ない。魔法研究などという、胡散臭い連中がいることは知っていても、海軍のどこに所属しているのか、大半の者は知らないのである。


 その事実は、同じ軍令部員たちすら知らず、魔技研と深い関係がある、たとえば第九艦隊なり九頭島根拠地や航空隊の人員すら、軍令部に属していることを知らない者が大半だった。


 そもそも扱っているものが、魔法などという得体の知れないもの、というものということもあり、天下の軍隊がそんなオカルトに走っているというのは、あまりよろしくない評判がつきかねない。


 しかし、この世には、確かに魔法が存在する。一般的には廃れてしまっただけで、歴史を遡れば、魔法は用いられてきた。


 その能力を軍事に転用し、装備の開発、運用を行っているのが、海軍軍令部第五部、第十一課でもある魔技研なのである。


「――宇垣君、君は、知っていたかね?」


 呉軍港に戻った山本五十六は、参謀長である宇垣少将に問うた。宇垣は41年まで、軍令部第一部長だったのだ。


「いえ、私は知りませんでした」


 軍令部に第五部があり、そこが噂の魔技研だったのを初めて聞かされ驚愕した。


「徹底しているな」


 山本は肩をすくめる。宇垣が嘘を言っていないのは間違いない。初めて第九艦隊の戦艦『土佐』に乗艦した時、魔技研の神明大佐と会った時も、彼は全く知らなかった。

 むしろ、魔技研に反応したのは、黒島先任参謀のほうだった。


「軍令部内を、魔技研の者がうろついていると、何度か噂にはありましたが……」

「局員も、まさか身内とは知らなかった、と」


 酷い冗談だと、山本は思った。宇垣は首を傾げる。


「永野総長は、どこまでご存じだったのでしょうか?」

「さて、あの御仁が全てを明かしたわけでもないだろうし……。ただ第九艦隊を動かしたということは、知っていたんだろうね」


 山本は苦笑する。そしておそらく、神明大佐も、山本が更迭され、連合艦隊司令長官を辞することはない、と理解していたのだろう。


 彼が山本らと面談した際、連合艦隊に対して、魔技研は自由にやらせてくれと言ったのも、この展開がわかっていたからに違いない。


 魔技研が再生した艦艇は、連合艦隊に編入されるが、ある程度、魔技研にも残してやらねばならなかった。


「永野総長は……いや」

「何です?」


 宇垣が聞いてきたが、山本は小さく首を横に振った。


 一度失敗している人間は、それを繰り返すまいと前よりも賢くなる。前任者をクビにしても、硬直した思考の者が後を継げば、前任者と同じ失敗を繰り返す。


「総長は、我々に魔技研の成果を使いこなしてみせろ、と言いたかったのだろう。一度、その力を実際に目の当たりにしている僕たちにね」


 山本たちは、敵を知った。そして魔技研の兵器が有効なのも見た。しかし、もし山本が罷免となり、新しい連合艦隊司令長官が任についたとして、どこまでそれを活かすかわからない。


 特に魔法などという魔技研の技術に対して懐疑的になり、これまで通りの戦い方に固執し、同じ手で負けるかもしれない。いや、魔技研の技術を利用しなければ、おそらく負ける。


 その点、山本らは、魔技研の技術を軽視することなく、積極的に活用するだろう。そのためにも、経験者である山本らを交代させず、現状維持にしたのだ。


「まあ、僕らはやってみせるしかないわけだ。……もう後がないからね」

「はい」


 宇垣は頷いた。魔技研の技術を使い、異世界帝国に一矢報いなければならない。いや、勝って、有効性を認めさせないと、後任に任せることもできない。


「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」


 山本は呟くように言った。


「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、 信頼せねば、人は実らず。……まずは、『やってみせ』ねばな」

「そうですな」


 宇垣は頷いた。しかし――


「まず、我々がすべきことは、再編と訓練、ですな」

「……」


 連合艦隊は、トラック沖海戦で、多くの艦艇、航空機、そして将兵を失った。


 魔技研から提供された艦艇は、その大半が連合艦隊に編入されたが、その数は第九艦隊の時よりもさらに多かった。


 戦力不足の連合艦隊としては嬉しい悲鳴なのだが、現実はそう上手くいかない。


 兵器はあれど、人が圧倒的に足りなかったのである。第九艦隊の時点でも、最低限の人数と魔法の力で間に合わせていたくらいであり、それに参加していなかった艦艇とは、すなわち人がいなくて動かせなかったということである。


 海軍では兵の徴募を増やしたというが、そんなものが戦力化するのはかなり先の話である。だから海軍各根拠地の人員引き抜きや、損傷艦の乗員の移動、予備役などを召集して、新艦にぶちこみ、訓練に当てているのである。


「兵が艦に慣れるまで、しばし艦隊は動かせません。その間に敵が動かないとよいのですが」

「軍令部では、異世界帝国は中部太平洋を制圧したのち、西進すると予測しているらしい」

「南方資源地帯――東南アジアですか」

「敵はインド洋から、東南アジア一帯に手を伸ばしている。イギリス東洋艦隊は敗れ、シンガポールも、すでに奴らの手に落ちている」


 東南アジアを制圧している軍と合流し、そこから大陸を北上。中東から攻め上がっている軍と合流、中国、ソ連を叩く――と、敵の行動を予想している。


 そして、異世界帝国の海軍は、中部太平洋とフィリピン、台湾方面の二方面から、日本本土へも迫るだろう。


「それまでに、迎撃できる態勢を整えなければならない」


 山本はそう言うと、連合艦隊旗艦となった戦艦『土佐』の艦橋から、呉軍港の艦隊を見つめた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〇魔技研から連合艦隊に編入された艦艇=改装前の旧艦名


・戦艦

「土佐」=(戦艦「土佐」)

「天城」=(巡洋戦艦「天城」)

「薩摩」=(戦艦「薩摩」+「安芸」合成)

「安芸」=(戦艦ワシントン(コロラド級三番艦)

「常陸」=(独戦艦バイエルン)

「磐城」=(独戦艦バーデン)


・空母

「白鷹」=(独巡洋戦艦フォン・デア・タン)

「紅鷹」=(独巡洋戦艦モルトケ)

「瑞鷹」=(独巡洋戦艦ザイドリッツ)

「翠鷹」=(独巡洋戦艦デアフリンガー)

「蒼鷹」=(独巡洋戦艦ヒルデンブルク)

「黒鷹」=(戦艦石見=露戦艦オリョール+露戦艦ボロジノ)


・大型巡洋艦

「雲仙」=(独戦艦ケーニヒ)

「劒」=(独戦艦グローザー・クルフュルスト)

「乗鞍」=(独戦艦マルクグラーフ)

「白根」=(独戦艦クローンプリンツ・ヴィルヘルム)


・重巡洋艦

「伊吹」=(戦艦壱岐=露戦艦インペラートル・ニコライⅠ世+装甲巡洋艦リューリク)

「鞍馬」=(露戦艦ナヴァリン+露戦艦シソイ・ウェリキィー)


・防空巡洋艦

「米代」=(独巡洋艦ニュルンベルク)

「木戸」=(独巡洋艦カールスルーエ)

「岩見」=(独巡洋艦ケルン)

「宇治」=(独巡洋艦ドレスデン)

「六角」=(独巡洋艦ブルンマー)

「小貝」=(独巡洋艦ブレムセ)

「中津」=(独巡洋艦フランクフルト)

「真野」=(防護巡洋艦「筑摩」)


・駆逐艦35隻は除外

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