第19話、軍令部部長会議
「さあ、大変なことになった」
軍令部第一部部長、福留繁少将は、各部長を集めた会議の場で鼻息荒く言った。
軍令部総長である永野総長がいて、軍令部次長である伊藤整一中将、他に各部の部長がいる。
福留は作戦担当の第一部部長――作戦・編成の第一課、教育・演習の第二課をまとめている。
他の参加者は、軍備担当の対二部部長、鈴木義尾少将。情報担当の第三部部長、前田 稔少将。なお、前田は兼任で、大本営海軍報道部長もやっている。通信担当の第四部部長は金子繁治少将。
そして魔法技術・運用の第五部部長、土岐仁一少将がいる。
「いきなり、このような資料を大量に積まれてもな。覚えるのが大変だ」
福留が愚痴ると、鈴木も苦笑した。その資料というのは、主に魔技研に関係するものだったりする。
丸眼鏡をかけた、冴えない風貌の土岐は、皮肉げな笑みを浮かべた。
「すまんなぁ、福留。なにぶん、第五部と魔技研については、軍の秘匿案件だから、正確なところは、軍令部でも総長くらいしか知らんかったのだ」
「それはさっきも聞いたぞ、土岐」
福留も皮肉めいた表情を浮かべる。
「俺は、貴様がまだ海軍にいたことが驚きだが」
「とっくに予備役だと思ったか? 冷たいな、同期なのに」
「なあ、鈴木、お前知っていたか?」
海兵40期同士で視線を飛ばせば、伊藤次長が咳払いした。話を進めようというのだ。
「諸君も知ってのとおり、連合艦隊は、トラック沖海戦で大きな損害を受けた」
永野総長が発言し、手元の資料に目を落とせば、各部長たちも積み上げられた資料の山をとりあえず避けて、艦隊表を見た。
・ドラック沖海戦に参加、帰還した艦艇
戦艦:「大和」「伊勢」「比叡」「霧島」「榛名」
空母:「赤城」「加賀」「飛龍」「蒼龍」「翔鶴」「瑞鶴」「鳳翔」「龍驤」「祥鳳」「瑞鳳」
重巡洋艦:「青葉」「妙高」「羽黒」「高雄」「摩耶」「鳥海」「鈴谷」「熊野」「利根」「筑摩」
軽巡洋艦:「北上」「長良」「那珂」
駆逐艦:「三日月」「夕風」「曙」「潮」「朧」「初霜」「若葉」「海風」「山風」「江風」「有明」「夕暮」「白露」「時雨」「村雨」「夕立」「五月雨」「朝潮」「朝雲」「山雲」「峯雲」「霞」「霰」「陽炎」「不知火」「親潮」「雪風」「天津風」「初風」「浦風」「磯風」「谷風」「浜風」「嵐」「野分」「萩風」「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」
水上機母艦:「千歳」「千代田」「日進」「神川丸」
「戦艦5、空母10、重巡洋艦10、軽巡洋艦3、駆逐艦40、水上機母艦4、その他輸送船などなど……」
福留が苦い顔をすれば、前田は事務的に言った。
「出撃時には、戦艦は11隻、空母は10、重巡洋艦17、軽巡7、駆逐68、水上機母艦4でした」
「戦艦、巡洋艦はほぼ半減。駆逐艦は28隻も食われた」
駆逐艦などで言えば、三水戦は文字通り全滅した。1個水雷戦隊丸々喪失である。
「……空母は意外と残っているな」
「しかし飛行甲板をやられて、動かせるやつは半分。しかも航空機も搭乗員もほとんどやられた。これではすぐに動けない」
鈴木は唸った。せいぜい、無事だった『瑞鶴』に、残存機をかき集めて……くらいか。
「残っているやつも、すぐ動かせる艦は少ない。『大和』などは、ほとんどスクラップも同然。あれでよく沈まなかったものだ」
「おい、『大和』は修理できるんだろうな?」
砲術屋である福留が、鈴木に聞いた。
「横須賀の三番艦を潰すか、完成が遅れてもいいのなら……可能らしい」
建造中の大和型三番艦――それを持ち出されては、常々、戦艦が海軍の主役と主張している福留も黙らざるを得なかった。
「『大和』だけじゃない。『伊勢』も大破判定。重巡も大半が修理が必要で、そのうちの半分は長期間のドック入りが必要になるそうだ。軽微とはいえ修理が必要な艦は多い。明石や朝日は大忙しだ」
工作艦も総動員である。生存艦艇の表にある半分以上が、修理が必要とあれば、動かせる艦は思いのほか少なくなる。
これには作戦立案をする第一部部長の福留としては、頭を抱える状況だ。
「しかしまあ、現在の艦隊編成表は、マシになっているだろう?」
第五部の土岐が言えば、永野総長と前田以外は、何とも言えない顔になった。
魔技研の成果――第九艦隊を始めとした再生艦が、連合艦隊の損害の穴埋めにさっそく投入されたのだ。
第九艦隊として活動した艦艇も、新たに帝国海軍艦艇として登録され、これらも連合艦隊に組み込まれている。
「よくもまあ、これだけの艦をため込んでいたな」
福留は呆れれば、土岐は悪戯っ子のような顔を浮かべた。
「塵も積もれば山となる、ってやつだよ。実験素材は多いほうがいいと、集めた結果、このざまだよ」
編入された艦は、戦艦6隻、空母7隻、超重巡(超甲巡)4隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦3隻、防空巡洋艦8隻、駆逐艦43隻などなど。
第九艦隊にはドイツ艦のリサイクルが多かったが、全体を見れば、日本、イギリス、アメリカ、日露戦争時代のロシアと国際色豊かだった。
だが、ただ古いだけではない。鈴木は書類を見つめたまま眉をひそめる。
「しかもご丁寧に、近代化改装済みときている」
「さすがに、回収した艦艇は、そのままでは現代に通用しない旧式どころか、骨董品も多いからね。新しく作り直すと同時に、素材自体も新しいものに再生させた。魔技研の技術を使えば、耐用年数が超えた廃艦も新品にできる」
「それなら、今ある旧式の艦艇も、再生してもらおうかな」
鈴木の皮肉を込めた言葉も、土岐は本気に受け取ったように返した。
「そうするといい。峯風型や神風型の駆逐艦も、魔技研の誘導魚雷を積めば、雷撃能力に限れば、一線級で全然通用する」
「……」
兵器とは、飛行機だろうが船だろうが、所詮はプラットフォーム。その武器が運用できるなら、旧型も新型も一緒だ。
もちろん、新型のほうがより効率的に運用できたり、たくさん積めたりと、旧型より優れているものが多いわけだが。
コホン、と前田が咳払いした。
「第五部は、早くから対異世界帝国に向けて準備をしていたようですね」
「そりゃあもう。第五部創設のきっかけは、異世界漂流物の解析をやっていたところから始まっているからな」
しれっと、土岐が言えば、他の部長たちは驚いた。
「創設のきっかけにもなった『巡洋艦「畝傍」漂流事件』やら、魔技研の装備や技術などは、お手元の資料を参照してもらうとして――」
資料――部長たちは、自分たちの横に積み上げられている山を見て、微妙な表情を浮かべる。普段の仕事もあるのに、こんな大量の資料に目を通す時間があるか――と半ば、文句を言いたいところであるが、今後の作戦や軍備などを考えれば、そうもいかなかった。
「うちの神明大佐が、次の作戦を提案してきた」
土岐は、ひとつの計画書を提出した。福留らはそれを見て驚いた。
「セレター軍港上陸作戦……!?」
異世界帝国によって占領されたシンガポール。そこにある大軍港への攻撃計画案であった。
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