第20話、それは無謀ではないか


 軍令部での部長会議で、第五部から提出された攻撃計画には、さすがに参加者一同驚きを隠せなかった。


 永野総長は口元に笑みを浮かべ、伊藤次長はしげしげと計画案の資料を凝視している。


「前田部長、第三部として現在の世界情勢を確認したい。大雑把でいい」


 情報担当の第五課から第八課までを抱える第三部部長である前田少将は、自ら用意してきた資料を取り出した。


「はい。えー、異世界帝国の侵略により、南米、アフリカ、オーストラリア、ニューギニア方面など、南半球は、ほぼ異世界人の手に落ちました」


 アメリカは、南米の敵に対応し、欧州は、1939年のドイツ第三帝国によるポーランド侵攻以来、枢軸国と戦い、現在は異世界帝国とも争っている状況である。


 アフリカ、中東は、異世界帝国に奪われ、地中海、そしてインド洋も制海権を失った。


 太平洋に目を向ければ、やはり異世界帝国の猛攻により、中部太平洋は押さえられつつある。ニューギニア方面から東南アジアへ進出した異世界の侵略者は、インド洋の戦力を加え、イギリス東洋艦隊を撃破。……これも昨年末の出来事である。


「――現在、敵の先鋒はフィリピンを攻略しつつあります。アメリカの太平洋艦隊はすでになく、増援も見込めませんから、米アジア艦隊はもちろん、イギリスもオランダも、当地に戦力は残っておりません」

「ありがとう、前田部長」


 伊藤次長は頷くと、第五部部長の土岐少将を見た。


「英東洋艦隊の根拠地だったシンガポールは、すでに敵の手の中だ。そして前線はフィリピンにまで伸びている。仏印への海上ルートは遮断され、南シナ海はすでに敵の庭である。そこを突っ切り、シンガポールのセレター軍港に攻撃をかける。……無茶ではないかね?」

「普通に考えれば、無理ですな」


 土岐はあっさりと認めた。


「私も、神明大佐から最初に聞いた時は、そう言いましたよ」

「当然だろう」


 福留が口を挟んだ。


「まず、敵がフィリピンから台湾、沖縄方面に北上しないように守りを固めるのが常道だろう。その前線を迂回して、敵の懐に飛び込むなど、山本長官のハワイ奇襲作戦よりも困難と言わざるを得ない」


 かつて、山本五十六連合艦隊司令長官の下で参謀長を務めていた福留は、その頃に、山本が『飛行機でハワイを叩けないか』という呟きを聞いている。その後、対米戦への計画として真珠湾攻撃について作戦が練られていたとも耳にしていた。


「だが、神明君は、できると言ったのだろう?」


 永野総長が言った。


「いいんじゃないかな。この計画書、実に面白い」

「はい……?」


 部長たちは首を傾げる。永野は常々に、型に嵌まってはいけないと口にしていた。そんな御仁が面白いと言ったのだ。


「よく考えられているよ。たとえ失敗しても、我々が失うものは最小だ。自分の責任の上、自分の手持ちだけでやる――神明君は、よくわかっとるよ」


 投入戦力は、魔技研の実験艦艇と、連合艦隊に魔技研に残してもらいたいと言った戦力。現在、連合艦隊で配備が進んでいる艦艇は使わないとされる。人員の練成に忙しい連合艦隊にとって、手持ちの兵力を割かれないのはありがたいだろう。


「……まあ、彼の上司として、失敗されると貴重な能力者を失うばかりか、魔技研の喪失に繋がりかねない事態なので、あまりやってほしくはないんですが」


 土岐は苦笑する。鈴木は口を開いた。


「その割には、よくこれをここに提出する気になったな?」

「成功したら、その見返りが大きいからね」


 現在、セレター軍港では、シンガポール近くで撃沈されたイギリス東洋艦隊の艦艇が、異世界帝国により引き上げられ、彼らの戦力となるべく修理と改造が施されているらしい。


 神明大佐は、このイギリス艦隊の戦艦・空母を奪取すると言っているのである。


「戦艦『ネルソン』『ロドネー』『ラミリーズ』『レゾリューション』、空母『インドミタブル』他……」


 異世界帝国によって撃沈された艦艇。福留は唸る。


「旧式戦艦だが、ネルソン級は16インチ砲戦艦だ。これらを敵が修理して利用すれば、我らとの戦力差はより開いてしまう。そうなる前にできるなら叩きたいところだが……そもそも、奪取などできるのか?」


 敵地に上陸し、敵の抵抗を排除して、艦艇を制圧。そこから操艦するのに、いったい何百の人間が必要になるか。それを運ぶだけでも一苦労だし、そもそも辿り着ける保証もない。


「できる。能力者ならね」


 土岐は、積み上げられた魔技研提出資料から一冊を抜き出す。


「異世界帝国は、魔核と呼ばれる触媒を用いて艦艇を制御できるとある。この魔核を、我らの能力者が制圧すれば、たとえ人員がなくとも、操艦ができるのだ」

「まさか……! 乗組員がいらないのか……!?」


 全員に一応資料を配ったのだが、見て確認しようという気はないのか、ただただ部長たちは驚いている。


「いなくても制御はできるが、いたほうが機敏に動かせる。だから、乗組員がいらないというわけではない」


 だが奪取し、日本へ回航するだけなら問題はない。


 魔技研では、魔核と能力者の組み合わせだけで動かす、自動艦の構想とその運用試験を行っていたりする。


「その過程で、魔核を制御し操れる人材も数名揃っている。後は、能力者を護衛する陸戦隊がいれば、操艦要員はいらない」

「……」

「それに、戦艦の奪取はおまけだ。本当の目的は魔核にある。これは艦艇の自動修復機能もあってだな。これも敵軍港からいくつか拝借できれば、見捨てるしかなかった『大和』や大破艦艇も何とか修復できるかもしれない」

「!!」


 夢のような話である。しかし、あまりに現実感がなさ過ぎて、部長たちはついていけなかった。説明されても、本当に可能なのか、皆疑っていた。


「そもそも道中はどうする? セレター軍港まで辿り着けないのではないか?」


 福留が、現実的なところで質問した。土岐はため息をつく。


「誰か、提出した資料を読んでくれないか? 計画書にかかれている専門用語の意味も、そこで引けばわかるはずなんだが?」

「この、魔法的透明化迷彩とかいうやつだろう? これは消えるのか?」


 鈴木第二部部長が眉をひそめつつ言った。まさしく、と土岐が頷けば、鈴木はますます困った顔になった。


「真顔で消えるとか、見えないとか言われても、半信半疑なんだが?」

「近いうちに、魔技研で見学会をやるつもりだ。それに来てくれ」


 見学会と聞いて、部長たちは頷いた。やはり自分の目で確かめたいというのが本音だろう。永野は微笑した。


「この計画を信じるならば、魔技研の技術がどこまで実戦で通用するかわかるというものだ。成功すれば実績を詰めるし、駄目ならその程度だったと諦めもつく。そういう意味でも損はない。……なあ、前田君」

「はあ、そう、ですね……」


 いきなり指名されて、前田は背筋を伸ばした。


「これが上手くいけば……どうかね?」

「仮に、これが成功すれば海軍の大戦果として、トラック沖海戦の失敗を補えるのではないでしょうか。大本営の海軍報道部長として言わせてもらえれば、やはり戦果は欲しいところです。今後の海軍への風当たりや予算も含めて……」


 トラック沖海戦の負けは、どう取り繕っても負け。やはり国民も勝利の報告を欲している。永野は頷いた。


「まあ、失敗しても、魔技研の自前戦力だ。連合艦隊に被害がない以上、発表の必要もないからね」

「ですね」


 前田は苦笑いした。永野は一同を見回した。


「私は、神明大佐にやらせていいと思う。誰か、意見はあるかね?」



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※イギリス東洋艦隊の小話:史実では、シンガポールに派遣されたのは、『プリンス・オブ・ウェールズ』『レパルス』『インドミタブル』(途中挫傷事故で脱落)他駆逐艦4隻。

 だが、イギリス海軍としては当初、ネルソン級戦艦2隻、リヴェンジ級戦艦4隻、『アークロイヤル』『インドミタブル』『ハーミーズ』を送るつもりだったという。(今作の世界線のイギリスは、異世界帝国の存在の影響で新鋭艦は本土に残している)。

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