第21話、転属命令


『須賀義二郎少尉。貴官は、魔法技術研究部へと配属とす』


 日本に戻った須賀は、転属を言い渡された。


 てっきり、残存稼働空母に配属されるか、あるいは搭乗員の大量育成に教官として回されるかと思っていた。


 だが、蓋を開けてみれば、魔技研への転属である。空母『ザイドリッツ』もとい、『瑞鷹』で出会った九頭島航空隊の宮内中尉とその部隊の女性搭乗員たちを思い出した。


 自分は戦闘機乗りなのですが、と言ってみたが、上からのお達しだから従えと、言われた。


『お前のような経験者を手放したくはないんだがなァ。こっちも人手不足だからな。ま、何か胡散臭い噂も絶えないが、頑張ってこい』


 上司から変に同情され、命令とあれば仕方ないと、荷物をまとめて東京へ向かった。そこから迎えの車に乗って、霞ヶ浦まで移動。さらに水上機である二式飛行艇に乗せられた。


 そして、そこで思いがけない遭遇があった。


「こんにちは、義二郎ちゃん」

「ま、正木さん!?」


 二式大艇内に、海軍士官服姿の女性がいて、その顔を見た途端、須賀は驚いた。


 正木初子――彼女は、須賀と同郷で、言ってみれば幼馴染みである。須賀より二つ上で、子供の頃から、優しいお姉さんという感じだったのだが、大人になって再会してみれば、一段と美しくなり、大人しそうではあるが包み込んでくれる優しさが滲み出ていた。


 須賀は柄にもなくドキドキしてしまった。異性にときめいてしまったのはいつぶりか。

 そして初子の横にもうひとり……。


「え……と、妙子ちゃん?」


 何故か恥ずかしそうに目線を軍帽で隠しているのは、初子の妹の妙子である。こちらは二つ年下で、今年二十だったはずだ。短めの髪、軍服姿と相まってボーイッシュな雰囲気である。姉の初子は軍服でも女性を感じさせたが、妙子は女子に人気の出そうな格好のよさがあった。何という麗人姉妹。


「ひ、久しぶり、義二郎ちゃん……いや、義二郎、さん」


 ――どうしたどうした、妙子ちゃん。君は子供の頃は、とても元気で腕白だったぞ? ……でもまあ、お互い変わり様にびっくりはするよな。


 須賀自身、嬉しいのだが、慣れないせいか戸惑っている。海軍に入って以来、会っていなかった幼馴染みと、まさか軍で再会することになるとは。


「本当、久しぶり。でも……ごめん。何かこんがらがってきた」

「うん、わかるよ、義二郎ちゃん」


 ふふ、と初子は穏やかに笑った。お姉ちゃん、と妙子が嗜めるような目を向けたので、初子は「そうね」と小さく頷いた。


「改めて自己紹介します。魔法技術研究部、魔技研所属の、正木初子大尉です」

「同じく、魔法技術研究部、正木妙子少尉です」


 きちんとした敬礼をされ、須賀も慌てて背筋を伸ばし、敬礼で応えた。


「一航艦より、魔技研に配属となりました、須賀義二郎少尉です。よろしくお願いします!」


 配属先に、幼馴染みがいた。しかし、海軍に女性士官なんて――と言いかけて、空母『ザイドリッツ』で出会った宮内中尉のことを思い出して苦笑する。――うん、いたわ。



  ・  ・  ・



 初子大尉と妙子少尉は、須賀を迎えにきたという。


 二式大艇の中の乗客シートに座り、さっそく二人から書類やら教本を渡された。


「本当は、九頭島についてからに、ゆっくり島を見学してもらって、勉強してもらうところだけど、あまり時間に余裕がないの」


 初子はテキパキと言った。


「それでなくても、義二郎さんには色々覚えてもらわなきゃいけないから、移動時間も使って、お勉強」


 こんなにキリッとした人だったっけ――須賀は、幼馴染みの変化に驚く。昔はおっとのんびりしていたのだが。


 ふと、初子が耳にかかる髪を払う仕草にドキリとしてしまう。


「義二郎さん?」

「あ、いえ、その……すみません」

「ならいいけれど。あ、他の人がいない時は、階級は無視していいからね」

「あー……うん」


 それはそれで慣れない。


「なーに赤くなってるのかな?」


 前の席から、妙子がジト目を送ってくる。彼女は同格の少尉だから、普通でいいだろう。


「しかし、驚いた。わざわざ迎えにきてくれるなんて」

「そりゃあもう、期待の逸材が来るっていうんで、丁重にお出迎えしないとね」

「期待の逸材?」

「義二郎さんのこと。魔力検査で、白だったんだよね?」


 ――こいつは変わらないな。人懐こくて。


「検査って何のことだよ?」

「あれ、やったんでしょ? 水晶玉みたいな検査器を握るの」

「あー、あれか」


 宮内中尉ら『ザイドリッツ』にいた女性搭乗員たちにやれと言われて握った玉。


「めっちゃ眩しかった。魔力がどうとか言っていたけど」

「そっ、魔力を持っている人が持つと光るの。白かったって聞いた」


 須賀が頷くと、妙子はニヤリとした。


「おめでとう。あなたは上級の能力者の素質があります。パチパチパチ」


 拍手されたが、須賀はいまいち実感はない。


「能力者って?」

「能力者は、能力者よ。ねえ、お姉ちゃん?」

「魔法が使える人、魔法が使える適性のある人。前者のことを指すのだけれど、つまるところ、義二郎さんはそういう力が使える人かもしれないってことね」


 初子は自身の胸に手を当てた。


「私も妙子も、その能力者なの。だから海軍にいるんだけどね。魔技研は、魔法や魔力を用いた装置や兵器を作っていて、それを充分に引き出すことが、私たち能力者の役目なのよ」

「魔法……ねぇ」


 須賀は反応に困る。いまいち実感がわかないことばかりだ。


「俺も、そうなのか? ……何かヤバいことされない?」


 貴様には特別な力がある、海軍のために解剖だー、とか、そういう話はないだろうか? 西洋では、魔女狩りという魔法使いを狩り出して殺した歴史があるというし――


「まあ、検査とか診断とかは、されるだろうけど」


 ケロッとした調子で妙子は言った。


「でも今は、あくまで健康診断の一環かなー。使っていて、体調が悪くなるとか、あるいは体に障害とか出たら怖いからね。それでなくても、能力者って希少だから」

「そうなのか……」


 幼馴染みである二人から話を聞けた分、須賀は落ち着きを取り戻せた。それでなくても、胡散臭そうな部署への転属である。未知のものを人は恐れるが、知り合いがいるだけで、気分が軽くなってきた。


「まあ、義二郎さんの場合は、パイロットだから、飛行機関係の新型機とか、それ用の兵器のテストが主な仕事になるんじゃないかな?」

「それって、テストパイロットってことか?」


 何だろう。テスパイに選ばれるなんて、上から評価されていたのか――と、少し意気に感じる須賀だった。


 新型機や新兵器の試験と聞いて、むしろワクワクしてきた。

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