第22話、九頭島、上陸


 霞ヶ浦から二式大艇に揺さぶられてしばし、着いた先は、九頭島と呼ばれる複数の島がある海軍の前線根拠地。


 正直、九頭島がどこにあるかなど、まったく知らなかった。須賀の海軍生活を振り返っても、その名前を聞いたのは、つい最近、宮内中尉たちくらいである。


「へぇ、軍港もあるんだ……」

「義二郎さんも、第九艦隊は見ていたでしょう? あれの母港はここよ」


 正木初子大尉は微笑する。


 第九艦隊と、九頭島で再生されたという艦艇の説明は受けた。


 まさかあの大規模な艦隊が、標的艦やら廃棄やらで、海に沈んだものというのが信じられない。それらを復活させ、新しく作り替えたのが魔技研の能力者と魔法だという。魔技研、恐るべし。


「でもまあ、そのほとんどが連合艦隊に配備されたんだよな?」

「そうそう。でも引き渡しの前にやったことって、海軍の軍艦としての命名だったけどね」


 正木妙子少尉は、ペロリと舌を出した。


 構成する艦艇は、ドイツ、ロシア、アメリカ、イギリスと国際色豊かである。再生させたとはいえ、そのままの名前で使用するのは、さすがによろしくない。だから日本の軍艦命名の規則に則り、名付けが行われた。


「軍艦の名前を決めるのは、天皇陛下だっけか……?」

「海軍大臣じゃなかったっけ?」


 妙子が初子を見た。我らのお姉さんは答えた。


「海軍大臣が候補を出して、それを陛下に上奏して、お決めいただくの。まあ、海軍大臣のもとで勤めている人たちが考えることもあるみたいだけれど」


 今の海軍大臣は、嶋田大将か。あの人が、いきなり出てきた再生艦の名前を全部考えるとか、大変だなと須賀は思った。1隻や2隻ではない。数十隻だ。


 ドイツネームな空母は、他の艦種からの改装だから『鷹』のついた名前になっていたし、戦艦『ワシントン』も薩摩型の『安芸』と改めて命名された。戦艦『バイエルン』が『常陸』、『バーデン』が『磐城』だったか。


「考えるのは、外国製のものだけじゃなくて、かつての日本の軍艦もだけどね」


 廃艦となった時点で、新しい艦にその名前が使われることもままある。さすがに、被りはよくない。


 たとえば廃艦となった防護巡洋艦『利根』を、防空巡洋艦として魔技研は再生したが、すでに海軍には、重巡洋艦として『利根』があった。


 閑話休題。


 二式大艇は九頭島に到着、須賀たちは上陸を果たした。軍港のほか、航空基地があり、工場地区や居住地区とかなり開発が進んでいた。


 初子と妙子の案内で、須賀は与えられた士官用の部屋に荷物を置くと、上官となる人物へと挨拶に行くことになった。


「神明大佐は、実質、魔技研のリーダーよ」


 初子はそう説明した。軍令部第五部を預かっている土岐少将は、他部署との交渉役的なポジションで、実際に魔技研を動かしているのは、神明大佐なのだという。


「あの人も能力者なの。だから義二郎さんも、私たち同様、あの人の直属となるわけ」


 上級能力者については、神明大佐の預かりらしい。


 なお上級能力者とは、いわゆる魔力検査で、『白』判定だった者を指す。強い魔力の持ち主であり、魔技研が開発した魔法技術も大体扱えるレベルだとされる。個人によって得意不得意はあるらしいが……。


 上級は白、中級は黄、下級は赤という判定になる。書類上の類別では上級を甲、中級は乙、下級は丙となっている。


 魔技研本部兼、九頭島根拠地司令部を訪れる須賀。ここでは何もわからない彼にとって、初子と妙子の案内は非常に助かった。


「ここにいる人も、全員能力者なのか?」

「いいえ、普通の人もいるわよ」


 初子は朗らかだった。


「人は皆、魔力を持っているものなの。でも、その強さや得意とする力は、人それぞれ。傾向としては、男性より女性のほうが魔力の値が高いとされている。……その辺りも、魔技研や九頭島で女性の軍人が多い理由になるんだけれど」

「男で白は珍しい?」


 空母『ザイドリッツ』での女性搭乗員たちの反応を思い出す須賀である。


「かなり。少なくとも、魔技研の男性能力者で白は、神明大佐とあなただけよ」

「俺は普通の人間だと思っていたんだけどな」


 突然、魔法だ能力者だと言われても、実感はわかない。魔法や超能力とは無縁の生活を送ってきたのだから。


「でも、義二郎さんって、昔から勘が鋭かった気がする」

「そうそう」


 妙子も横から、須賀の顔を覗き込んだ。


「昔から、義二郎さんの背中が取れなかったんだよねー。何で気づかれちゃうかなーって思って、一時期びっくりさせようと頑張ったんだけど」

「そういや、何故かやたら、後ろから近づかれたことがあったよな」


 須賀は苦笑するが、そういえば昔から気配というか、気づくのは早かったと思う。周囲との位置関係の把握とか、危機察知は優れていたかもしれない。


 戦闘機に乗っている時も、その点は割と自慢できる部分だった。――これも能力の一種なんだろうか……?



  ・  ・  ・



「よくきた、少尉。司令の神明だ」


 神明大佐は、書類から目を離すことなく、須賀に応じた。


 須賀から見た神明の第一印象は、冷たそうな人、だった。長身だが、表情は硬く、どこか冷めている。


 淡々としていて、声にもあまり感情を感じさせない。機械が人の形をしていたら、こうなるのではないか、と突拍子もないことを想像してしまった。


 神明は書類を置いて、須賀を見つめた。


「今なにか、失礼なことを考えたか?」

「!? い、いえ!」


 まさか、心を読まれたとか――須賀は緊張してしまう。傍らで初子がクスクスと笑っている。困った人だ、と言わんばかりのもので、別に馬鹿にしている風ではない。


「安心しろ。私は能力者だが、テレパスではないし、人の心は読めん。ついでに空気も読めない」


 神明は淡々と言った。


「心なぞ読めずとも、私に対する初見の反応は大体わかるものだ」


 そう言いながら、大佐は辞令を机に置いた。


「貴様は本日付けで、中尉に昇格。以後、私のもとで、魔技研の技術開発に協力しろ」


 ――中尉……。


「正木初子大尉、妙子少尉は同僚になるわけだが、二人に色々教えてもらえ。大尉の方から私の指示を貴様に伝えることもあるから、そのつもりで」

「ハッ!」

「あと、近いうちに私は戦場に行く。もちろん貴様も一緒だ」


 神明は嘲笑じみた表情を浮かべた。


「戦闘機にも乗せてやる。他にも色々乗せてやるから、しっかり予習してモノにしておけ」

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