第23話、見学会


 魔技研――魔法技術研究部に配属された須賀は、さっそく九頭島の海軍施設の訪問、見学をさせられた。


 一日でも早く、実戦で使えるように、兵器はもちろん、魔技研の技術について学ばせようというのだ。


「実戦か……」


 実践ではない。研究部というから、後方で実験やら研究をするのかと思いきや、普通に実戦部隊と変わらないようだった。


 ともあれ、技術見学である。


 魔法防弾板という、数ミリもない薄い板切れと、その防御性能をつぶさに観察した。艦艇搭載型対空砲である25ミリ機銃を連続して叩き込んでも、ある程度耐える性能には目を丸くする須賀である。


 ――これなら、戦闘機や攻撃機に装甲板を乗せなくても、撃墜されにくくなるな。


重量の増加がほとんどなく、防御力が向上するのは、搭乗員たちからも歓迎されるだろう。彼らは機体が重くなるのを、親の敵のように嫌がっていた。それが自分の身を守るものだとしても。


 武器では、試作の魔法光線砲や、誘導式のロケット弾、航空誘導魚雷を見せてもらえた。


 魔法光線砲の光弾が、異世界帝国の艦艇が、一航艦の攻撃隊を撃墜しまくった対空砲のそれに似ているな、と思った。


 なお、これを問題なく撃つには、扱う者の魔力が必要なのだそうで、現時点では量産して配備は難しいとのことだった。


「いずれは、戦闘機などにも積みたいと思っているがね」


 神明大佐は言った。あれだけ弾道がほぼ直進で、弾速も速ければ、さぞ当てやすいだろう。零戦の20ミリ弾のお辞儀具合を知っているだけに、須賀は苦笑するしかなかった。


 そして、ロケット弾や魚雷などの誘導装置。


「現状、能力者が誘導する方式と、魔力で標的に印をつけて、そこへ弾を誘導する方式の2種類が実用化されている」


 後者は専用の装置を使うことで、能力者でなくても使えるようできているらしい。


「だが、まだまだ能力者の誘導と比べると、ひとつの装置で誘導できる数に限界がある」


 神明は、同行する妙子を見た。


「彼女のように、一度に複数の標的に誘導できる能力者には、とても及ばない」


 ニコリとする妙子。彼女にそんな能力が――驚きが表情に出たのだろう。須賀に向かって、神明は薄い笑みを浮かべた。


「なに、貴様も訓練すれば、誘導くらいはできるようになる。今、魔技研の航空部門で、複座の戦闘機を作らせている」

「複座、ですか……?」


 機敏さと軽さが求められる戦闘機を複座にする意味があるのだろうか? 訓練機ではあるまいし。


「空母などの艦艇での運用を考えている。収容できる機体数には限界があるからな。艦戦と艦爆を合わせたような、戦闘爆撃機の構想だ。前の席が操縦と機銃、後ろの席が誘導兵器の制御や索敵を担当する」


 ただ――と、神明は考える仕草をとる。


「戦闘機でなく、いっそ艦爆にそれを割り振ってもいいとも思う。敵艦や敵地攻撃は、それまで通り使い、敵攻撃隊を迎撃する時、戦闘機とは別に、誘導弾装備の艦爆に、迎撃を担わせる。……どう思う、須賀?」

「そうですね。元々、複座ですし、そちらのほうが、わざわざ戦闘機を爆撃機化しなくても、手間がないかもしれません」


 意見を求められたので、須賀は率直に答えた。戦闘機乗りとしては、自分の後ろに誰かを乗せるというのは、どこかむず痒いものを感じた。単に、ひとりで乗ることに慣れてしまったせいかもしれないが。


「うむ。……ただ、私としては、必要なら戦闘機にも、対艦や対地攻撃をやらせたいと思っている」


 艦上攻撃機が、本命の大型爆弾や魚雷を叩き込む前に、爆装した戦闘機で敵護衛艦を攻撃して、その防空能力を削るとか――そう言われて、なるほど、と須賀は思った。


「ただし、敵の戦闘機が出てこない場合に限って、だがね」


 制空権の確保は必須だ、と神明は言った。


 一行は、工場地区を進む。須賀はその途中、建物などに『武本重工』何々の文字を何度となく見かけた。


 聞いたことがないが、九頭島では一般的な会社なのだろうか。


 そしてついたのは、武本重工航空部という文字が刻まれた工場。神明は、須賀をまじまじと見た。


「一応、まだ機密だからな。あまり周りにはふれ回るなよ」

「はい」


 開発中の航空機でも見せてくれるのだろうか? 九頭島の航空隊には、海軍の非正規機体である、九九式艦上戦闘機が存在していた。


 もしかしたら、この武本重工がそれに関わっているのかもしれない。


 工場に入る。工員たちは休憩でもしているのか、静かだった。中には数機の単発航空機が置かれていた。


 神明が歩くので、須賀も続く。


「須賀、この機体、どう思う?」


 説明もなく聞かれた。一見すると、九七式艦攻のように見えた。三座の機体だが、不思議なことに車輪が出ていない。専用の台座に載せられているが、違和感を覚える。


「何だか、フロートの付いていない零式水上偵察機に見えます。あと発動機が違うような」

「さすが戦闘機乗りだな。その通り。コイツのベースは零式水偵だ」


 神明は頷いた。


「水上機というのは、滑走路がなくても海上に着水することができる。空母以外にも、カタパルト装備の巡洋艦や戦艦でも運用が可能だ。だが飛行時は、その着水用のフロートが余分なウェイトになる上、空気抵抗を増やしてしまうから、どうしても速度が出ない」


 そこで――神明の目が光った。


「飛行中はフロートを収納。着水、または海上から飛び立つ時だけフロートを使うようにすれば、飛行時は単発機並みの速度が出せる」

「!!」

「魔力展開式フロート――魔力変換して、フロートの形に実体化させる。この装備によって、物理的にフロートを機体にしまうなどという、不可能な力技も必要ない。余計な重量も増えない」


 魔力とか魔法に、そんなことができるのか!――須賀は絶句してしまう。確かに大佐の言うとおりならば、これは画期的なことだ。


 速度向上はもちろん、もし改造に手間がさほどかかわないのであれば、すでに前線に配備されている水上偵察機なども、単発機並の速度を得られる!


「ついでにここにあるのは、九九式艦戦と同じ春風エンジンを積んでいる。時速500キロメートル近くのスピードが出る」


 それは普通に九七式艦攻より速い!――もう、いっそ魔力式フロートじゃなくて車輪をつけておければ、艦上攻撃機に使えるのではないか?


「春風エンジン、ですか。……載せられるなら、九七式艦攻などにも積みたいですね」


 零式水偵ですらこれなら、九七式もさぞスピードアップするだろう。これに対して、神明はわずかに首を傾げた。


「普通に考えればそうなのだがな。本土では、新型艦上攻撃機が作られているのだろう?」


 十四試艦上攻撃機――その試作型が最近完成して、テストが行われているとか云々。


「もしかしたら、春風、いや夏風を積むのは、そちらの新型のほうが早いかもしれないな」


 神明は独り言ちた。

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