第24話、魔技研、驚異の新型機


 零式水上偵察機改――水上機なのに艦上機運用が可能な改修機を見た。


 そしてその次に見た単発機について、神明大佐は口を開いた。


「うちでの勝手な呼称になるが、一式水上戦闘攻撃機。どこをどう略すべきか困っているが」

「これも水上機なのですか?」


 須賀は、半ば呆れと驚きの混じった表情を浮かべる。神明は淡々と言う。


「さっきも言ったろう? 複座の戦闘機を作らせていると。これもそのひとつだ」


 空母ではなく、巡洋艦や戦艦に搭載することを考えているという。魔技研と武本重工が開発した水上戦闘攻撃機である。


 乗員は2名。全長10.1メートル、全幅13.6メートル。


「エンジンは、武本『夏風』一一型、空冷1800馬力。速度は軽装なら670キロメートルは出る高速機だ」

「1800馬力!? は、速いですね……!」


 九九式艦戦で、600キロは出ると聞いていたが、それよりもさらに高速だ。

 魔力収納式フロートにより、フロートは着水時のみの展開。通常飛行時の速度は陸上機と変わらない。


 また主翼、プロペラにも魔力可変式を採用。飛行状況に応じて最適な形に変形するため、速度と運動性を高い次元で両立させた。


「それでこのスピードには、もうひと工夫があってな。軽量化魔法を施すことで、機体自重を2000キログラム前後にしている」


 戦闘機並みの軽さである。軽くて馬力が高ければ、速度も出るというものだ。


「魔力防弾も標準装備。速くて軽くて重装甲。さらに軽量化魔法の応用で、誘導弾や魚雷も搭載しての、対艦、対基地攻撃も可能。複座の後部偵察員席に能力者を乗せれば、各種兵器の誘導や偵察など、多様な任務に対応できる」


 その口振りからして、神明大佐の期待の一品なのだろう。淡々としている彼も、心なしか早口になっているようだった。


「欠点は、高性能と引き換えに、少々コストが高くなるのと、まだ実戦データがないために、能力者以外のパイロット向けではないということか」


 その言い方だと、俺はこいつに乗せられるそうだ――須賀は思った。


「キャデラックは知っているか、中尉? アメリカの高級車なのだがな、こいつは戦闘機の中のキャデラックだ」


 神明は、須賀には微妙に伝わりにくい例えを出した。とにかく凄いのだろう、と納得するしかない。日本では、一般では車はまだまだ希少なのだ。


 仮名、一式水上戦闘攻撃機は、見た目はあくまで普通だったため、スペックには驚かされたが、次の機体はすでに見た目からして目が点になった。


「エンテ型は知っているか?」


 神明は、その奇妙な航空機を見やる。


「主翼の前に前翼がある航空機の設計のことなのだがな。ドイツとイタリアは実際に飛ばしたが、アメリカは……開発中だったか。珍しくはあるが、皆無ではない」


 それは、既存のレシプロ機の前後を逆にしたようなシルエットだった。普通の単発機なら、機首にプロペラがあって、胴体前のほうに大きな主翼、一番後ろに小さめの尾翼がついているものだ。


 だがこの機体は――


「大佐、これは作りかけなんですか? プロペラがついていないようですが」

「いや、これでいい。こいつはレシプロエンジンを積んでいない」


 それは、プロペラなしのこの状態で、正解ということか。須賀は顔が引きつった。


「まるで、異世界帝国の戦闘機みたいですね」

「この機体が搭載しているのは魔法エンジン――我々は魔動機、もしくはマ式エンジンと呼んでいる」


 魔力で動くエンジン。それを搭載した航空機、それがこの異質な機体。


「もしかして、異世界帝国が使っている航空機も、この魔動機を使っているのですか?」

「ああ。我々は、それをベースに、こちらの技術を加えて完成させた」


 異世界人の技術。だからプロペラも持たず、飛ぶことができると――


「飛ぶんですか、これ?」

「ああ、かなり扱いに慣れが必要だがな。エンテ型特有の癖がある。しかしエンジンのパワーは折り紙付きだ」


 神明の表情は、まったく揺るがなかった。こちらもまた自信があるのだろう。


「陸海軍共に、魔動機ではないが、ジェットエンジン搭載の航空機を開発している。あれもプロペラも使わない。だが、正直、いつ実用化できるかは不透明だ。それを考えれば、まだこちらのほうがリードはしているな」

「そうなんですか……」

「この戦闘機は、正確には対重爆撃機用の迎撃機だ。異世界帝国が使用する重爆撃機の話は、貴様は知っているか?」

「小耳に挟んだ程度には」


 クジラのように馬鹿でかい爆撃機で、高度1万メートルを悠々と飛んでくるのだという。アメリカ大陸やアフリカで猛威を振るい、先日のトラック島も、オーストラリアの異世界帝国基地から飛来したものらしいと聞いた。


 そんな高高度をやってくる重爆撃機を、どう迎撃するんだ、と『蒼龍』にいた頃、同僚たちと話したものだった。……今は亡き戦友たちが脳裏にちらつき、胸がつまった。


「海軍も陸軍も、対重爆撃機用の戦闘機の開発を進めているがな。魔技研でも、すでに研究していたということだ。高高度というのは、レシプロ機には過酷で、エンジンもその性能をフルに発揮できん。しかし、魔動機は高高度でもさほど悪影響がない。迎撃に、これほど打ってつけのものもない」


 乗員1名。全長10.5メートル、全幅11.0メートル。


 武本『瞬雷』魔動機一一型。最高時速は850キロメートルを計測したという。


 現状は20ミリ機銃4門。ただし30ミリ機関砲の開発と、先に見た魔法光線砲が実用化できれば、それを搭載する予定らしい。他には、対空誘導弾を4発の搭載を検討しているとか。


「敵はトラック島を手に入れた。さらにマリアナ諸島を手に入れれば、かの重爆撃機を使って本土空襲を仕掛けてくるだろう。それを阻止するためにも、陸軍でも海軍でもいいからこのマ式エンジン搭載迎撃機を、正式に採用してもらいたいものだ」


 本土空襲――それだけは断固阻止したいと、神明の横顔は言っていた。小さく頷いた須賀だが、気になっていることを質問してみた。


「それにしても、敵の使っているエンジン、よく手に入りましたね」


 日本海軍が戦ったのは、比較的最近のことだ。撃墜した敵機を回収したにしては、実用化がかなり早いのではないか?


「1930年代も末に、世界中で未確認の飛行物体が目撃される事件が起きた。宇宙人だとか、どこかの国の新兵器だ、などとまことしやかに囁かれたが、その正体は異世界帝国の偵察機だったのだ」


 神明は、格納庫の奥の方にある機首の長いレシプロ機を指さした。


「試製の高高度液冷式の戦闘機を、この工場で作っていた。整備員がバリバリに改造し、じっくりメンテした、量産性ゼロの危なっかしい機体だったが、魔技研の研究は極秘だったから、どこぞの偵察機かもしれない未確認飛行物体が探りに現れても困る。九頭島に現れたら撃墜してやろうと見張っていた」

「現れたのですか!?」

「ああ。時速700キロメートルで追いついて、魔法を使って鹵獲した。あの試製戦闘機もエンジンがイカレたが、未確認飛行物体――異世界帝国の偵察機から魔動機を手に入れることができた」


 神明は視線を戻した。


「まだまだ魔動機は、大量生産できる状態ではないが、いずれは迎撃機だけではなく、通常の戦闘機にも載せたいと思っている。……貴様もいずれは乗ることになるだろうから、覚悟しておけ」

「了解です」


 プロペラのない戦闘機、か――須賀は苦笑する。異世界帝国もそういう機体に乗っている。敵ができて、こちらに出来ないということはないはずだ。


 そう思えば、早く乗ってみたくなる。そこで、神明は思い出したような顔になった。


「肝心なことを忘れていた。須賀、戦闘機にはいずれ乗ることになるが、今は取りあえず、ふねに乗れ」

「はい……?」

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