第25話、『鳳翔』と魔法防弾板


 この日、横須賀鎮守府には、海軍将官や佐官が多数集まった。


 鎮守府や連合艦隊はもちろん、海軍省、そして軍令部からも、指揮官、参謀などなど。それらのお目当ては、魔技研の技術披露。


 トラック沖海戦直後に駆けつけた第九艦隊と、その航空隊は、魔法を利用した兵器を用いたことで、異世界帝国に一矢報いることに成功した。


 そこで用いられた魔法兵器や装備は、広く実戦部隊にも配備されるということで、果たしてどれほどのものか、と指揮官・参謀クラスの人材が見学に集まったのである。


 事前に資料は配られてはいたが、百聞は一見にしかず、である。


 軍令部第一部長の福留繁は、第二部長の鈴木義尾や、部下である課長らと共に、この見学会に参加した。


「おう、お前らもいたな」


 声を掛けられて振り向けば、第二航空戦隊司令官の山口多聞少将だった。福留、鈴木とは海軍兵学校時代の同期である。


「で、海の近くで、俺たちは何を見せてもらえるんだい?」

「おいおい、貴様も案内くらいは読んできただろう?」


 福留が眉をひそめると、山口は苦笑した。


「横須賀に来るまでに、色々な。宇垣が知っているからいいかな、と」

「……宇垣も来ているのか?」


 同期の名前が出たので聞けば、山口は「おい」と、連合艦隊参謀長である宇垣を呼んだ。


 久しぶりに顔を合わせた同期で集まり、さっそく近況報告。


 福留の前任に、軍令部第一部長だった宇垣が「軍令部はどうだ?」と聞けば、まあまあ大変と適当な答え。逆に「連合艦隊はどうだ?」と聞き返す。


 魔法兵器とその戦術の研究中と宇垣が言えば、福留も鈴木も「似たようなもんだ」と返した。山口は――


「俺は新米搭乗員の猛訓練で忙しい。トラック沖じゃ、大勢の優秀な奴らが命を落としたからな……」

「……」


 これには言葉もない同期たちだった。福留は話題を変える。


「しかし、よくもまあ、集まったものだ。南雲さんに、小沢さんもいた」


 第一航空艦隊から、第二艦隊司令長官になった南雲中将。そしてその第一航空艦隊改め第三艦隊を率いることになった小沢治三郎中将。ふたりは連れ立って資料と思われる書類を見ている。

 南雲と小沢は一期差はあるものの、元は同じ水雷屋で、酒飲み仲間だったりする。


「それはそれとして――」


 福留は視線を、海軍将校らのさらに奥へ向ける。


「何で陸軍までいるんだ……?」


 海軍軍人の他に、陸軍の将校も数人固まっているのが見えた。その軍服は、明らかにこの場から浮いていて、海軍将校らも時々不躾な視線を投げかけていた。


「連中も、魔技研の技術を見にきたんだろうよ」


 鈴木が言えば、宇垣も口を開いた。


「噂だが、陸軍にも魔法技術を研究している部署があるらしい」

「本当か!?」

「噂だが……案外噂ではなかったかもしれない」


 そうこうしているうちに、軍令部第五部部長の土岐少将がやってきて、居並ぶ将官たちに説明を始めた。


「えー、それでは! 魔技研が開発した魔法防弾板の効果のほどを、実証試験……デモンストレーションを始めたいと思います」


 その内容は、魔法防弾板を飛行甲板に装備した空母に、艦上爆撃機がロケット弾攻撃を仕掛ける、というものだ。


「ロケット弾……?」


 福留が思わず首を捻れば、山口の目が据わった。


「異世界帝国の攻撃機に、一航艦の空母が軒並みやられたやつだ。俺が乗っていた『蒼龍』も飛行甲板がやられて、航空機を飛ばせなくなった」


 無念の思いが込み上げたのか、渋い顔になる山口である。宇垣が口を開いた。


「標的に空母を使うとなると……」

「ああ、『鳳翔』だろうな。あそこに停泊している」


 鈴木が指さした。横須賀の海に、先日、着艦訓練用空母兼、潜水艦の標的空母となった『鳳翔』があった。


 船体が小型で、日本海軍最古参の空母ということもあり、先日、戦闘部隊から外された。


「まさか、本物の艦に向けて実弾を使うんじゃないだろうな……?」


 周りの者たちもざわめいている。わざわざ司令官や参謀まできている場で、しかも野外に連れ出したからには、口頭の説明だけで済むとは思えなかった。


 やがて、発動機の音を響かせ、単発航空機が3機、侵入してきた。遠くからでもはっきりと分かる固定脚の機体だ。


 鈴木は目を細めた。


「九九式艦爆だな」

「……発動機の音が違うな……」


 山口が不思議そうな顔をした。空母戦隊の司令官として、九九式艦上爆撃機のエンジン音は、耳にたこができるくらい聞いている。九九式が搭載する金星四四型とは違うのが、彼にはすぐにわかった。


 そして土岐のアナウンスが流れ、いよいよ九九式艦爆が緩やかな降下を開始する。目標は、軽空母『鳳翔』。


 全長168メートルと海軍の空母としては、一番小さいその艦の前方からアプローチした九九式艦爆は、胴体下と翼に懸架していたロケット弾を次々に発射した。


 誰かが「あっ!」と声を上げた。直後、『鳳翔』の飛行甲板に前、中央、後ろと満遍なくロケット弾が命中し、爆発した。


「お見事」


 鈴木が思わず口走る中、宇垣がチラリと見れば、山口が壮絶な表情を浮かべていた。


「あれに『蒼龍』が……いや、一航艦の空母はやられた」


 トラック沖海戦で、山口はそれを『蒼龍』の艦橋で目にしている。そうとは思い至らず、福留は鈴木に言った。


「飛行甲板を叩くのは艦爆の仕事だと思っていたが、あのロケット弾攻撃は、急降下爆撃よりも手軽かつ、効果がありそうに見える」

「うーん、海軍でもロケット弾はあるが、まだ試行錯誤しているところだ。魔技研が独自に作った……んだろうな。結構爆発が大きかった」


 あれこれ話し合う同期たち。他の将官たちも同様だ。山口が宇垣を見た。


「今の爆撃、たぶん実弾だな」

「だと思う」

「飛行甲板を貫通した様子はなかったな」


 甲板から爆発の煙は流れ、遠目からは『鳳翔』は、無傷のように見える。空母の薄い甲板なら、貫通し、内部で爆発してもおかしくはない。


 他の見学者たちも、今回のデモンストレーションの趣旨を思い出し、炎上することもなくロケット弾攻撃に耐えた軽空母に、驚きの声を上げる。


 魔法防弾板は大したものだ、と宇垣は思った。あれが一航艦の空母の飛行甲板にあれば、トラック沖での、敵の攻撃で発着艦能力を喪失することもなかっただろう。


 ――まあ、搭乗員と機体の喪失は、どうにもならんかっただろうが……。


 集まっている将校らに、土岐少将は、海軍の主要艦艇に、この魔法防弾板の装備を進めれば、空母はもちろん、巡洋艦、駆逐艦も排水量にほとんど影響を与えず、防御力を強化できると強調した。


 事実、魔技研提供の艦艇は、すべて魔法防弾板を装備済みである、と付け加えた。またその工事もわざわざドック入りせずとも装着できるということだった。


 意外と熱弁家だった同期の姿を意外に思いつつ、宇垣は改めて魔技研の技術に感心した。


 なお、その後、山口は土岐のもとに詰め寄っていた。今飛んでいる九九式艦上爆撃機と、ロケット弾のことを質問していたが、気づけば小沢長官や、参加していた源田中佐など、航空屋が集まっていた。


 どうやら、彼らは魔法防弾板の他にも、魔技研の技術について、知りたいことは山ほどあるようだった。


「鈴木。これが終わったら、一杯飲みに行こう。ここ最近、思うところもあるし」

「おう、いいぞ」


 宇垣の誘いに鈴木は頷いた。ただ同期というだけでなく、二人は酒友の関係でもあったのだ。

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