第26話、ム四号駆逐艦


 須賀義二郎中尉にとっての九頭島生活は、覚えることだらけだった。


 これまでの海軍生活において、何かが変わったという部分はさほど多くない。だが扱うものについて、魔法やそれに関係する装備、そして知識内容が大幅に変わった。


 彼は戦闘機パイロットだから、航空関係のみに集中すればいい――というわけにはいかなかった。


「ふふ、お疲れ様、義二郎さん」


 正木初子は、今日も嫋やかだった。海軍の士官制服姿も慣れたもので、須賀も違和感がなくなっていた。


 九頭島軍港の一角にある演習場からの帰り道を須賀は、初子とその妹、妙子の3人で歩いている。沿道の桜の木もすっかり青くなっている。


「俺がまさか、駆逐艦を動かす日が来ようとは……」


 俺は戦闘機乗りだぞ――という言葉は、ここにきて何度か呟いたが、幼馴染みの彼女たちの前では言わなかった。何か文句をつけているようで、憚られたのだ。


「初めてにしては、だいぶ出来たんじゃないかな?」


 妙子が後ろで手を組んで、後ろ歩きしながら須賀に言った。昔、そうやって歩いてよく転んでいたのを思い出す。


「まあ、予習はしていたからな」


 ここ最近の魔法教育によって――須賀に魔法関連の装備などを指導しているのは、この幼馴染み二人が主である。


 初子は微笑する。


「それでも、すぐに動かせるようになったのは、偉いわ、義二郎さん」


 天使である。この九頭島における、魔力式操艦術のトップと言われる初子から、褒められるのは悪い気はしない。


 今日は、軍港にある魔技演習場にて、実験駆逐艦ム四号を動かした。


 このム四号は、東雲型駆逐艦の二番艦の『叢雲』(初代)であり、明治時代にイギリスのソーニクロフト社に第四号水雷艇駆逐艇として起工された。その後、『叢雲』と命名されたので、九頭島での識別は叢雲のムに、第四号の四で、ム四号と呼ばれている。


 常備排水量322トン、全長63メートルほどの、今ではとても駆逐艦とは呼べない小型艇で、大正14年に千葉県洲埼灯台沖にて標的艦となって沈んでいたりする。


 魔技研に関係する艦艇は、ほとんどが一度海に沈んでいる……。


 回収された叢雲Ⅰは、魔技研によって修理と改修が行われ、ム四号に改名。これまでも改称の多い船ではあったが、軍港の人間からは、ム四号の他、四号艇とか、初代叢雲とか呼ばれていたりする。


 そして今回、須賀は、ム四号に搭載された魔力式操艦装置を使っての操艦訓練をやった。


 魔力式操艦装置――いわゆる『魔核』と呼ばれる魔力の塊を用いて、能力者が艦艇を動かすというものだ。


 魔核の魔力を利用して、能力者の脳波を――とか小難しい話を並べられても、須賀は半分もわからなかった。


 だが、頭で動かしたいと考えて、魔核に念じれば、そのように動くというものと理解した。


 何でも、異世界帝国の艦艇もそのようなシステムで操艦できるらしい。操舵手は能力者だ、とは、魔技研に協力する技師の話。


 ともあれ、須賀は300トンほどの小型艇に乗艦させられ、その艦橋で、初子の指導の下、ム四号を操った。


 うっすら光を帯びた球体に両手を当てて、祈るように目を閉じる。初子がそれをやると神々しく見えるのは何故だろうか。須賀が見守る中、機関が自動で動き出し、艇内の各装置もクルーなしにも関わらず、スイッチが入ったりした。


 何も知らなければ、幽霊が動かしているのではないか――そう思ったかもしれない。一応、安全のために何人かム四号に乗り込んでいて、非常時の人力操作などを行えるようにはなっていた。


 ム四号が快調に演習区画を進み、本当にひとりで動かしていると感心していたら。


『はい、次は義二郎さんの番』


 と、初子に押しつけられた。元々、須賀の操艦訓練なので当然といえば当然なのだが。


 やってみせて、言ってきかせて、さて本番。緊張しつつ、須賀は魔核、その球体に手を当て、初子を真似てやってみた。


 それがウンともスンとも言わない。予め初子が艇内に、これから初心者が操艦すると通達していたから、各部にいた監視員から、気の抜けた報告が相次いだ。


『こちら機関部。まだ動きませーん』

『このままでは、家に帰れないでありまーす』


 馬鹿にされているようで焦りが加速する。どだい一人で艦を動かすなんて無茶なのだ――などと心の中で悪態もついた。


 だが、初子がそっと手を添えてきて、親切にレクチャーしてくれたおかげで、激しい心臓の鼓動をよそに、ようやくム四号動き出した。


 一度動いてしまえば、現金なもので、動かすのが楽しくさえなってきた。


『機関正常ー』

『こちら速射砲、旋回順調ぉ! やりますねぇ』


 各部署にいる者たちからもお褒めをいただき、失敗もあったが上手くやれたと、須賀は気分よく操艦訓練を終えた。


 ただし、魔力を使ったらしく、ドッと疲れた。まだこちらの疲労の感覚は掴みきれていないと思った。


 そんな帰り道、お疲れの須賀を、初子と妙子が優しく付き添ってくれているのだ。


 3人は、九頭島海軍魔法学校の脇に差し掛かる。この島に関して、軍の施設も含めて一通り見てきた須賀だったが、ここだけは特に元気がある。


「あ、初子様ーっ!」

「妙子さーん!」

「お帰りなさーい!」


 女子生徒たちの甲高い声が聞こえてくる。ちょうど休み時間なのだろうか。学校の敷地フェンスによじ登り、花も恥じらう乙女たちが手を振るのだ。


 そんな彼女たちに、初子も妙子も手を振り返す。聞けば、彼女たちは、ここの魔法学校の卒業生なのだそうだ。


「相変わらず、凄い人気だな」

「なぁに? 焼いてるぅ?」


 妙子が悪戯っ子のような顔になる。須賀は小さく首を横に振る。


「ここの子たちにとって、私たちは目標みたいなものだからね」


 初子はどこか自嘲を感じさせるような顔で言った。


 この魔法学校は、魔力適性の高い者たちをスカウトして、海軍における魔法関係兵器を扱える兵や士官としての教育を受けさせている。


 魔力は女性が高い傾向にあり、スカウト担当が適性確認の上、家族と交渉する。長らく続いた不況で、娘を身売りさせるしかないような貧困家庭も多く、お国のために働けること、給料も出ると聞き、喜んで送り出す家も多かった。年に一、二回は家に帰れるし、出稼ぎみたいなものと思えば、悪い話ではなかったのだろう。卒業すれば、海軍にお勤め確定ではあるが……。


 その女子生徒たちから声をかけられる。


「初子様は、今日は学校に立ち寄られるんですか?」

「いいえ、今日はこのまま司令部へ」


 そう答える初子に、女子生徒たちは「え~」と残念がった。歌劇団のスターか何かみたいな人気だ、と須賀は思ったがそれは黙っていた。

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