第156話、マリアナの後始末


 連合艦隊第一、第二、第七艦隊は、異世界帝国太平洋艦隊を撃破し、マリアナ諸島へ引き返そうとしていた。

 だが、異世界帝国のトラック駐留部隊からの空襲を受けた。


『統制射撃。主砲、発射準備完了!』


 正木初子の声を受けて、第七艦隊司令長官、武本中将は声を張り上げた。


「撃てェ!」


 戦艦『大和』の46センチ砲と、『美濃』『和泉』の41センチ砲が火を噴いた。その先には、海面すれすれを飛行してきた異世界帝国のガレオス中型爆撃機の編隊。

 全幅20メートルほどの双発爆撃機は、制空隊の隙をついて低空侵入してきたが、能力者の索敵までは誤魔化せなかった。


 第一艦隊の側面を突こうとした爆撃機編隊は、眼前で開いた魔力の壁に相次いで衝突して果てた。

 二航戦、六航戦の零戦隊が、敵戦闘機と空中戦を演じ、艦隊に迫る敵機には、一式障壁弾による高角砲や近接機銃の弾幕がお出迎えをした。

 戦艦『大和』の艦橋で神明は振り返った。


「どうやら、トラック飛行場からの攻撃は凌げたようです」

「敵さんも必死ということだ」


 武本は顎に手を当てた。


「太平洋艦隊がやられ、マリアナを落とされれば、次はトラックと連中もわかっておるのだろう」

「どうします? トラックの飛行場、叩いておきますか」

「お、意見具申か」


 武本が相好を崩すと、神明は淡々と言った。


「第七艦隊は奇襲遊撃部隊です。七航戦を使い、飛行場を空爆、一時的にその機能を消失させられます」


 第七航空戦隊の空母『海龍』『剣龍』『瑞龍』は、敵太平洋艦隊本隊に随伴する小型空母群を叩いたが、以来待機していて、特に出番がなかった。つまり、まだ余力があるのだ。

 本来は、敵太平洋艦隊を撃破し、退却するだろう敵を追撃する時に用いる予定ではあった。たが、敵艦隊がほぼ全滅してしまったことで、手持ち無沙汰となった。


「そうさなぁ……」


 思案する武本。その時、通信長が駆け込んできた。


「おう、入江、そんなに慌ててどうした?」

「第三艦隊が、敵重爆の誘導兵器にやられたようです」

「なに?」


 武本の目が鋭くなった。神明は、入江通信長に問うた。


「やられたというのは?」

「空母5隻が被弾。旗艦『伊勢』はギリギリ至近弾で済んだようですが、巡洋艦にも被弾が出たようです」


 空母9隻のうちの5隻。半分が被害を被っているというのは、大損害と言える。武本は慎重な声を出した。


「被弾ということは沈んでおらんということか?」

「『翔鶴』と『赤城』が特に酷いようです。あと、『加賀』は甲板と格納庫は無事なのですが、艦橋に直撃したらしいとか」

「なんとまあ」


 武本は言葉を失った。神明は視線を動かした。


「先々月までに、各空母の防火対策と改修工事が行われていましたが、それがなかったら、もしかしたら今頃、一、二隻は沈められていたかもしれません」


 トラック沖海戦で飛行甲板を重点的に叩かれた教訓もあって、日本海軍の空母は魔法防弾装甲が飛行甲板に巡らされた。

 当時、主力だった6隻の空母のうち5隻がやられたのは、海軍としてもショックであり、低威力のロケット弾だったから飛行甲板だけで済んだが、もし大威力の爆弾だったなら、空母は大丈夫だったのか、という指摘が出た。


 対策をとられたものの、フィリピン海海戦での軽空母群の被害報告でまだ不充分と見なされ、つい最近まで徹底的な、応急処置、装備の見直しが図られたのだった。


「しかし、敵さんも、とうとう誘導兵器を使ったか」


 武本は腕を組む。

 魔技研の技術を加えて、世界各国より一歩リードする形で、対艦、対空誘導弾を実用化、採用した日本海軍だったが、異世界人もそれに追いついてきたのかもしれない。


「ま、あれだけ誘導兵器にやられれば、そりゃムキになって開発するわな」


 一つの新兵器が生まれれば、相手側もそれに対抗するため、同様の兵器か、あるいは別の新兵器を開発する。兵器開発競争とは、イタチごっこであり、それは誘導兵器に限らず、歴史がそう証明している。

 肥大化する戦艦一つをとっても、仮想敵のモノより高性能を、と各国がより大型に、大火力に、高速に、と強化してきた。


「とはいえ、まだ敵の全ての部隊にあるわけではないでしょう」


 神明は冷静だった。


「今のところ敵が誘導兵器を用いたのは、今回の重爆部隊のみ。トラックの飛行場から来た部隊は使っていなかった」

「どうかな。連中が使う前に、我々が撃墜してしまった可能性も無きにしも非ず」


 武本は、長官席に腰掛けた。


「フィリピン海海戦の時もそうだったが、今回の重爆もニューギニア方面か」

「一番近く、重爆撃機を多数運用できる場所となると、同方面の敵でしょうね」

「どういう状況かはわからんが、重爆ということは高高度からの攻撃だろう。艦隊もそうだが、攻略中のマリアナ、パラオが襲われたら危ないじゃないか」

「マリアナはマシですよ。あちらには第九艦隊がいますから」


 サイパン、グアム、テニアンに上陸する陸軍を乗せた船団の護衛には、海上護衛隊――魔技研によって再生された元米駆逐艦などと、第九艦隊がついており、対空・対艦誘導弾の装備や、実験空母『翔竜』がある。

 特に『翔竜』には、高高度対応艦上戦闘機『青電』一一型が二個中隊ほど配備されている。


「さて、山本長官はどういう判断を下されるのかな」


 武本は首の骨をコキリと鳴らした。

 損害を受けた第三艦隊は、敵トラック駐留艦隊の撃破任務の最中だった。この艦隊がまだ前進するのなら、対処しなくてはならないが果たして……。



  ・  ・  ・



 神明や武本の憂慮をよそに、異世界帝国のトラック駐留艦隊は、制空援護をこなす空母4隻を喪失し、さらに主力であった太平洋艦隊が壊滅したことを知り、マリアナ諸島への突撃を諦めた。


 連合艦隊司令長官、山本五十六大将は、マリアナ諸島の占領を優先し、追撃は行わず、艦隊をマリアナ近海に集めた。


 敵太平洋艦隊を海の藻屑としたことで、中部太平洋に強力な異世界帝国艦隊はいなくなった。

 強いて言うなら、逃げたトラック駐留艦隊が、すぐ近くのトラックにいるのだが、連合艦隊の全戦力を結集しなければならない規模ではない。


 そして異世界帝国の攻撃だが、懸念された通り、ニューギニア方面の重爆撃機が、マリアナ諸島へ飛来した。

 しかし、一部艦艇の対空・対艦誘導弾、予め高高度で待ち伏せしていた艦爆や艦攻の空対空誘導弾、空母『翔竜』の青電隊が、これを迎撃した。


 また、日本軍特殊部隊によって奪取したサイパンの北飛行場に、軽空母『大鷹』『雲鷹』、特務艦『鰤谷丸』が輸送した航空機が送られた。零戦、九七式艦上攻撃機、二式艦上偵察機のほか、高高度迎撃機『白電』の飛行隊が配備され、早速防空任務に駆り出されていた。


 かくて、マリアナ諸島の攻略は、敵守備隊を追い込みつつ、確実に進み、完全占領も時間の問題となった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・MERB-15ガレオス双発爆撃機

乗員:4名

全長:16.2メートル

全幅:全幅22.3メートル

自重:13.5トン

発動機:魔式エンジン×2

速度:543キロ

航続距離:2400キロメートル

武装:12.7ミリ機銃×6 爆弾1.4トン

その他:ムンドゥス帝国の双発爆撃機。基地航空隊用に配備されていて、主に大陸進攻軍で広く活用されている。

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