第157話、敵の爆弾とは


 中部太平洋海戦は、日本海軍の勝利に終わった。マリアナ諸島の救援に来た異世界帝国太平洋艦隊を撃滅し、制海権を確保した。

 気がかりはあれど、サイパン、テニアン、グアムの異世界帝国守備隊を撃破しつつ、島の制圧はほぼ確実なものとなっていた。


 海戦を勝利で飾った連合艦隊、その司令部では彼我の状況確認と、今後について会議が開かれていた。


「――第三艦隊を襲った攻撃は、高高度を飛行する重爆撃機からの爆撃によるものです」


 連合艦隊司令部、諏訪情報参謀は報告した。


「これは母機からの誘導に従って、滑空し位置を調整しながら目標にぶつかる代物だったようです」

「滑空……。グライダー?」


 佐々木航空参謀の問いかけに、諏訪は頷いた。


「爆弾自体には、ロケットなどの推進装置はないようです。高高度から落下し、羽根で落下位置を調整して目標に命中させる……。第三艦隊からの証言では、敵重爆撃機から光のようなものを当てられたそうで、おそらくこの光の照射地点に爆弾が誘導されるようになっていたのでしょう」

「我々が使う誘導弾とは、また違うということか……」

「推進装置が違うだけで、考え方としては、魔力照射誘導とほぼ同じものと見ていいでしょう。それが魔力なのか、光なのかが違うだけで」

「その誘導爆弾への有効な対応は?」


 黒島先任参謀が口を開いた。


「狙われたら、回避できんか?」

「証言によれば、狙われた第三艦隊艦艇のうち、運良く一式障壁弾の障壁に当たられた艦は、被弾を免れたそうです」

「障壁弾で防げなければ、回避できんか?」

「いえ、そうでもないようです。実際、旗艦の『伊勢』は緊急転舵で、至近弾に留めました」


 諏訪は言った。


「おそらく、障壁弾の膜で、重爆撃機の誘導員が目標を見失ったのでしょう。なので、最後の瞬間、回避運動したのが見えず、爆弾は外れた」

「なるほど、視界が覆われて見えなければ、このタイプの誘導は躱せると」

「最善なのは、敵重爆撃機に頭上を取られる前に、撃退することではありますが」

「言うほど簡単ではないぞ、情報参謀」


 三和作戦参謀は腕を組んだ。


「我が艦隊の主な高角砲では、高度1万メートルに届かない。高高度戦闘機の数も不足している」

「しかし、対応策があるだけマシだ」


 黒島は淡々と言った。


「艦側の回避でどうにもならんわけではないだけな」

「……」


 万一爆弾を落とされても、必中でないなら、まだ手はある。特に操艦の名手を自称する艦長らは、避けられる弾なら全部回避してやると息巻くだろう。


「しかし、元を断つと言うのであれば、敵の重爆基地を叩くべきではないだろうか」

「ですが、我々はマリアナ諸島攻略まで、離れられないのでは?」


 佐々木が言えば、黒島は首を横に振った。


「いや、近場で危険な艦隊といえば、トラックに退却した敵艦隊だけだ。これさえ叩けたならば、艦隊主力がマリアナ近海に留まる理由も薄れる」


 そもそも、最大の障害である、異世界帝国太平洋艦隊は、すでに壊滅したのだ。黒島は、腕を組んで見守っていた山本五十六大将に向き直った。


「幸い、今回の海戦を終えてなお、連合艦隊には余力が残っております。マリアナ、パラオの防衛のためにも、ニューギニア方面の敵飛行場を攻撃するべきかと」

「……」


 山本は、黒島を見る。沈黙を守っていた宇垣参謀長は、艦隊編成の張り出された表へと目を向ける。

 中部太平洋海戦での損害は、敵主力艦隊を撃破した上で、想定よりも連合艦隊の被害は少なかった。


 第一、第二艦隊で沈没した艦が、戦艦『安芸』『甲斐』のみ。『武蔵』が大破した他は、巡洋艦、駆逐艦に被弾・損傷艦はあったが、沈没、航行不能にまで追いやられた艦はなかった。


 むしろ、第三艦隊のほうが、一度内地に戻すべきかと考えるほどの損害を受けた。

 空母『翔鶴』『赤城』が中破、艦載機運用能力を喪失。『加賀』は、発着艦能力ではあったが、艦橋がやられ、指揮系統がまずい状態。『蒼鷹』『大鶴』は損傷し、制限はあるが、一部艦載機が運用可能である。

 重巡洋艦『筑摩』大破、防空巡洋艦『小貝』沈没、『真野』『木戸』が大破。駆逐艦『樺』『東風』沈没、『北風』中破という被害だった。


 損傷艦については、第一、第二艦隊の損害軽微艦艇を護衛をつけて、一足先に内地に帰還させている。なので、現状、第三艦隊の戦力は半減と言ってよい。


 旗艦『伊勢』は健在だが、重巡洋艦は『利根』『鈴谷』『熊野』。空母は『瑞鶴』『翠鷹』『白鷹』『大龍』の4隻。軽巡洋艦『大淀』以下、防空巡洋艦8隻、駆逐艦13隻という陣容である。


「黒島君、ニューギニアのどこを叩くべきだと思う?」


 山本の声に、宇垣は振り返る。先任参謀は答えた。


「こちらも準備がないままの攻撃となりますから、敵の重爆撃機が運用されている飛行場のみを叩くべきと考えます」


 ニューギニア島は、オーストラリアの北、トレス海峡を挟んだ向こう側にある。パラオなどのカロリン諸島の南にある東西に長い島で、第一次世界大戦後、ドイツ植民地からオーストラリアの委任統治領となった。

 現在は異世界帝国軍が島全土を占領し、東南アジアや中部太平洋進出のための拠点として利用していた。


「判明している拠点の中で、重爆撃機の運用が確認されているのは、ビアク、ホーランジア、アイタペ、フィンシュハーフェン。あと確認されていませんが、ポートモレスビー、ジャックソンの飛行場もおそらく重爆運用が可能でしょう」


 黒島はスラスラと名前を上げた。まるで予め予習していたかのように。


「敵重爆の飛来状況を鑑みるに、複数の飛行場からの攻撃と思われます。サイパンに白電を揚陸させたとはいえ、まだ数も少なく、敵が誘導爆弾を使用できる以上、艦隊もまた危険です」

「しかし、さすがにこれらを全部叩くのは、準備なしには難しいだろう」


 ニューギニアの東方面に行けば、重爆はなくとも飛行場が複数あって、袋叩きに遭うだろう。ポートモレスビーなどは、かなりの大遠征となる。


「はい。故に、マリアナ諸島、パラオに近い、ビアク、ホーランジア、アイタペの三カ所だけでもしばらく無力化できれば、現在のサイパン配備の航空隊でも充分対応できるようになるでしょう」


 黒島は顎を引いて背筋を伸ばした。


「トラックに敵艦隊が残っている以上、我が艦隊もマリアナ諸島の完全制圧までは離れられません。こちらも対空誘導弾で応戦してはいますが、数が少なく、じり貧です。そうなれば、敵が我が艦隊の頭上からまた誘導爆弾を落とすでしょう。早めに行動すべきかと」

「投入する戦力は?」

「第七艦隊が適任かと」


 山本の問いに黒島は即答した。


「この手の奇襲戦のための艦隊です。敵地への一撃離脱は彼らの十八番と言えます」


 ――これは、最初から考えていたな。


 長官と先任参謀のやりとりを聞き、宇垣は思った。

 マリアナを巡る決戦の成否はやってみるまでわからなかったとはいえ、もし余力があるなら、ニューギニア方面の敵航空隊にも釘を刺そう、と、黒島は考えを巡らせていたに違いない。


「よろしい。やりたまえ。……ちなみに、作戦案をまとめる時間は必要かね?」


 山本も黒島の発案が、すでに充分に検討されている上での発言だったことに気づいているようだった。黒島はニヤリとする。


「いえ、必要ありません。すでに出来ております」

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