第158話、重爆撃機の基地を叩け


 第七艦隊旗艦『大和』に、連合艦隊旗艦『播磨』から、短い電文が発せられた。


『秋田、新潟へ来い』


 というその電文は、平文であるが、ちょっとした暗号だった。


 諏訪情報参謀が、事前に第七艦隊の神明に話し合ったやりとりであり、内容は、『転移能力者である秋田中尉を、連合艦隊司令部へ送れ』を意味する。

 つまり、第七艦隊に命令があるから、伝令役を呼んだのである。ちなみに、『新潟』とは山本五十六を意味する。単に彼が新潟県の出身だからであり、深い意味はない。


 転移能力者である秋田は、『播磨』まで連合艦隊司令部の呼び出しを受けて、転移。そしてすぐに戻ってきた。

 黒島亀人先任参謀を連れて。


「第七艦隊に叩いてもらいたい場所があります」

「あいわかった。場所は?」


 第七艦隊司令長官の武本中将、内容を聞かず、場所をまず聞いた。黒島はやや面食らったがすぐに答えた。


「ビアク、ホーランジア、アイタペにある重爆撃機用の飛行場を襲撃してもらいたいのです」

「承知した。――通信長! 第七艦隊、集結。これよりニューギニア方面へ進出する。各艦に移動命令を出せ!」

「ハッ!」


 入江通信長が通信室へと駆け込む中、たまらず黒島は武本を見た。


「まだ詳細を話しておりませんが……」

「うむ、移動しながら聞こうじゃないか。なに、心配ない。秋田が、貴官を旗艦まで送り返すからな!」


 今のは洒落のつもりだったのだろうか――神明は思ったが口には出さなかった。武本は言った。


「神明、お前も来い」

「はい」


 早速、作戦室に行き、黒島参謀から、連合艦隊司令部の命令の説明を受ける。


 要約すると、高高度から誘導爆弾を落とされると、被害が大きくなるから、しばらく重爆が使えないように、所定の飛行場を砲撃してきてほしい、というものである。


 同時に、敵爆撃機の使った誘導爆弾が、どう第三艦隊に被害を与えたかを、神明と武本は黒島から聞くことができた。


「――諏訪は、敵の誘導を光によるものと考えたようだが、神明、貴様はどう思う?」

「その見立てで、おそらく正解かと」


 一式障壁弾の展開する障壁の光で、高高度の重爆からフネが見えにくくなったというのは、いかにもである。


「爆撃手が、見えなかったというのもありますが、誘導の光が、障壁の光で遮られた可能性もありますね。土壇場の回避を追尾できなかったのも、それが影響しているかもしれない」

「なるほど。誘導兵器に詳しい貴様がそう言うのであれば、間違いないだろう。長官にもその旨伝えておく」


 黒島は頷くと、武本へ視線を戻した。


「では、攻撃の順序や、詳細はお任せします。重爆飛行場を三カ所、これを確実に叩き潰してください」

「承知した」


 かくて、第七艦隊は増速して南南西へ針路を取った。



  ・  ・  ・



 第七艦隊は、ニューギニアの重爆飛行場を叩くべく移動していたが、現在位置から真っ直ぐ進むと、トラック環礁の近くを突っ切る形となる。

 しばらくは遮蔽装置を使って航行していた第七艦隊だったが、途中何を思ったか、その姿を現して堂々と突き進んだ。


 もちろん、そこは異世界帝国が支配するトラック基地の警戒範囲である。日本艦隊の接近を警戒しているトラック駐留部隊だから、複数の索敵機を動員して見張りを行っていた。

 旗艦『大和』。その魔力電探が、異世界帝国の偵察機を捕捉した。


「見つかりますね」


 神明が言えば、武本は苦笑する。


「隠密が主体の我々といえど、普通に航行していたら、そりゃ見つかるわな」

「迎撃、出しますか?」

「収容に時間をかけたくない。が、戦闘機が飛んでいないからと張り付かれても困る」


 今、第七艦隊は、対空警戒陣形で進んでいる。『大和』『美濃』『和泉』の戦艦3隻を前に、空母3隻が続き、特務艦、巡洋艦、駆逐艦が周りを固めている。だが空母がありながら、直掩機は1機も空にはない。

 神明は言った。


「対空誘導弾で撃墜します」

「そうしてくれ」


 しばらくして、敵偵察機が現れた。単機――双発機である。


「さあ、さっさと通報しろ……」


 武本が呟く。わざわざ姿を見せたのは、敵に艦隊を発見させるためなのだから。敵双発機は、第七艦隊の周囲を迂回するような針路を取りつつ、距離が近くなる。


『こちら通信室。敵機から通信波を探知。平文にて交信の模様。艦隊、報告されています!』

「ようし、神明。いいぞ、撃ち落とせ」

「対空誘導弾1番、発射!」


 戦艦『大和』の対空誘導弾発射筒より、一発が白煙を引きながら飛び出した。それはするすると敵偵察機へと伸びていく。


『敵、回避運動――』


 正木初子が報告する。


『対空誘導弾、間もなく命中。今!』


 爆音と共に、胴体を直撃され四散する異世界帝国の双発機。神明は双眼鏡で、昇っていく黒い煙とは反対に落ちていく残骸を見た。


「撃墜確実」

「ようし、ここでの役目は終わりだ。艦隊、潜水艦行動開始だ! 潜航!」


 武本は命令を発した。第七艦隊各艦は、防護膜で艦全体を多い、重力バラストを利用して海中にその身を沈めていく。

 先ほどまで海面に姿を晒していた艦隊は、あっという間に消えたのである。


「これで敵さんの気を引くことはできたな」


 武本の呟きに、神明は頷いた。


「敵の庭先ですからね。通報を受けたトラックの敵さんは、慌てふためいているでしょう」

「幻の艦隊を探して、か」

「あるいは幽霊を探して」


 皮肉げな神明である。


「もう、ここには用がありません。ニューギニアへ直行します」


 第七艦隊は海中を行く。トラックの脇をすり抜け、一目散に離れていく。

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