第121話、異世界の出入り口


「ゲート……」


 永野軍令部総長は、その言葉を反芻した。


 九頭島から、軍令部を訪れた神明大佐の言葉に、同席した伊藤軍令部次長は首を傾げた。


「ゲートとは、英語で言うところの『門』のことか?」

「別の空間同士を繋ぐ出入り口、というところでしょうか」

「つまり?」


 今度は、第一部長である福留繁が問うた。ちなみに彼は先月11月で中将に昇進している。


「言った通りですが、正直言葉だけではわかりずらいので、例を出します」


 神明は、軍令部総長の部屋の扉を指した。


「あのドアをゲートと見立てます。よろしいですか? あの向こうの先は――」

「廊下だろう? 馬鹿にしているのか?」


 憮然とした表情の福留である。神明は淡々と言った。


「いいえ。あれはゲートです。あの扉の先は、九頭島司令部の私の事務室に繋がっています」

「はあ!? そんな馬鹿な!」


 福留が眉をひそめる。伊藤は驚いた顔をして、永野は薄く笑みを浮かべた。


「なるほど。別の場所を繋ぐ出入り口、か」

「そうなります」

「よくわかる例をありがとう、大佐。それで、発見されたゲートはどこに繋がっているのか、わかっているのかね?」

「それについては、まだ。なにぶん、空に浮いているものですので、侵入するためには航空機が必要です」


 確認に向かった特マ号潜水艦『海狼』には、水偵など航空機は搭載していないのだ。


「北マリアナ諸島、アスンシオン島か」


 机に地図を広げて、場所を確認する。永野は小さく息をついた。


「こんな前線に近い場所に出てくるとは。……君はどう思う神明君。このゲートは、異世界――奴らの世界に繋がっていると思うかね?」


 その発言に、伊藤も福留も驚いた。

 異世界帝国――彼らがこちらへやってきたのが、このゲートだというのか?


「可能性は皆無ではありませんが、この世界のどこか、他の場所に繋がっている可能性もあります」


 神明は答えた。


「総長のおっしゃられる通り、前線に近いですので、本拠地に繋がっている可能性は低いと思います。ですが、先日の敵重爆撃機は、ここを通ってきたと思われます」

「うむ、そこはマリアナ諸島。サイパンやグアムより、我が本土に近い。異世界帝国の大型爆撃機ならば、充分に往復できるだろう」


 永野は席に深々ともたれた。


「謎が解けたな。敵の航空基地は、サイパンでもグアムでも、テニアンでもない。ゲートの向こうだ」


 それが異世界なのか、はたまた地球上のどこかはわからないが。


「ゲートが重爆撃機の通り道ならば、どうにかせんとまた帝都が空襲の危機に陥るやもしれん」


 それはよろしくない、と伊藤、そして福留は表情を引き締めた。帝都を敵に攻撃させるわけにはいかない。


「神明君、対処方法は?」

「突発的に開いたものでなく、人工的に開いたものならば、空間固定装置が存在するはずです。装置が動かなければ、ゲートは維持できず魔力が切れれば勝手に消えます」


 福留は手を叩いた。


「では、その装置を攻撃すればいいわけだな?」

「はい。ただ特マ潜の海道少佐の報告によれば、装置は確認できていないため、アスンシオン島内か、はたまたゲートの向こう側の、どちらかに空間固定装置があると思われます」

「……うーん、アスンシオン島の大きさは――」

「長さ3.3キロ、幅およそ3キロ。面積は7.9平方キロメートルです。島にあれば、艦砲でも爆撃でもどうとでも処理できます」


 神明は平坦な調子で言った。


「これがゲートの向こう側だった場合は、厄介です。装置自体は、すぐに見つかるでしょうが、そこがどこなのかわかりません。ゲートのすぐ先に敵の大要塞や大航空基地がある可能性は極めて高いでしょう」

「飛び込めば、敵中の可能性がある、か」


 伊藤の言葉に、神明は小さく首肯した。


「あるいは異世界かもしれない」

「……」

「敵も異世界から、こちらの世界にやってきたのだ。まあ、行き来するためのゲートもあると考えるべきだろう」


 永野が目元を指で挟んだ。


「彼らのことを知るためにも、可能ならばゲートを調査したいところだが……難しいかな?」


 この戦争の決着の形すら定まっていない状況である。永野は、ただ敵と戦うだけでは、いずれジリ貧になるだろうと予想していた。敵の規模、国土、その国力すら推し量る術がないのだから。

 神明は、永野の心理を理解はするが、敢えて言った。


「敵も地球人がやってくる可能性を考えていないはずがありません。はっきり言えば、危険です」

「場所が悪いですな」


 福留は永野を見た。


「帝都を守るためにも、危険の芽は摘んでおくべきです」

「彼らを知る機会かもしれない」

「まだ、それが敵のいる世界に繋がっているとも限らないでしょう。神明の話では、この世界のどこかかもしれない」


 アフリカ、南米、オーストラリアのどこかである可能性もある。


「それに異世界帝国も、彼らのテリトリーのどこかに、そのゲートとやらを作って、自分たちとの世界への道を残しているのではありませんか?」


 そうだろう、と福留は、神明に視線を向けた。


「はい、福留中将のおっしゃる通り、連中が完全に自分の世界への道を閉ざしている可能性は低いと思われます。いずれ、彼らへ大反攻に出れば、そうしたゲートを発見する機会もあるかと」

「うむ、まずは目の前の敵の排除を。すでに一度、帝都が狙われております」


 福留の言葉に、永野は、沈黙している伊藤に視線を向けた。その伊藤は小さく頷いた。永野はそれを満場一致と見た。


「わかった。連合艦隊と協議し、北マリアナ諸島に出現したゲートの排除策を考えよう」

「はい」


 伊藤、福留、神明は背筋を伸ばし、一礼した。方針は決まった。

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