第122話、挺身部隊


 連合艦隊旗艦『武蔵』に、とある作戦に投入される部隊の指揮官たちが集められた。


「諸君らも、先日、異世界帝国の重爆撃部隊が、本土に迫っていた事実は、知っているだろう」


 山本五十六連合艦隊司令長官の言葉は、集められた将官らの表情を引き締めさせた。


「そしてつい昨日、小笠原諸島に、敵重爆撃部隊が襲来した」


 室内がざわつく。


「敵の出所が、北マリアナ諸島にあるアスンシオン島上空にある、『ゲート』と呼称する空間通路からと判明している。……我々は、これ以上の本土空襲を阻止するために、この敵のゲートを使用不能にしなくてはならない」


 ゲートの破壊ないし使用できないようにするために編成された臨時部隊――挺身部隊は、アスンシオン島へと向かう。


「今回は、連合艦隊と軍令部直轄の第九艦隊との共同作戦となる」


 連合艦隊側の戦隊指揮官たちの視線が、第九艦隊――臨時司令長官の伊藤整一中将と、神明大佐に向いた。


「連合艦隊側の編成部隊は、第一挺身部隊。第九艦隊は第二挺身部隊と呼称する」



・第一挺身部隊

第三戦隊(戦艦3):「比叡」「常陸」「磐城」

第五戦隊(重巡洋艦2):「伊吹」「鞍馬」

第一水雷戦隊(軽巡洋艦1):「鬼怒」

 第六駆逐隊:「暁」「雷」「電」

 第二十一駆逐隊:「初霜」「若葉」「有明」

第十一駆逐隊(三水戦所属):「松」「竹」「梅」「桃」

第四航空戦隊(空母2):「飛鷹」「龍鳳」


・第二挺身部隊(第九艦隊)

戦艦:「大和」

空母:「翔竜」

大型巡洋艦:「妙義」「生駒」

軽巡洋艦:「水無瀬」「九頭竜」「鈴鹿」

駆逐艦:「海霧」「山霧」「大霧」「青雲」「天雲」「冬雲」「雪雲」「氷雨」

潜水艦:「マ1号」、「マ7号」、「マ9号」、「マ10号」、特マ潜「海狼」

特務艦:「鰤谷丸」「ばーじにあ丸」


 その編成は、第九艦隊側は、戦闘戦力は『大和』が正式に加わった以外は、ほぼ変わらない。また南方作戦時は陸軍側の支援に回った特務艦『鰤谷丸ぶりたにまる』も、復帰している。


 一方、連合艦隊側は、先のフィリピン海海戦で大きな損害もなく(一部例外あり)、戦力を留めていた、第三戦隊、第五戦隊、第一水雷戦隊が中心となっている。


 第三戦隊は、同じ金剛型の『榛名』『霧島』が修理中のため、『比叡』しかないが、今回、第二戦隊から、38センチ砲搭載戦艦である『常陸』『磐城』を臨時に加えている。


 また第四航空戦隊は、『龍驤』を喪失し、『隼鷹』を修理で離脱しているが、隼鷹の姉妹艦である『飛鷹』と、潜水母艦『大鯨』を改装した『龍鳳』が編入され、今回の作戦に投入される。

 搭乗員は、『飛鷹』『龍鳳』固有の航空隊として本土で訓練していた者たちに加えて、フィリピン海海戦を戦った『隼鷹』『龍驤』隊の生き残りで埋めている。


 前者は、フィリピン海で戦っていないものの、その後に第三艦隊に補充された新兵よりはマシなレベルと考えられていた。


 第二挺身部隊の指揮官は、伊藤中将。そして第一挺身部隊の指揮官は、先任順で第三戦隊指揮官である栗田健男中将が務める。


 連合艦隊参謀長である宇垣から、作戦についての説明がなされる。

 第一挺身部隊は、アスンシオン島へ向かい、敵を撃退しつつ、島にゲートを固定させる装置が確認された場合は、これを叩くこと。


 もし、アスンシオン島にそれら装置がなかった場合は、第二挺身部隊の特殊航空隊が、ゲートへ侵入可能か確認ののち、可能であるならばゲートの向こう側に突入、装置を破壊し、ゲートを消滅させる。


「栗田中将、何かございますか?」

「……そのアスンシオン島だが、敵の戦力はわかっているのか?」


 鷲の羽根のような眉をひそませて、三戦隊司令官は問うた。


「現状、確認されているのは、潜水型駆逐艦が十数隻、島の周辺に展開しているようです。また、こちらが接近すれば、ゲートから敵航空機が迎撃に出てくるものと推測されます」


 宇垣の答えに、栗田は眉間の皺をさらに寄せた。


「敵航空機の数は?」

「残念ながら、ゲートの向こうのことは不明のため、どれほどの敵がいるのか、皆目見当もつきません」

「……では、島の防衛装備などは? 砲台などはあるのか?」

「それも現状、確認が取れておりません」


 栗田は渋い顔になる。山本が口を開いた。


「何かあるのかね?」

「失礼ながら長官。これは些か無謀ではありませんか?」


 栗田が反対を唱えた。第一部隊の次席指揮官となる第五戦隊司令官の阿部弘毅中将は、そちらを見た。栗田が面と向かって反対意見を述べるとは思わなかったからだ。


「敵の戦力は、はっきり言えばわからない。そんな状況で向かうには、この戦力では些か自信がもてません」

「……」

「四航戦はついていますが新人も多く、どれくらい敵がいるか見当もつかない戦場では頼りなくあります。また、島が砲台などを備えていた場合、不安定な海上からの艦隊側の砲撃が上手くいったことは古今例がないはず。三戦隊、五戦隊と貴重な水上打撃部隊を無為に失ってしまうかもしれません」


 栗田の言い分に、連合艦隊司令部参謀たちは、何を弱腰な、という顔になる。しかし、栗田の言った、艦艇と地上の砲台との砲撃戦はフネのほうが不利というのは、間違いではなかった。……これまでは。


「そうか」


 山本は腕を組んだまま、静かに言った。


「第三戦隊が行かぬなら、私が行こう」

「長官!?」


 周りの指揮官たちが動揺した。


「この『武蔵』で、アスンシオン島へ突入する。先にも言ったが、ゲートに対処しなければ本土が危ない。もはや猶予はないのだ」

「……」


 栗田はそう聞いて、小さく息をつくと背筋を伸ばした。


「わかりました。長官が赴くまでもありません。第三戦隊がアスンシオン島へ参ります」


 かくて、作戦のもう少し細かな部分の確認――それぞれの部隊の進軍ルートと、現状推定される敵艦種や航空機、それとゲートについて神明大佐から説明がされた。


 挺身部隊の総指揮官は、海兵38期の栗田となり、次席指揮官は海兵39期の伊藤となる。


 が、栗田は『自分にわからんものは指揮できない』と言い、第二挺身部隊とは作戦で確認された手順に沿った連携はするが、現場判断は、それぞれがとるものとされた。

 つまり、何かトラブルがあった場合は最善と思う行動をとれ。こちらからはとやかく言わない。言わば必要ならば独自行動を、お互いに認めるということである。


 伊藤は、栗田のその発言に不安を抱いたが、神明は逆に『状況によっては、栗田中将の指示を無視していいのだ』と解釈した。もちろん、面を向かって言ったりはしないが。

 曖昧な部分があるのは、裁量の幅が広がるのである。

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