第123話、門の向こう側には――


 ゲート破壊作戦が発動された。第一挺身部隊は本土、第二挺身部隊は九頭島から、それぞれ出撃した。

 太平洋の荒波を越えて、異世界人の作りし門を叩く。


 須賀義二郎は、戦艦『大和』に乗り込んでいた。正式に『妙義』から移って、大和航空隊所属という扱いになっている。


 そして大和型戦艦は、艦尾に航空機の格納庫がある。凄まじい威力の46センチ砲の砲撃で、搭載機を破壊してしまわないようにするためだ。その搭載機は、主翼を折り畳むことで格納することができたのだが、魔技研の大改装の結果、航空機格納庫とその近くにあった小型艇格納庫をひとつに合わせたものになった。


 任務に応じて、航空機、ないし艦載艇の搭載数を調整するようになっていたのだ。


 そして今回、『大和』には、一式水上戦闘攻撃機2機と、二式水上攻撃機が3機が格納庫に積まれている。


 一式水戦は、大型巡洋艦『妙義』にも載せられ、実戦で使用したから須賀にはお馴染みの機体だが、今回、二式水上攻撃機は初めて同じ戦場に向かうことになる。


 この二式水上攻撃機は、武本工業と魔技研の共同開発の機体だ。遮蔽装置という、視覚にも電探にもほぼ発見されないという装備を搭載することを目的に作られたものらしい。


 この遮蔽装置を使って、敵に発見されずに接近し攻撃する。


 須賀が聞いたところでは、フィリピン海海戦で、敵輸送船団を叩いた幽霊艦隊の空母が、この二式水上攻撃機の艦上機仕様を使って、敵護衛空母を先制攻撃した。


 そしてこの二式水上攻撃機は、バリエーションがあり、偵察機型も存在する。潜水艦などの限られたスペースに搭載することも前提にしており、折り畳むと大変コンパクトに収まる。


 それが二式水上偵察機改である。こちらの機体は、魔技研の作戦である、セレター軍港強襲作戦などで活躍した。須賀たちが上陸に先立ち予習に使った写真資料も、マ号潜水艦に搭載した二式水偵改が撮影したものだった。


 なお蛇足だが、海軍にはかつて二式水上偵察機という機体が存在していた。

 まだカタパルトではなく滑走台から発進していた頃の古い機体であり、昭和3年、1928年に制式採用された。設計はドイツのハインケル、製造したのは愛知航空機である。もちろん、すでに退役している。


 閑話休題。


 今回の作戦、須賀はこの武本二式水上攻撃機に乗せられることになるらしい。


「マニュアルは読んだし、コクピットを見た感じ、一式水戦とほとんど変わらない」


 同じ武本工業製ということもあり、操縦系統は似通っている。須賀が言うと、二式水攻の傍にいた少年のように若い根岸二飛曹が答えた。


「スピードは、一式には全然及ばないですけどね」

「そこは攻撃機だからな」


 なお、水上機ではあるが、一式水戦同様、飛行時はフロートは魔力で構成、解除ができるため、陸上機や艦上機と同等の速力が発揮可能だ。


「すまんな。お前の機体を借りることになって」

「いえいえ、上からの命令じゃ仕方ありませんよ」


 九頭島の航空隊で、パイロットとして教育課程を卒業し、配属先が大和航空隊という。腕は悪くない。一応、能力者適性も僅かながらあるらしい。ないのは実戦経験くらいか。


「今回はそれだけ大事な任務ってことですし」

「そういう任務なのに、初機体にぶっつけ本番に乗せるってどういうわけだよ?」


 須賀が皮肉れば、根岸は苦笑した。冗談のつもりだったが、上官批判と受け取られたかもしれない。


「あ、いたいた。義二郎さーん」


 正木妙子が、格納庫にやってきた。もう一人、見慣れない女性士官を連れている。


「はい、紹介しますー。こちら、犬上いぬがみ瑞子たまこ少尉。今回の義二郎さんの相方になりまーす!」

「犬上瑞子です、どうぞよろしくお願いします」


 長身の美女士官だった。妙子よりも背が高く、キリッとした人だった。綺麗といえば綺麗だが、刃物のような冷たい鋭さも感じ取る。


「須賀義二郎です、よろしく」


 自分が階級が上なのを忘れて、です、などとつけてしまった。


 今回、須賀がいつもの一式水戦ではなく、二式水上攻撃機に乗ることになったのは、この犬上瑞子のせいである。……せい、などと言うと彼女が悪いようにも聞こえるが、実際のところはそうではない。単に希少な能力の使い手だから、というだけである。



  ・  ・  ・



「――今回のアスンシオン島攻撃で、ゲートを破壊するわけだが、ゲートを形成する装置が、こちら側にあるのか、それともゲートの向こう側にあるのか、それによって作戦は大きく変わってきます」


 戦艦『大和』の司令塔内。神明大佐は、第九艦隊司令長官の伊藤整一中将と、先任参謀である神重徳大佐に告げた。


「装置がこちら側にあれば、栗田中将の第一挺身部隊が艦砲射撃ないし、四航戦の航空隊が叩く。問題は、装置がゲートの向こう側の場合」


 その場合、第二挺身部隊の航空隊が、ゲートに突入する算段となっているが――


「向こうの状況がまったくわからない状態です。はっきり言えば、状況がわからないまま突入させるのは自殺行為です」

「何があるかわからないから」


 伊藤が言えば、神明は頷いた。


「はい。そこに敵の大規模な軍事施設があった――ならまだマシです。最悪なのは、ゲートに、防御障壁などが展開されていた場合。突入した部隊が何もできないまま壁に激突し、勝手に全滅します」


 一式障壁弾にぶつかり爆発した敵編隊のように。神もその光景を目撃しているので、想像するのは容易かった。


「確証はないが、私なら、敵の侵入に備えて防御手段を講じておく」

「それを確かめるために、能力者の……ええ、と、犬上少尉の力が必要と」

「そうだ。彼女は、使い魔を使役する」


 中世ヨーロッパの伝承などで、魔女が使役している小動物や精霊、時に魔物などと言われる。伊藤や神からすれば、完全にお伽話の世界の話だ。


「おそらく、ゲートに突入した時点で、使い魔との繋がりは途絶える」


 神明は告げた。


「だが自律行動できる使い魔は、一度ゲートに入ったあと引き返すように命じておく。そこでこちらに戻ることができれば、犬上少尉に使い魔の視野情報が共有される。ゲートの向こうに何かあるかわかるという寸法だ」

「もし、ゲートに入って使い魔が戻らない場合は……?」

「航空隊の突撃を見合わせる。使い魔が戻れないということは、障壁なんなりが展開されていると考えるべきだ。貴重な搭乗員と機体を無為に失う愚は冒せない」


 伊藤が口を開いた。


「もし、航空攻撃が不可能な場合、次の手は?」

「『大和』で近づき、ゲートめがけて46センチ砲弾を撃ち込みます。防御手段の種類にもよりますが、高威力の攻撃に耐えきれず、防御が崩れる可能性があります」


 そしてその都度、使い魔を送り、状況が判明するまで繰り返す。場合によっては、『大和』だけでなく、艦隊の艦砲を集中される。


「それでも駄目だった場合は、残念ながら作戦は失敗です」


 神明は、伊藤と神を見回した。


「何かしら対策を練って、次の手を考えるしかありません」

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