第103話、突撃、第二艦隊


 悪魔の目――それは、千里眼ともいうべき、遠くを見通すことができる魔法。旗艦『アナリフミトス』の砲術長ボンブランの持つ魔法である。


 ムンドゥス帝国では、魔核で艦を動かす魔術師と呼ばれる能力者がいる。それとは別に、魔術師が配置についているが、一個艦隊の旗艦ともなると、上級将校にも腕利きの魔術師がいる。


『アナリフミトス』の砲術長もまた、そういった魔術師であり、彼は肉眼での確認の難しい長距離でも、魔法の目で、弾着観測機を得たように見ることができた。


 ……ただし、砲弾の軌道を曲げるなどはできないため、観測機が飛べない状況でも自力で弾着観測ができる程度の能力ではあるが。


 しかし、本国でも抜群の砲術の腕を持つボンブランだから、その修正能力と、勘にも似た予測は正確だった。


 そしてついに砲弾は、戦艦『天城』を捉えて、その後部マストを破壊した。


『敵戦艦二番艦、速度低下』

「うむ」


 どうやら機関にもダメージを与えたらしい。戦艦『アナリフミトス』の司令塔で、エアル大将はほくそ笑んだ。さすがは43センチ主砲の破壊力といったところか。


「このまま、敵戦艦を血祭りにあげろ」


 エアルは意気に感じて腕を振り上げる。一方、ケイル参謀長は戦況を確認している。


 日本戦艦が長距離からの砲撃を仕掛けているのに対して、突撃を敢行してきた巡洋艦艦隊だが――



  ・  ・  ・



 接近する日本艦隊――第二艦隊に反応したのは、戦艦列の前にいた重巡洋艦7隻とその両翼にいた駆逐艦戦隊だった。


 これに対して、南雲忠一中将は、取り舵で、敵戦艦群とは逆――反航戦の形を取りつつ、敵重巡戦隊を引き寄せた。


 日本軍の大型巡洋艦を阻止しようと、異世界帝国重巡洋艦7隻は面舵をとって、同航戦を仕掛けてくる。


「五戦隊と六戦隊、そして二水戦は、このまま敵戦艦へ直進せよ! 敵重巡洋艦は、四戦隊が押さえる!」


 南雲の命令を受け、第五戦隊の重巡洋艦『伊吹』『鞍馬』、第六戦隊の『足柄』『羽黒』『筑摩』が、雲仙型大型巡洋艦からなる第四戦隊の列を離れ、第二水雷戦隊と共に面舵を切って離れる。


 南雲率いる第四戦隊には、第四水雷戦隊が付き従う。


「敵列先頭艦を『雲仙』、二番艦を『劒』、三番艦を『乗鞍』、四番艦を『白根』が砲撃せよ。五番艦以降は、誘導魚雷! 先頭から『劒』、『乗鞍』、『白根』で攻撃!」


 ドイツ海軍のケーニヒ級戦艦を改造した雲仙型大型巡洋艦は、主砲の30.5センチ連装砲四基を、敵重巡洋艦の単縦列に向けた。


 敵重巡洋艦は、先頭か一、二番艦と六、七番艦がアメリカ重巡洋艦、三、四、五番艦が異世界帝国重巡洋艦だった。


「撃ち方始め!」


 雲仙型4隻が砲撃を始め、『劒』『乗鞍』『白根』は主砲を撃つと同時に、61センチ三連装魚雷発射管から、誘導魚雷をしれっと投下した。


 敵重巡洋艦も20.3センチ砲弾を立て続けに発砲。第四戦隊の周りに砲弾を叩き込み、水柱を上げさせた。


「敵最後尾の重巡2隻が反転!」


 見張り員の報告に、白石参謀長は目を見開いた。


「五戦隊のほうへ行くか!」


 二分した艦隊の、右翼展開させた隊を迎え撃とうというのだ。南雲が口元を獰猛に引きつらせた。


「大型巡洋艦4隻を相手に、5隻で何とかなると思っているのなら、侮られたものだ」


 こちらは元戦艦である。第一次大戦型を、巡洋艦として近代化させた艦艇である。その30.5センチ砲の威力は、重巡の装甲では止められない。


 そして『雲仙』の放ったヘビー級のパンチは、先頭の重巡――『サンフランシスコ』の艦体中央に直撃し、爆発。艦全体を大きくよろめかせた。


 続く二番艦『シカゴ』に、『劒』の放った砲弾が二番砲塔の装甲を突き破り、ブリキ缶の如く打ち砕いた。


 対する敵20.3センチ砲弾も、次第に正確さを増して、第四戦隊を捉える。旗艦『雲仙』に、発砲とは違う爆発と揺れが襲った。


「被害報告!」


 艦長の中岡信喜大佐が確認を取る。敵弾は艦体中央に命中、高角砲が1基損傷したものの、大きな被害はなしとのことだった。

 8インチ砲どころか、主要区画は12インチ砲対応の防御が施されている。


「元戦艦ぞ! 『雲仙』は!」


 攻防共に、重巡洋艦とはクラスが違うのだ。


「前方より、敵駆逐艦部隊!」

「四水戦に迎撃させろ!」


 南雲の命令を受けて、軽巡『那珂』に率いられた駆逐艦「嵐」「野分」「曙」「潮」「朧」「朝雲」「山雲」の7隻が35ノットの快速を飛ばして躍り出た。


 駆逐艦には駆逐艦をぶつける一方、雲仙型4隻は、敵重巡洋艦を数発で戦闘続行困難、もしくは航行不能に追いやった。


「反転した2隻はどうなった?」


 南雲が確認すれば、白石は答えた。


「『伊吹』と『鞍馬』が、通りがけに蜂の巣にしていったようです」


 阿部弘毅少将が指揮する第五戦隊の重巡洋艦『伊吹』と『鞍馬』は、魔技研が再生させた艦だ。


 重巡洋艦を名乗ってはいるが、その排水量は2万トンに達する大型巡洋艦である。


 廃艦となった戦艦『壱岐』とロシア装甲巡洋艦『リューリク』を合成して作られたのが『伊吹』であり、姉妹艦『鞍馬』は、ロシア戦艦『ナヴァリン』と『シソイ・ウェリキィー』を合成して作られたという。


 全幅が細めのため、安定性のため主砲は30.5センチ砲ではなく、20.3センチ砲に抑えているが、三連装砲のうえ、自動装填装置付きの速射砲となっている。


 従来の重巡洋艦の二倍の発射速度、そして三連装砲四基十二門とあれば、1分間に約96発も砲弾が飛んでくる計算になる。

 ひとたび狙われれば、蜂の巣というのもあながち誇張ではなかった。


 そうこうしているうちに、『劒』らが放った誘導魚雷が、敵重巡洋艦にトドメを刺した。


 残る護衛は、戦艦群の両翼にいた軽巡洋艦戦隊と駆逐艦部隊である。これらを撃破しつつ、敵戦艦にも攻撃を――そう思った南雲だったが、直後に、『雲仙』の正面に湧き出った巨大な水柱に目を丸くした。


「テネシー級、コロラド級と思われる敵戦艦が、こちらに向けて発砲!」

「何だと!?」


 まさか、戦艦同士の砲撃戦の最中、狙われているのにも構わず、突撃する巡洋艦部隊に主砲を振り向けてくるとは。


 異世界帝国側からすれば、単に射程の問題で、長距離砲戦に加われなくて砲が暇だっただけではあるが、重巡洋艦戦隊が壊滅した今、満更無駄ではなくなった。


 雲仙型大型巡洋艦は、巡洋艦には滅法強いが、こと戦艦に対して逆転し、砲撃で装甲は抜けない。対してこちらは装甲を抜かれるという劣勢に立たされるのである。


 突如降りかかった第四戦隊の危機――だが、状況はさらに動く。


 第三艦隊から第三次攻撃隊が、艦隊戦の最中に突撃してきたのだった。

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