第102話、アウトレンジ射撃


 異世界帝国艦隊は、日本艦隊に対して正面から突き進んだ。


 重巡洋艦7隻を横一列に並べ、その両翼に駆逐艦戦隊。続く列に、旗艦級戦艦を中心にした戦艦9隻の横列を形成。主力打撃艦がV字型二段に、両翼に軽巡と駆逐艦部隊が固める。


 米鹵獲艦は別として、正面への攻撃力が高い異世界帝国の得意とする突撃陣形だ。


 対する日本海軍は、第一艦隊が戦艦7隻を単縦陣を作り、敵の頭を抑える形で回頭。丁字を描きつつ、第二艦隊は、大型巡洋艦が先陣を切る形で突撃を開始した。


 想定では、敵はしばし横列のまま距離を詰めるが、第一艦隊を追って、次第に斜め、そして単縦陣となっての同航戦となるだろう。そうなると、突撃した第二艦隊は、敵主力艦に対して敵右舷側を反航しつつ、攻撃することになる。


 第一艦隊は極力、敵戦艦群と距離を取りつつ、3万から3万5000メートルの位置をキープする。今の第一艦隊の戦艦群は、29ノットの高速を誇るので、敵がそれ以上の速度がなければ、追いつくのは難しい


「観測機、位置につきました!」

「主砲、発射準備よし!」

「長官、砲撃準備完了、いつてもいけます!」


 戦艦『土佐』艦長の武田大佐の報告を受け、山本は頷いた。


「第一艦隊、撃ち方始め!」


 命令はただちに7隻の日本戦艦に伝わった。『土佐』『天城』『薩摩』『安芸』が41センチ砲を、『常陸』『磐城』が38センチ砲を、『比叡』が35.6センチ砲弾を発砲。遥か彼方、3万5000メートル先の標的めがけてそれぞれ飛んでいった。


 結果、『薩摩』の砲弾が一発、命中。『土佐』『天城』『常陸』の砲弾が至近に弾着した。


 観測機からの報告を受けて修正、第二射を発射。


『ただいまの『土佐』の砲弾、1発が敵艦艦首に命中!』


 第二射目で、直撃弾を出した。他の戦艦も夾叉を出し、山本は口元を緩ませた。キャビテ軍港を脱出した異世界帝国東洋艦隊を撃滅した時と同様の遠距離砲戦。早期に命中弾を得たからといって、もはや興奮はしない。


「そうだ。このまま、敵艦にダメージを与えていけ……」


 戦艦砲弾を浴びて損傷していけ、と山本は思う。言うなれば、第一艦隊は敵戦艦の注意を引く囮だ。運良く急所に当てて轟沈なり戦闘不能にできれば御の字。トドメは余所に任せる。



  ・  ・  ・



 ムンドゥス帝国太平洋艦隊旗艦『アナリフミトス』。エアル大将は、相好を崩した。


「うむ、以前戦った時に比べて、その射撃精度が大幅に上がっておるな」


 敵が観測機を飛ばしているのは理解しているが、それにしても正確な砲撃だ。ムンドゥス帝国の砲戦マニュアルに3万5000メートルでの砲戦は想定されていない。

 撃っても当たらないからだ。


 そもそも、太平洋艦隊に加えた4隻のアメリカからの鹵獲戦艦の主砲は、3万5000メートル台では届かないのだ。


 ケイル参謀長が口を開いた。


「敵はどうやら、アウトレンジ射撃を磨いてきたようですな」

「しかも、きちんと当ててくる技を身につけて、だ」


 エアルは眉をひそめた。


「参謀長、これに対応するオプションは?」

「手っ取り早いのは、敵の観測機を排除することでしょうが……」


 司令塔の窓から双眼鏡を覗く。


「護衛戦闘機もいますが、あれを払えれば、連中も正確な照準は難しいでしょう」

「船団護衛の戦闘機を回してもらうか」


 エアルは頷く。


「他には?」

「全力で距離を詰める……と言いたいところですが、鹵獲戦艦が低速のため、おそらく追いつくのは不可能でしょう」

「21ノット程度しか出ないからなあ」


 遠距離砲戦で、距離を取られては、こちらは手も足も出ない。


「とりあえず、『悪魔の目』を使って、『アナリフミトス』だけでも反撃しよう。さすがに一方的に撃たれて反撃しないのは好みではない」

「はい。その間、他の艦は、接近する日本艦隊を先に排除してしまいましょう」


 ケイルは、接近しつつある日本艦隊――第二艦隊を見やる。


「あれは重巡が相手するには手強そうな大型巡洋艦もいますから。手持ち無沙汰な、コロラド級やテネシー級に狙わせましょう」

「うむ、よい手だ」


 エアルはニヤリとした。


「よし、本艦は、日本の戦艦群を狙う。それ以外の艦は接近中の巡洋艦艦隊を撃滅せよ!」



  ・  ・  ・



「観測機より入電。敵旗艦の上空に正体不明の発光現象」


 第一艦隊旗艦『土佐』に飛び込んだ報告に、連合艦隊司令部は騒然となった。山本は呟く。


「いったい何だ……?」

「あれ、ですかね」


 宇垣は双眼鏡で、水平線の彼方に浮かぶ、ぼんやりとした光を見つける。


「観測機より入電。敵旗艦、発砲!」


 撃ってきたか――山本は顔をしかめる。敵もしびれを切らしてきたか。


『土佐』以下戦艦群が砲撃を続ける中、敵旗艦の砲弾が飛来した。砲弾は、『土佐』と『天城』の間に着弾して複数の水柱を高々と突き上げた。


 41センチ砲以上の威力を持つ敵旗艦級の砲撃。トラック沖海戦で、『大和』が大破させた敵戦艦であるが、この距離はさすがに精度に劣るようだ。


 砲撃は続行される。敵戦艦群への砲撃で、命中弾の報告がいくつも上がっていたが、まだ脱落した敵はいない。


 だが戦況は動く。


「敵戦艦群のうち、アメリカ型戦艦が第二艦隊への砲撃を開始!」


 雷撃を見舞おうと突進する第二艦隊に、巡洋艦だけでなく戦艦の砲火を分化したか。遠距離砲戦に加われないアメリカ製の戦艦が、手近な敵に目標を変えたのだ。


 第二艦隊の雲仙型大型巡洋艦は、巡洋艦殺しではあるが、戦艦相手は荷が重い。


 その時だった。


「『天城」、敵に夾叉されました!」


 見張り員からの報告に、場が騒然となった。


 敵旗艦の砲撃が、まるで弾着観測されているように、徐々にこちらを捉えていたのだ。


「馬鹿な! 奴はこちらの位置を測り、修正してきているのか!?」


 黒島参謀が驚く。3万5000メートルの遠距離だ。日本艦隊は、能力者で砲弾軌道の修正をしてようやく当てているが、敵は観測機もなしに水平線の向こうを正確に攻撃できる装備を持っているというのか。


「夾叉されたということは……」

「いつ命中弾が出てもおかしくないということです」


 宇垣は何かを堪えるような表情を浮かべた。


 直後、明らかに発砲と違う爆発音が響いた。


「!?」

「『天城』被弾!」


 水柱に囲まれた戦艦『天城』だが、『土佐』から、艦橋より後ろから黒煙が上がっているのが見えた。間違っても煙突のものではない。


 とうとう、敵戦艦の砲弾が、日本戦艦を捉えたのだ。

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