第104話、見敵必殺の心
時間を少し遡る。
艦隊戦が始まる前に、弾着観測機を守る護衛戦闘機を差し向けた後、第三艦隊の各空母では、第三次攻撃隊の準備にかかっていた。
しかし、今回の決戦において、航空隊の消耗は大きかった。新型の敵戦闘機の登場は、自軍航空隊の被害を増大させ、母艦に戻った機体もまた被弾、損傷が少なくなかった。
戦闘機を弾着観測機の援護に出してしまい、攻撃隊には戦闘機がつけられない。そうなると、艦爆と艦攻の稼働機をかき集めても、50機程度しか残っていなかった。
だが、二航戦の山口多聞少将、三航戦の角田覚治少将も、それでもやるという。
しかし第三艦隊司令部では、敵艦隊への打撃力が不足しているのではないか、という意見が出た。
これに対して、航空参謀の源田実中佐は、小沢中将に進言した。
「直援隊の零戦を使いましょう。零戦に爆弾を積んで爆撃機として用いるのです!」
上空援護機なし――これには小沢も草加参謀長も目を見開き、参謀たちも仰天した。
「馬鹿な! 空母の守りは――」
「敵空母は全て撃滅しました。敵の空襲はありません。ならば、第三艦隊に直掩機は不要です」
源田は、戦闘機乗りだが、一昔前、急降下爆撃機の研究もやっており、『単座急降下爆撃機』について一言ある人物である。
戦闘機を防御だけでなく、積極的に攻撃にも投入すべし――現連合艦隊作戦参謀である三和義勇が、かつて戦闘機無用論を積極的に唱えていた時、相対的に評価の下がっていた戦闘機の生き残りを危惧し、艦上爆撃機として活用したらどうかと源田は提案している。
そんな源田だから、零戦に爆装しようと考えるのはさほど難しい話ではなかった。
「やりましょう。確かに零戦に積める爆弾は小型ですが、敵戦艦の装甲は破れずとも、艦橋に当たれば、砲撃能力や通信などの機能に被害を与えられます!」
敵艦の戦闘力が落ちれば、それは戦っている味方にとっても有利になる。
「あるいは駆逐艦などに当てれば、撃沈もできましょう。そうすれば水雷戦隊の突撃に有利にもなります」
この言葉に、元水雷屋である小沢の眉がピクリと動いた。源田の言うとおり、敵の航空攻撃が第三艦隊にないのなら、戦闘機を投入するのもありだ。
「よしわかった。零戦に爆装、爆撃機として攻撃隊に加える!」
かくて、第三艦隊から飛び立った第三次攻撃隊は、120機となった。その半分近くは、艦隊防空用に残しておいた零戦で、現在、第三艦隊には、偵察機以外の艦艇はほぼ残っていない。
観測機の護衛についている戦闘機を除いた、稼働機の大半を投入した攻撃隊である。
朝から攻撃隊や直掩などで疲労の搭乗員たちも、自身に鞭を打ち、戦場に舞い戻ったのである。
零戦が先陣を切って突撃。味方戦艦の砲撃によって上がる水柱の直後、数十秒の間をぬって突っ込み、抱えてきた60キロ爆弾を叩き込む。
標的となった敵艦の対空砲は沈黙していた。砲撃戦によりすでにダメージを受けて破損しているものもあったが、最大の理由は砲撃戦と対空戦闘を、同時に行うのは困難だったからだ。
特に戦艦などの大艦は、主砲を発射する際、甲板の機銃員を殺傷しないために艦内に収容する。つまり、シールドなしの機銃座に人がいないのである。
シールド付きの光弾砲や高角砲が反撃するが、懐に飛び込んだ敵機に対する対空防御力は明らかにダウンしていた。
九九式艦上爆撃機が誘導爆弾ないしロケット弾を発射。九七式艦上攻撃機も、飛翔型誘導弾もしくは誘導航空魚雷を、砲撃戦の真っ只中、敵戦艦へ使用した。
この攻撃は、第二艦隊の大型巡洋艦を砲撃していたテネシー級やコロラド級に特に突き刺さった。
第一艦隊からの遠距離砲撃で、少なからず被害を受けていたが、第三次攻撃隊の強襲はさらに傷口を広げる格好となった。
・ ・ ・
この時、第二艦隊は二つの隊に分かれていた。
南雲中将率いる第四戦隊と第四水雷戦隊、そして阿部少将が指揮する第五、第六戦隊と第二水雷戦隊の部隊である。
南雲隊は、敵戦艦からの思いがけないカウンター攻撃を受けて、大型巡洋艦『劒』と『乗鞍』が戦艦砲弾の直撃を受けて中破した。
さらに右翼軽巡洋艦隊が向かってきたため、そちらの対応に追われることになる。
一方の阿部隊は、左翼軽巡洋艦隊と駆逐艦戦隊と交戦した。
第五戦隊の重巡洋艦『伊吹』『鞍馬』、第六戦隊の『足柄』『羽黒』『筑摩』が、敵軽巡洋艦戦隊を引きつけている間に、第二水雷戦隊が前進。
第16駆逐隊の『初風』が、先の空襲で被弾し離脱したため、軽巡洋艦1隻と駆逐艦が9隻となっている二水戦。その前に立ちはだかったのは異世界帝国の駆逐艦戦隊。
敵に対し、旗艦『由良』と駆逐艦『巻雲』『風雲』『雪風』『親潮』は、誘導魚雷を掃射。水雷科員の誘導により、敵駆逐艦10隻が瞬く間に大破、轟沈した。
すると残る5隻――17駆、18駆の『磯風』『谷風』『浜風』『霞』『不知火』が、その開いた防衛線を突破。敵戦艦めがけて必殺の誘導酸素魚雷を発射した。
敵残存駆逐艦と砲撃しつつ、離脱する二水戦だが、放った魚雷は、敵旗艦である大戦艦――『アナリフミトス』と、それに随伴するオリクト級戦艦に突き刺さり、巨大な水柱を上げさせた。
手前にいたオリクト級戦艦『モリュヴドス』は、日本戦艦との砲撃戦で幾らか被弾していたが、8本の魚雷が命中したことで、一気に船体が左舷に傾いた。大量の浸水により、バランスが崩れて、基準排水量5万5000トンの巨艦が海へと引きずり込まれた。
そして旗艦『アナリフミトス』にも魚雷が――命中しなかった。
命中の寸前に現れた障壁が、誘導魚雷をシャットアウトしたのだ。
・ ・ ・
二水戦により迎撃の駆逐艦戦隊がやられたと知った敵太平洋艦隊司令長官のエアル大将は、砲撃戦の最中、突撃する日本駆逐艦の動きを注視した。最後まで距離を詰めていた5隻の駆逐艦が反転したのを見て、投雷したと判断し、障壁の使用を決断。それが、旗艦を守り、二水戦の魚雷攻撃を躱したのだった。
「やりよるわ、日本軍!」
エアル大将は口元を緩めた。戦いの中、武人としての彼は笑みを浮かべたのだ。
「しかし、残念だったな。貴重な魚雷を無駄にして」
1隻の艦が搭載できる魚雷には限りがある。これで今回突入した敵駆逐艦は、戦艦をも殺す武器を失い、ほぼ無力となった。
「敵戦艦にトドメを刺す! 砲術長、決めろよ!」
エアルは檄を飛ばす。超戦艦『アナリフミトス』の43センチ砲は、超長距離砲戦にも関わらず、敵戦艦2隻に命中弾を与えて大破させたようで、脱落させている。
さらに3隻目に夾叉させた。味方への被害を減らすべく、砲火の衰えた艦は後回しにしているが、当たり所によっては一発轟沈もあり得る。
全艦無力化する前に何隻か沈むかもしれないが、『アナリフミトス』は負けることはないだろう、とエアルは獰猛な笑みを浮かべた。
だが、突然『アナリフミトス』の周囲に濃密な水柱が立ち上り、司令塔からの視界を海の壁が遮った。同時に地震に見舞われたような衝撃と、爆発音が重々しく響いた。
「何事だっ……!?」
想定していない大きな衝撃。艦長が担当部署に叫んだ。
「報告せよ!」
「艦体後部に被弾!」
「障壁に数発の命中、うち一発が貫通した模様!」
防御の障壁を抜けてきた。エアルは背筋が伸びた。
「この揺れ……41センチ砲ではないぞ……!」
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