第356話、白鯨、発進す
その日、九頭島特設飛行場から発進した鹵獲重爆撃機『白鯨』号は、転移連絡網に従って、インド洋はアラビア海の西側、アデン湾近くの海域へ転移した。
第七艦隊所属の転移巡洋艦『根室』――旧『カールスルーエ』の上空に出た白鯨号は、遮蔽装置で、レーダー・目視からも隠れて、アデン湾に北西に機首を向け、紅海を目指した。
単独飛行となるので、友軍と空中衝突の恐れもなく、完全に姿を消している。
白鯨号は、異世界帝国から鹵獲した重爆撃機MEBB-21パライナを、改修して使用している。
まず塗装が日本海軍航空機の濃緑色になり、日の丸が追加されている。中身については、魔技研の魔法装備を追加装備した程度で、それほど原型と違わない。
乗員は10名。全長33.4メートル、全幅42.8メートルは、現在の日本陸海軍航空機の中で一番の巨体である。
連装型マ式発動機4基を装備し、最高時速は580キロメートルと中々の高速性能を誇る。
航続距離は5700キロメートルと長大であり、性能を見ると米国の超重爆B29スーパーフォートレスを上回る性能を持っている。
「各員、目視による警戒を厳とせよ」
機長の田島 晴夫少佐は指示を出した。敵からは見えない遮蔽装置ではある。しかし、いつ敵がこの手の隠密装置に対する対抗策を編み出すかわからない。
逆探知を恐れ、白鯨号は電探を使わない。そのため、索敵は搭乗員たちの目視確認に頼るしかなかった。
――まあ、二年前までは、それが普通だったんだが。
異世界帝国との開戦。それまで日本軍航空機に電探――レーダーは搭載されていなかった。だから自然と警戒は、それぞれの目が頼りであり、パイロットや空中勤務者は目の良さが必須であった。
航法担当の主偵察員が地上と地図を見比べ、航路を書き込む。どこを飛んでいるのか、正しく目標に向かっているのか。それには偵察員の腕にかかっている。
なお、白鯨号は10人乗りで専属の航法担当偵察員がいるものの、一式陸上攻撃機ならば、主偵察員は主に機長がやる。田島も、陸上攻撃機乗り時代は航法もやっていた。
もっとも、搭乗員たちは自分の仕事以外の担当者の仕事も触れるように訓練をする。機上で負傷や戦死した時、操縦できません、爆撃照準できませんでは、話にならないからだ。
「左手方向、海! 紅海です!」
きちんと予定ルートを辿っている。田島はほくそ笑んだ。もう後は、紅海沿岸に沿って飛んでいけば、スエズ運河について、それを超えれば地中海まで行ける。
しばらく飛行していると、電信員が表情を硬くする。
「逆探が複数のレーダー波を探知してます。こりゃ、いますね。敵の大艦隊が」
遮蔽で外から姿が見えていない白鯨号だが、搭乗員らの顔が自然と緊張をはらむ。田島は口を開いた。
「今のうちに、転移中継ブイを落としておくぞ。
「宜候ー!」
主操縦士に指示を出す。現在、敵が紅海北側にいるということは、艦隊はまだスエズ運河を通行中の可能性が高く、いくら遮蔽があっても、近くに降りてブイを落とすなどリスクが高すぎる。
ブイ自体は偽装が施されるとはいえ、敵に目撃されて調べられるわけにもいかないのだ。
――今、落としておかないと、紅海に落とすタイミングを逸してしまうかもしれないしな……。
燃料に余裕をもたせるための転移ショートカットしたとはいえ、紅海は長さ2250キロメートルある。白鯨号ならば一往復はできるわけだが、それよりも遥かに遅い水上艦艇の通過を待って滞空し続けるのは不可能である。
だから、可能なうちにやっておかねばならない。何せ、ブイは紅海と地中海に一つずつ落とさねばならない。片方粘った挙げ句、もう片方ができませんでした、は通じないのだ。
これは一つでよかったものを、二つに増やした連合艦隊司令部を恨むべきか。二回に分けたら……とも思ったが、現状使える機体が白鯨号しかなく、何かトラブルが発生した場合、次はない。
よりはっきり言えば、魔技研での検証でも、燃料ギリギリまでの長時間飛行は行われていないので、搭乗員たちにも未知の体験になるのである。異世界帝国軍からすれば、戦略爆撃のために、このパライナ重爆で腐るほど検証しているのだろうが。
周囲に船などは確認できない。白鯨号は高度を落とし、転移中継ブイの投下準備をする。機体下面の装備搭載口を開く。
爆弾倉ではなく、光線兵器を設置するために作られた穴である。転移中継ブイを落とせるサイズだったために、神明少将はこの機体を利用しようと思いついたのである。
「投下高度! 投下よーい……投下!」
固定が外され、するっ、と転移中継ブイが抜けるように落下した。機体が軽くなり、若干浮かび上がる。
「搭載口閉めー! 高度を上げろ!」
白鯨号は上昇する。後ろ下方を見張っていた機銃員が叫んだ。
「転移中継ブイ、着水!」
もうブイは点のように小さくなっていたが、周囲からは岩礁に見えるように偽装されるはずである。
まず一つ。海上に浮かぶ中継ブイを見下ろし、田島は安堵する。肩の荷が下りるというのを実感しつつ、まだもう一つがあるので気を引き締め直した。
・ ・ ・
紅海を北西に進む白鯨号は、やがて、無数の戦闘機とそれに守られる異世界帝国艦隊を目撃した。
大艦隊だった。大鶴型大型空母――その原型であるリトス級大型空母が10隻も列を形成し、航行する様は勇壮である。全長320メートルもの巨艦は、後続するアルクトス級中型空母――地球側では充分正規空母サイズのそれを、小型空母に見せてしまう迫力があった。
これが敵であるということが惜しいくらいである。周囲を囲む戦艦、重巡洋艦も威風堂々。恐れる物などなにもないと言わんばかりだ。
果たして連合艦隊は、この大艦隊に打ち勝てるのだろうか? 田島や白鯨号搭乗員たちは、そう思わずにはいられなかった。
多数の敵戦闘機が艦隊防空を担っているのをよそに、遮蔽装置で隠れた日の丸重爆撃機は飛ぶ。搭乗員たちは一切口を開くことなく、敵の姿を見下ろした。
やがて、紅海の北西、細長い海に二分するところまで白鯨号は到着した。
「左がスエズ湾。右がアカバ湾だ」
スエズ運河は、左の細長い道のような湾の先である。そしてそちらは、順次通過中の異世界帝国艦隊の姿がある。長い長い艦の列だ。
「この先が、地中海だ」
スエズ運河を行儀よく低速で通行する異世界帝国艦隊を見やり、ここを攻撃できたら、と思う白鯨号搭乗員たち。しかし今回落とすのはブイであって、爆弾ではない。
「武器がなくてよかった。でなければ、ここで一発落として、スエズ運河を通行止めにしてやろうという欲求に勝てなかったかもしれない」
絶好の攻撃機会――仮に強行したとして、周りの敵戦闘機に追い立てられそうな気もする。ブイ投下の際、高度を落とす必要上、白鯨号は高高度を飛んでいない。遮蔽で隠れているとはいえ、攻撃した機体を探して飛び回る敵機と衝突すれば危ないのである。
ともあれ、白鯨号はスエズ運河を突破。順番待ちして、魚の群れのように広がっている敵艦隊から距離を取り、適当な場所を探してしばらくうろうろした後、目的の転移中継ブイを投下した。
後は帰るだけだが、燃料に余裕があるうちに元来た道を引き返し、敵艦隊の数や艦種などの記録を取る。ここまで来たからの偵察活動だ。
偵察活動を終え、白鯨号は、二型転移離脱装置を発動させて、内地へと帰還した。
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