第357話、地中海殴り込み開始


 白鯨号は、任務を果たした。

 地中海と紅海に、一つずつ転移連絡網を設置し、いよいよ、連合艦隊は動き出す。


 第一、第二機動艦隊は、それぞれ戦闘のための準備を整え、いつでも戦場に乗り込める状態となっていた。

 白鯨号が設置した転移中継ブイの位置と、敵艦隊の位置。第七艦隊の哨戒空母『真鶴』の偵察情報と合わせて、細部を詰めていく。


 さらにマル予艦隊の自動艦隊もまた、稼働艦艇を投入すべく、作戦に組み込まれる。艦体は出来ていて、不足していた武器を取り付けるのを待つのみだったそれらは、熱線砲という決戦兵器を搭載した特殊砲撃艦として緊急就役したのである。


 そして、三日後の1944年、3月1日、連合艦隊旗艦『敷島』と直轄部隊を含んだ第一機動艦隊が、日本本土より出撃し、転移連絡網を用いてセイロン島へ到着した。


 現在のところ、異世界帝国大西洋艦隊は先頭部隊が紅海出口に差し掛かり、艦隊後方がスエズ運河を通過していた。その後方艦隊とは、輸送船団とその護衛艦隊である。


 後続の第二機動艦隊が到着する前に、第一機動艦隊から抽出された地中海殴り込み艦隊が、転移中継ブイを用いて、敵後方へと移動を開始した。

 その戦力は以下のようになる。



 ○第一機動艦隊、甲部隊(地中海殴り込み艦隊):司令長官、小沢治三郎中将


 第六戦隊(戦艦)  :「日向」「伊勢」

 第二航空戦隊(空母):「大鳳」「黒龍」「鎧龍」「嵐龍」

 第十六戦隊(重巡洋艦):「利根」「筑摩」「鈴谷」「熊野」

 第二十一戦隊(防空巡洋艦):「鶴見」「馬淵」「石狩」「十勝」

 第六十二戦隊(転移巡洋艦):「宮古」「釣島」


第三水雷戦隊:(軽巡洋艦)「揖斐」

 第十一駆逐隊 :「朝霜」「早霜」「清霜」

 第十二駆逐隊 :「高潮」「秋潮」「春潮」「若潮」

 第十五駆逐隊 :「朝靄」「夕靄」「雨靄」「薄靄」

 第十九駆逐隊 :「霜風」「沖津風」「初秋」「早春」



 装甲空母で編成される第二航空戦隊を、戦艦2隻、巡洋艦8隻。そして対空、対水上戦を高いレベルで両立した第三水雷戦隊を護衛する。


 これに加えて、連合艦隊付属の転移巡洋艦の『宮古』『釣島』が配属された。その意図は航空機の増援を転移で送るためだ。


 敵地へ飛び込む以上、防御力の高い装甲空母群が選ばれたわけだが、二航戦は、搭載する艦載機数が少なめのため、状況に応じて不足が予想された。

 その際、航空機の転移地点として機能できる転移巡洋艦を艦隊に加えることで、その不足を後方部隊の航空機で補うのである。


 また、航空機の不足だけでなく、被弾、損傷などで転移離脱する艦が出た場合、本隊から交代艦を送ることにも使われる。

 転移だけなら転移中継ブイもあるが、地中海殴り込み艦隊に随伴できないので、転移巡洋艦が別に必要とされたのだ。


 閑話休題。


 戦艦『日向』を旗艦とした第一機動艦隊甲部隊は、地中海東部に現れると、さっそく攻撃隊を展開。近場の航空基地と、運河を通過した輸送船団、その護衛艦隊に付属する小型空母群へ攻撃隊を向かわせた。



  ・  ・  ・



 ムンドゥス帝国大西洋艦隊、その主力は門とも言えるバブ・エル・マンデブ海峡を越えて、紅海からアデン湾に進出していた。


 日本軍の待ち伏せを警戒していたものの、ジブチや近隣の警戒部隊と航空支援は、敵の侵入を許さず、艦隊のインド洋進出を助けた。

 しかし、旗艦、航空戦艦『ディアドコス』に、思いがけない場所への襲撃の報告が飛び込んだ。


「後方の船団がやられた?」


 大西洋艦隊司令長官、リーリース・テロス大将は、目を見開いた。情報参謀が電文から顔を上げた。


「はい、日本軍の機動部隊が、キプロス南方にて確認されました。同島の飛行場も空襲を受けて炎上中。船団自体の被害はまだ軽微のようですが、護衛艦隊の軽空母が軒並みやられましたので、再度空襲があれば、おそらく船団は壊滅します!」

「よろしくないわね……」


 テロスは自身の唇に指を当てた。思考する際の彼女の癖だ。参謀たちはざわつく。


「何故、地中海に日本軍が? どうやって我々の後ろに回り込んだのか」

「潜水艦が忍び込むのだって至難の業なのに、紅海で我々とすれ違わずに機動部隊を送れるわけがない」

「――お黙りなさい」


 テロスが一言発すると、参謀たちはすっと口を閉じた。場が静かになったところでテロスは言った。


「日本軍は転移を使って移動したのよ。どういう条件で、どの範囲まで転移できるかは知らないけれど、まず間違いないでしょう」

「地球人に転移技術が? 我々でもまだ戦術レベルの転移ができないのに――」

「事実として受け止めなさい。……というか、それ以外に、この状況を説明できて?」


 紅海で敵空母部隊に気づかずすれ違うなど、あり得ない。バブ・エル・マンデブ海峡にしろ、スエズ運河にしろ、ここ数日は、異世界帝国艦隊の通過で、実質封鎖されていたようなものであり、それでも地中海に現れるなど物理的に不可能なのだ。


 ――ヴォルク・テシスが言った通りだったわ。


 先の太平洋艦隊司令長官にして、ハワイで日米連合艦隊と戦ったムンドゥス帝国の名将は、日本軍が艦の転移技術を利用していると教えてくれた。テロスとしては半信半疑だったが、この状況を鑑みれば、事実だったと認めざるを得ない。


「セイロン島に乗り込む前に、戦力を分けなければならないのは、癪に障るけれど」


 テロスは、大西洋艦隊から一部部隊をひき抜き、船団の護衛と、地中海に現れた日本機動部隊の撃滅を決断した。


「確認されている敵の空母は?」

「現在4隻の空母が確認されていますが――」


 情報参謀は顔をしかめ、航空参謀に視線をやる。電文内容を確認した航空参謀が口を開いた。


「護衛艦隊の被害と同時に飛行場への攻撃を考えると、最低でもその倍の空母が存在している可能性があります。確認されている空母数より、攻撃隊の規模が多すぎるように思えます」

「複数の空母群が動いている可能性があると……」

「地中海は後方ですから」


 航空参謀は眉間にしわを寄せた。


「おそらく現地航空隊で、この敵を対処しきれないと思われます」

「ならば、こちらも10隻の空母を送る」


 テロスは、中型高速空母5隻、軽空母5隻の合計10隻の空母に護衛部隊をつけて、紅海からスエズ運河へと急行させた。


 正直、船団を救うことは叶わないだろう。大西洋艦隊の補給については、アフリカ沿岸ルートで補うしかなくなる。

 ともあれ、このまま地中海を日本軍の好きにさせるわけにはいかなかった。

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