第358話、前進する機動艦隊


 日本軍第七艦隊の哨戒空母『真鶴まなづる』の彩雲偵察機は、異世界帝国大西洋艦隊の行動を逐次見張っていた。


 基準排水量1万850トンの小兵である軽空母ハーミーズを改装した『真鶴』は、偵察機のみを運用するが、その偵察情報は、所属する第七艦隊と、さらに連合艦隊にも連日届けられている。


 それによれば、大西洋艦隊主力は、アラビア海に乗り出す一方、空母10隻の別動隊が、紅海を引き返し、地中海へ戻ったとあった。

 さすがの敵大西洋艦隊も、一機動部隊が暴れ回っているのを無視できなかったようだ。後続の輸送船団を人質に取られたようなもので、駆けつけざるを得ないということだ。


 連合艦隊旗艦『敷島』。山本五十六大将は問う。


「それで、敵の主力の進路は?」


 インド西岸のムンバイなどに寄るつもりか、あるいは――


「敵は直接セイロン島を目指しているようです」


 中島情報参謀が報告する。


「第七艦隊によれば、敵はアフリカ沿岸の補給艦や給油艦を集めているようで、そちらを後続させて、大西洋艦隊の補給に用いると思われます」

「後続の輸送船団をやられても、別のオプションを用意していたか」


 給油用タンカーをやられて、セイロン島攻略のために、どこかの港に補給のために立ち寄るのでは、と司令部では考えていた。

 そこを潜んでいた第二機動艦隊で叩こうと思って準備していたが、どうやらそのまま正面から敵は来るようだった。


「港に入れば、防空戦力も落ちると期待したのだが」

「そこは敵が準備している新たな補給部隊を叩いて、敵を動揺させましょう」


 樋端航空参謀は、あっさりした口調で言った。燃料切れを待って攻撃する樋端ターンの考案者だけあって、敵大西洋艦隊の補給事情を攻撃する策の提案に抜かりがない。


「うむ。第七艦隊に敵補給部隊を捕捉し、攻撃を指示。方法については、第七艦隊司令長官に一任する」


 第七艦隊には、敵大西洋艦隊撃滅のための戦力の一翼を担ってもらうつもりである。そのために、どの戦力を投入するかは現場指揮官に委ねる。おそらくは潜水艦隊を使うと思われる。

 その時、司令塔に報告が上がる。


『対空電探が高高度より飛来する未確認機を捕捉!』

「……未確認機?」

「敵の偵察機でしょうか?」


 友軍のものではないようだった。そして飛んできたのが北のインド方面ではなく、敵艦隊がいる西北西方向である。重爆撃機型の偵察機ではないだろう。

 草鹿参謀長が首を捻った。


「些か距離がありますが、敵の新型機かもしれません。迎撃しますか?」

「どう思うね、樋端君」


 山本が尋ねると、航空参謀は宙を睨んだ。


「敢えて、こちらの陣容を見せつけてもよいとは思いますが……」


 敵大西洋艦隊主力が、第一機動艦隊本隊を発見し、そちらに注意を向ければ、第二機動艦隊などの隠れている部隊が奇襲しやすくなる。


「しかし、敵にこちらの戦力を規模把握を遅らせたほうが、より注意を引けそうでもあるので、撃墜しましょう」


 索敵に出した機体が、攻撃を受けた、もしくは未帰還となれば、その方面に敵がいるということは伝わる。

 だがそこに何がいるかわからなければ、敵としてはどれほどの戦力か知るために、さらに偵察機を出さねばならない。


 半端な数で挑めば返り討ちかもしれないし、逆に、大群を送り込んだら、敵艦が一、二隻しかおらず、ほぼ空振りに終わってしまう、などという可能性もあるのだ。

 そしてその確認が取れるまで、敵大西洋艦隊司令部は、ヤキモキさせられることになる。下手すれば日本軍に先手をとられるかもしれないという不安と共に。


「よし、ただちに迎撃機を発進だ。一航戦に打電せよ」


 山本の命令は、第一機動艦隊本隊にも伝わる。

 第一航空戦隊は空母『大鶴』『紅鶴』『赤城』『祥鳳』から編成されている。うち、高速迎撃機である、青電高高度戦闘機が甲板に待機していたのは『大鶴』隊であった。

 ただちに日本海軍戦闘機最速の青電が、マ式発動機を唸らせて発艦した。


 なお、第一機動艦隊本隊の編成は、連合艦隊旗艦とその直轄部隊を含めて以下の通り。



 連合艦隊旗艦(航空戦艦):「敷島」

 第五戦隊(戦艦):「肥前」「周防」「相模」「越後」

 第七戦隊(戦艦):「金剛」「比叡」「榛名」「霧島」


 第一航空戦隊(空母):「大鶴」「紅鶴」「赤城」「祥鳳」

 第三航空戦隊(空母):「翠鷹」「蒼鷹」「白鷹」

 第五航空戦隊(空母):「翔鶴」「瑞鶴」「飛隼」「瑞鳳」

 第六航空戦隊(空母):「瑞鷹」「海鷹」


 第十戦隊(大型巡洋艦):「雲仙」「剱」「乗鞍」「白根」

 第十一戦隊(重巡洋艦):「伊吹」「鞍馬」

 第十三戦隊(重巡洋艦):「阿蘇」「笠置」「身延」「葛城」

 第十五戦隊(重巡洋艦):「妙高」「那智」

 第二十戦隊(軽巡洋艦):「黒部」「遠賀」「成羽」

 第二十二戦隊(防空巡洋艦):「木戸」「岩見」「真野」「宇治」

 第二十四戦隊(防空巡洋艦):「狩野」「秋野」「伊佐津」

 第二十八戦隊(特殊巡洋艦):「那珂」「鬼怒」「由良」

 第三十五戦隊(防空巡洋艦):「天龍」「龍田」

 第六十一戦隊(転移巡洋艦):「浦賀」「志発」


第二水雷戦隊:(軽巡洋艦)「青葉」

 第十駆逐隊  :「秋雲」「夕雲」「風雲」「長波」

 第一六駆逐隊 :「雪風」「初風」「親潮」「天津風」

 第十七駆逐隊 :「磯風」「谷風」「浜風」「浦風」

 第三十一駆逐隊:「巻波」「高波」「大波」「涼波」


第一防空戦隊:(軽巡洋艦)「大淀」

 第六十一駆逐隊:「秋月」「照月」「涼月」「初月」

 第六十二駆逐隊:「新月」「若月」「霜月」「冬月」

 第六十三駆逐隊:「春月」「宵月」「夏月」「満月」

 第六十六駆逐隊:「青雲」「天雲」「冬雲」「雪雲」


第二防空戦隊:(軽巡洋艦)「能代」

 第三十六駆逐隊:「北風」「夏風」「早風」「冬風」

 第四十二駆逐隊:「竹」「梅」「桃」

 第四十三駆逐隊:「桑」「桐」


他、甲型海氷空母×3 乙型海氷空母×3



 戦艦9、空母13、大型巡洋艦4、重巡洋艦8、軽巡洋艦6、防空巡洋艦9、特殊巡洋艦3、転移巡洋艦2、駆逐艦41、合計95隻。海氷空母6隻を含めると101隻となる。


 これとは別に、第二機動艦隊や第七艦隊、そして秘密兵器であるマル予艦隊が、それぞれ潜んで、攻撃の時を待っている。


 第一機動艦隊本隊は、敵大西洋艦隊と正面から戦うが、他の襲撃部隊からの注意を逸らす陽動部隊としての一面がある。囮部隊ではないが、結果として陽動部隊を兼ねているというべきか。


 現在の彼我の距離、速度からすれば、本格衝突は明後日あたり。どちらが速度を上げて最短を詰めれば明日午後にも衝突の可能性はある。


 敵大西洋艦隊は、10隻の空母が抜けたとはいえ、大型空母10、中型空母15、小型空母10の35隻がいまだ健在。まだ2000機以上の航空機が存在している。正面からでは、まだまだ劣勢。


 故に、色々と小細工をしていかねばならない。艦隊決戦前の漸減がどこまで通じるか。それで戦力比も変わってくる。


「迎撃隊より入電。敵偵察機、撃墜せり!」

「よし!」


 司令塔内で歓声が上がる。これで、敵にもこの方面に日本艦隊がいると察知する材料を得ただろう。


 ――このまま、愚直に敵を求めて飛び込んで来い。


 山本は心の中で呟く。その時こそ、二つの牙が、敵艦隊を砕くのだ。


 ――と、威勢のいいことを思っても、やはり敵さんの規模は大きいなぁ。


 空母と巡洋艦、駆逐艦などの護衛艦隊だけならば、こちらの損害を最小に屠れる可能性はあった。だが32隻の戦艦が護衛についていて、空母を仕留めるには、これらが大いに邪魔となるのだ。

 待ち伏せによる奇襲が上手くいっても、一掃が難しいと思えるのがそれである。


「さて、敵さんは、どう出る?」


 山本は独りごちた。

 敵大西洋艦隊へと距離を詰める第一機動艦隊。色々な小細工をする手前、速度は巡航速度のまま別段慌てることはない。


 決戦は、今日ではないのだから。

 なお、この時、異世界帝国大西洋艦隊は、索敵機を撃墜されたものの、第一機動艦隊の位置をおおよそ掴むことに成功していた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・真鶴型軽空母:『真鶴』

基準排水量:1万1000トン

全長:182.3メートル

全幅:27.4メートル

出力:マ式機関8万馬力

速力:29ノット

兵装:8センチ光弾砲×6 20ミリ機銃×8 対潜短魚雷投下機×2

航空兵装:カタパルト×2 艦載機13機(最大20機)

姉妹艦:――

その他:英海軍小型空母『ハーミーズ』を日本海軍が回収し、改造した通商破壊空母。小型かつ搭載数の少ない軽空母に、対艦攻撃能力を持たせた偵察機を積んで、哨戒と通商破壊を行うのを任務とする。また艦隊同士の海戦などでは、主に偵察機を飛ばし、艦隊の索敵をこなす。オリジナルの『ハーミーズ』の機関をマ式に変更、出力倍増による高速化に加えて、潜水機能を持たせている。艦橋を小さくコンパクトにまとめ、砲を対空・対艦両用の光弾砲に換装した。なお艦名は、通商破壊空母=哨戒空母のため、龍飛型と同じく岬名になっている。

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