第359話、それは奇襲にあらず


 ムンドゥス帝国大西洋艦隊は、セイロン島攻略のため、進撃していた。


 インド方面軍が事前に知らせてきた情報によると、セイロン島に駐留する日本艦隊は、戦艦2、3隻、空母4、5隻を主力にしているようだった。


 インド方面軍は、日本陸軍によって戦力を損耗し、陸上基地からセイロン島方面への偵察機を飛ばすのは苦労している。それでも何とか探ってきた報告であるが、その通りであれば、大西洋艦隊の敵ではない。


 普通に考えれば、日本本土からの増援が来なければ、セイロン島は風前の灯火といったところだろう。

 大西洋艦隊司令長官のリーリース・テロス大将は、その点についてはまったく不安視はしていない。


 しかし気になるとすれば、日本軍の増援の規模である。

 何より彼女を熟考させる要因となったのは、大西洋艦隊を回避して地中海に現れた日本機動部隊の存在である。


 日本艦隊は、転移が可能だ。

 太平洋艦隊司令長官ヴォルク・テシスの報告は、正しかった。それによって、セイロン島攻略について、テロスは用心深く行く必要があると考えを改めた。


 日本海軍は、戦闘可能な全艦艇をセイロン島に早期移動させることができる。実際は本土をがら空きにすることはないはずだが、転移で移動できるとなれば、思い切って大半の戦力を一戦場に送り込むこともあり得る。


 もちろん、日本軍がどういう方法で転移させているのかわかっていないため、もしかしたら制限があってそれほど多くは移動できないかもしれない。だが楽観は命取りだ。敵は自由に艦隊を転移させられると考えたほうがよいだろう。

 となれば――


「明後日と言わず、明日、いえ今夜にも戦闘の可能性はあるわよ」


 テロスは参謀たちを見回した。


「下等な地球人が、転移を持っているか否かについてはどうでもいい。持っていると想定し、それに備えなければいけない。メルクリン」

「はい」


 参謀長のメルクリン中将は、一歩前に出た。


「日本の主力艦隊と決戦するとして、転移を用いて攻撃するならば、まず何をしてくると思う?」

「それは水上艦のみでしょうか? 航空機も転移可能とみて、でしょうか?」


 メルクリンは前提を確認した。テロスには、日本軍の転移技術がどこまでできるのか、その詳細はない。確証はないが――


「おそらく航空機はない」


 航空機転移ができるならば、もうとっくに仕掛けられている可能性が高い。いくらこちらが警戒し、周辺基地からの戦闘機の支援があったとしても、紅海やスエズ運河で連続的、波状攻撃を仕掛けられていた可能性もあったからだ。


 だが実際にそれはなかった。転移の方法で航空機を送れないという可能性、あるいは転移できる数の制限からもしれないが、仕掛けてこなかったことからして、できないと見ていいだろう。……転移できる距離が原因だった場合は、近づけば航空機の転移の可能性も出てくるから、ごめんなさい、であるが。


「水上艦艇、空母などもそれで送れると想定して」

「であるならば、夜間、航空隊が不活発になる時間を狙って、水上打撃艦隊で突撃してくるかと」


 メルクリンは言った。


「閣下の大西洋艦隊は、航空打撃戦力において、この世界でも一でしょう。それとまともに戦える地球軍は存在しません。その戦力差を埋めるために、転移を用いての夜戦が考えられます」


 参謀長の言葉に、各参謀たちも同意するように頷いた。テロスは少し考え、やがて言った。


「よろしい。夜間については、敵が近接砲撃戦を仕掛けてくると考え、戦艦部隊を砲戦シフトで配置しなさい」

「はっ」

「それと、さっきは航空機の転移はないと仮定したけれど、日が沈むまでは航空機の転移攻撃もあると考えて、直掩を増やし、警戒するように」


 念には念を。歴戦のテロス大将に油断はない。



  ・  ・  ・



 異世界帝国大西洋艦隊が、夕刻になって陣形を変更した。

 艦隊に張り付いている哨戒空母『真鶴』の彩雲偵察機からの報告は、連合艦隊旗艦『敷島』に入った。


 草鹿参謀長は、山本長官を見た。


「彩雲の報告を信じるならば、敵はこちらの夜戦に備えているかもしれません」


 空母群を中心に、外側に巡洋艦や駆逐艦などが輪形に展開するが、戦艦部隊は、3、4隻ごとの単縦陣で、空母群の両翼についていた。


 これは水上打撃部隊が仕掛けてきた時、戦艦戦隊が即時反撃できる態勢になっていることを意味する。


「それにしては、随分と準備が早いな……」


 山本は腕を組む。

 敵偵察機を撃墜したことで、まだ第一機動艦隊の位置や陣容を把握されていないはずだ。仮にこちらを見つけたとしても、高速戦艦や巡洋艦が快速を飛ばしてもまだ砲戦距離に届かない位置にある。いくら何でも準備が早過ぎる。


「嫌な予感がするな……」


 山本は猛烈に嫌な予感がした。趣味のポーカーをやっている時のヒリつきにも似た感覚。豪快にいって失敗する時のそれだ。


 かつて海軍次官の時の副官に、ブリッジで負けた時、堅実にやっているだけです、と皮肉げに言われたのを思い出した。あなたは、はったりばかりだから、落ち着いてやれば勝てるんですよ、と。つまらない勝ち方しやがって、当時は思ったのだが。


「理由はわからんが、敵はこちらに備えているようだ」


 山本は言った。


「各部隊の配置はどうか?」

「第二機動艦隊は、すでに予定海域に到達。しかし、マル予艦隊は、少々遅れているようです」


 古賀峯一大将が準備してきたマル予艦隊。いきなりの実戦に引っ張り出してしまったが、本来なら慣らしも必要だっただろう。


「いくら自動操縦艦とはいえ、初陣だからな。指揮も手こずっているかもしれない」


 そう口にして、山本は決断した。


「各部隊へ指令、本日の夜襲は中止。様子を見る」

「よろしいのですか? 二機艦が、言ってくるかもしれませんよ?」


 配置についているのだから、我々だけでもやれる、と角田、山口の第二機動艦隊は言いそうではある。山本は頑とした表情を崩さなかった。


「敵が警戒しているのなら、それはもう奇襲ではない。機会を待つのだ」


 この日、連合艦隊は、予定されていた攻撃を見送り、翌日に延期した。

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