第360話、警戒するムンドゥス帝国大西洋艦隊
地中海に進出した第一機動艦隊・甲部隊は、キプロス島より西にあるクレタ島へ、攻撃を仕掛けた。
クレタ島は地中海東部、エーゲ海の南の端にある。1941年にイギリスが進駐したものの、異世界帝国の侵略に屈し、以後、異世界人たちに支配されていた。
第二航空戦隊の空母『大鳳』を旗艦に、英イラストリアス級装甲空母を改装した『黒龍』『鎧龍』『嵐龍』から、攻撃隊が発進した。
大鳳から烈風艦上戦闘機12機、流星艦上攻撃機18機。彩雲偵察機2機、残る3隻からは計34機の烈風が発艦。全機合わせて66機の攻撃隊が飛んだ。
殴り込み艦隊の旗艦である戦艦『日向』で、小沢治三郎中将は呟いた。
「わかってはいるが、数字で見ると案外少なく感じてしまうな」
「二航戦の空母は艦載機が少ないですからね」
神明参謀長は双眼鏡を下ろした。
『大鳳』の定数が72機、黒龍型空母の定数が1隻48機、3隻で144機である。全部合わせて216機。すべて中型空母以上であることを考えると、4隻でこれは些か寂しいものがある。
「これでもマシなほうです。三菱が当初設計していた烈風だったら、『大鳳』の定数は60機前後想定になっていましたから」
魔技研の技術を取り入れた新艦上戦闘機の烈風は、当初より小型化し、格納時も、翼を大胆にカットすることで省スペース化が図られている。
烈風の利点は、大きさだけではない。艦上戦闘機でありながら、攻撃機としての能力を持つ。
さすがに流星などの艦攻のような大型誘導弾を搭載できないものの、四門装備された航空機用光弾砲は、対航空機はもちろん、地上車両、艦艇への攻撃での戦果も期待できた。
異世界帝国のミガ主力攻撃機は光弾砲2門を装備し、これを対艦攻撃にも利用していたが、爆装では勝てないにしても、光弾砲の火力では烈風が二倍の攻撃力を発揮できた。
事実、敵艦船に対しても、ある程度近づかねばならないが、輸送船、駆逐艦、水上航行中の潜水艦などは撃沈可能。巡洋艦や戦艦に対しても、艦橋にぶち込めば、その艦艇の戦闘能力に支障を与えるダメージも可能だった。
この戦闘攻撃機としての能力は、艦載機の少ない空母に多く載せておけば、防空戦闘にも攻撃任務にも双方、躊躇なく投入できるメリットがあった。
従来の戦闘機、攻撃機と分けた搭載だと、艦載機の少ない空母では必然的に攻撃力が低いと見られていたから、どちらもこなせる機体が多いのは、戦力の有効活用に繋がる。
そんなこともあって、烈風の配備は、二航戦が優先されていたりする。
「とはいえ、だ。よくこの数で、殴り込みをかけようと思ったものだ」
「長官も賛同したではなりませんか」
「前線でなければ、敵は守りが弱いと知っているからな」
小沢は皮肉げに笑った。
「目標のマレメ飛行場だったか。……66機で充分だろうか?」
「飛行場の機体自体は、昨日の偵察時点では30程度でしたからね」
それも半分以上が、双発爆撃機で、戦闘機は一ダースほどだった。地中海東部に睨みを利かせる位置にあるので、それなりの規模なのが、それで50機に達しない時点で、いかに戦場から遠ざかった後方基地が手薄か物語っていた。
「偵察機の報告では、敵大西洋艦隊は、中型空母5隻と小型空母5隻を主力部隊から分けて、地中海に戻すようです」
「一応、引きつけたことになるんだろうな」
「まあ、敵本隊から500機程度は引き抜けました」
「本音を言うと、最低1000機くらいは引っ張ってやりたかったがね」
小沢は海図台へと足を向けた。
「どうするね。連中がスエズ運河に入ったところを襲撃して、そのまま彼らのフネで封鎖してしまうかね?」
「誰がそれを撤去するんですか、という話になりますが……」
しかし、神明はすっとぼける。
「こちらは、運河を通らなくても、紅海と地中海を自由に行き来できますからね」
双方に置いた転移中継ブイによって。
・ ・ ・
戦力を分散させ、地中海へ別動隊を送ったムンドゥス帝国大西洋艦隊本隊。
結局、昨晩は、日本海軍の転移による襲撃はなく、朝を迎えた。夜明けと共に攻撃隊が来るかも――と警戒はしたが、そちらも現れなかった。
大西洋艦隊サイドは、昨日偵察機を撃墜されたが、その後ろにレーダーに掛かりにくい特殊塗料を塗った偵察機を1機、少し離れた位置で随伴させていた。
日本艦隊のおおよその規模と位置は、すでに『ディアドコス』のリーリース・テロス大将の耳にも入っていた。
「日本軍は仕掛けてこなかった」
夜戦に備えていたのに、敵は現れなかった。警戒配置していた兵たちも、さぞや肩透かしを食らったことだろう。
「申し訳ありません」
メルクリン参謀長が詫びた。日本軍が夜襲を仕掛けてくる――彼はそう予想し、テロスもそれを受け入れた。
「なに、あなたが謝ることではないよ、メルクリン。敵は、どうやら普通に戦争をするつもりなのかもしれない」
明日以降にぶつかれるよう、位置を調整しつつ、大西洋艦隊が向かってくるのを待っているのだ。
「しかしそうなると、今夜こそ夜戦を仕掛けてくるかもしれないわね」
それか昼間に転移で距離を詰めて、明日だと思っているところ今日の昼間に艦載機を放ってくるかもしれない。
「まったく忌々しいわね。転移一つあるだけで、こちらは常に警戒を強いられるなんて」
射程外と思っているところを急襲する。それが転移の戦術として使える。
「航空参謀、索敵線を広げる。正面の敵以外にも、別動隊がいるかもしれない。こちらのアウトレンジから様子を窺っている部隊がね」
「はっ、畏まりました」
敵は転移という武器を最大限に活用しようとするだろう。つまり、どうあってもこちらの不意を突いて奇襲がしたいはずなのだ。
――けれどもお生憎様。こちらが備えている以上、お前たちに奇襲の機会などないわ。
確実に、堅実にやれば、物量と相まって大西洋艦隊が有利。テロス大将の自信は揺るがない。
ムンドゥス帝国大西洋艦隊から放たれた偵察機は、日本海軍の機動部隊を捕捉、通報したが、撃墜される機も相次いだ。
対レーダー塗料機も撃墜されるにつけ、本当に効果があるのか疑わしくなってくる。とはいえ、通報された情報を照合するに、敵機動部隊は特に奇妙な動きを見せることなく向かってきている。その速度から、やはり明日、本格的衝突を狙っているようだった。
――そう見せかけて、夜戦を挑んでくるかもしれないけれど。
日中何も起こらないまま、双方の艦隊は距離を詰める。雲が流れ、日が西に沈みゆく。真っ赤に染まった海。間もなく夜が訪れる。
暗くなれば、日本軍が仕掛けてくる。テロスは昨日と同様、敵水上打撃部隊の襲撃に備えて、戦艦部隊に単縦陣を組ませて、六方向に一隊ずつ、中央左右に各一隊を配置して、特に大型空母であるリトス級を守るシフトを敷かせた。
西の水平線に沈む太陽。何かが光った。
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