第355話、追加された仕事


 インド洋に展開する第七艦隊。その旗艦『扶桑』では、内地から転移でやってきた神明が、仮称一ノ谷作戦について、司令長官である武本中将に説明した。


「紅海もスエズ運河も通り越して、地中海とはねぇ……。こちとら、狭隘きょうあいなところを狙って攻撃するか、なんて考えておったが、そこからさらに一段奥を目指すとはね、恐れ入ったよ」

「スエズで空母なり戦艦なりを沈めれば、それで封鎖もできます。水深が浅いので、大型艦ならば擱座間違いなしですが」


 神明は皮肉げに言った。ただし、もしそれをやるなら、敵主力がどれほど通過したかによって効果が変わる。ほとんど通過してしまった後では、地中海に戻れず、そのほとんどがインド洋に乗り出してくるだろうし、逆に先頭のほうでやれば、敵艦隊は紅海に入れず元来た道を引き返すことになる。


「仮に沈めれば、撤去に手間も掛かりますから、敵には有効でしょうが、いざ我々が使う時も、障害物で通れない可能性もあります。転移中継ブイでショートカットは、どのみち無駄にはならないでしょう」

「うむ。……となると、今回の地中海での陽動のためには、スエズ運河には手を出さず、通行可能状態にしておく必要がある、ということだな」


 地中海で暴れ回るのは、敵大西洋艦隊への陽動である。戦力を二分させる目的なのに、運河が使えないでは、意味がないのだ。


「そしてこの作戦の成功の鍵は、我が艦隊の転移巡洋艦が握っておる、と」


 武本中将の第七艦隊では、転移巡洋艦『来島』『根室』、そして改水無瀨型軽巡洋艦『狩野』『佐波』、この4隻に転移中継装置が装備されている。


 潜水機能を持つこれら4隻のどれを送るかは後で決めるとして、アラビア海に進出した転移巡洋艦に、鹵獲重爆撃機を転移離脱装備で移動させ、燃料を節約。そこから紅海に沿って地中海を目指す。ブイを投下した後は九頭島へ転移離脱する。これならば燃料も充分保つ。

 海図を見下ろしながら、武本は言った。


「転移巡洋艦を展開させておかんといかんな。援軍が到着した際、奇襲行動をすることを考えて、三十三戦隊、六十五戦隊は、アラビア海に分散配置させている。どこが最適位置になる?」


 鹵獲重爆撃機の転移会合点として、転移巡洋艦をどこに配置するのがいいか。武本と神明は地図で確認する。


「……しかし鹵獲重爆って、言いにくいな」

「一応、魔技研で扱っているのは白鯨号という名前がついているそうです」

「白鯨……? 鯨か?」

「翻訳機によると、あの重爆撃機はパライナという名前ですが、こちらでは『鯨』という意味になります」

「それで馬鹿でかいから、モビー・ディックになぞらえて白鯨か」


 武本は腕を組んだ。


「中継ブイが動いたら、地中海に部隊を送り込むことになるが、その戦力はどれくらいだ? もしかして第七艦隊が殴り込み役になるか?」

「連合艦隊司令部のほうで決めるので実際どうなるかはわかりかねますが、二個航空戦隊は欲しいですね」


 少なすぎては分散される戦力も少なくなる。多すぎて、一旦進撃をやめて全軍反転されると、単なる時間稼ぎに終わるだけで根本的な解決にはならない。


 空母の規模を考えたら、第一機動艦隊から航空戦隊を引き抜く、もしくは第二機動艦隊か、第七艦隊の主力が乗り込むことになると思われた。


 第一機動艦隊は潜水機能はないが、空母大小15隻。第二機動艦隊は8隻。第七艦隊には6隻の空母が所属している。


「第七艦隊主力というのは無難かもしれません。第二機動艦隊は、指揮官が――」

「ああ、角田と山口か」


 地中海で陽動以前に、敵大西洋艦隊の背後を取ったのだから、第二機動艦隊で突撃して敵艦隊を撃滅しようとしそうである。見敵必戦の塊である闘将二人が、地中海での陽動よりも、敵艦隊との決戦に向かう……という想像も難しくない。


「この陽動で分散させる意味は、敵艦隊との決戦の際、航空機の数の差を少しでも埋めるためにやるわけです。敵戦力と丸々ぶつかっては、意味がありません」

「しかし、第二機動艦隊の奇襲攻撃隊が、敵空母全部を叩き潰せば、数の差はひっくり返るぞ?」


 武本が挑むように言えば、神明は平淡な調子で返した。


「奇襲が上手くいけばそれで終わりますが……。しくじった、あるいは仕留めきれなければ、結局劣勢のままですよ」

「どうかな。全部は無理でも、半減させられれば、結局は目的は果たせるのではないか?」

「……確かに」


 神明は頷いた。


「わかりやすくはあります。案外、そちらのほうがよい気がしてきました」

「ふむ。まあ、貴様の言う通り、奇襲が上手くいけば、ではあるがな。どうするのが最善か、連合艦隊司令部が答えを出すだろう」


 あれこれ考えたところで、決めるのは上である。地中海陽動か、敵後方からの直接攻撃か、どちらに転んでも、転移中継ブイの設置は必須なので、そこは予定通りに進めるのである。



  ・  ・  ・



 仮称一ノ谷作戦における陽動戦力について、連合艦隊司令部が下した結論は、第一機動艦隊から第二航空戦隊を中心に抽出した部隊を派遣することに決めた。

 これは第一機動艦隊の小沢中将の意見が大きく影響した。曰く――


『陽動とは、姿を見せて行動する必要があるので、潜水型空母では折角の利点を活かせない』


 敵の不意をつく潜水型空母群は、陽動ではなく、潜伏からの襲撃こそ見せ場である。いざとなれば転移で逃げられるのだから、常時海上に姿をさらす通常型空母のほうが、陽動に適している、と。


『それに、角田と山口にやらせれば、確かに奇襲は上手くやるかもしれないが、あの二人は、それで終わらん』


 そのまま突撃し、敵大西洋艦隊を撃滅するまで突撃してしまうのではないか。

 敵の規模によるが、空母を奇襲したとしても多数の戦艦群が残っているだろうし、そこで第二機動艦隊の戦艦群が正面から挑んで、相応の被害を被る可能性が指摘された。


 やるからには徹底的にやる――連合艦隊司令部も、第二機動艦隊首脳陣の行動を考え、陽動戦力ではなく、奇襲部隊として使うほうがよいと判断した。


 それに伴い、鹵獲重爆撃機『白鯨号』のルート選定を終えて出撃指示を出していた神明に、追加の指示がきた。


「紅海にも、転移中継ブイを投下してほしい」


 つまり、白鯨号は、地中海にブイを投下した後、内地で新しい転移中継ブイを搭載し直して、今度は紅海へ飛ぶことを意味する。


 普段、振り回す方の神明が振り回される方になった。少し考え、神明は機密通信を使い、友人に連絡をいれた。


『はろー、はろー、神明ちゃん。珍しいね、電話をくれるなんてさ』


 相手は、陸軍の魔研所長の、杉山達人少将だった。開戦以来、異世界人と戦う友好国との関係になっている日米だからか、陸軍の中にも英語被れが増えているのかもしれないと、神明は思った。


「インド洋に異世界帝国が大艦隊を送ってこようとしているという話は聞いているな? ついてはインド洋の制海権、大陸決戦の陸軍支援にも関わる重要事態と言える。協力しろ」

『いやまあ、それは吝かではないけれどさ。……具体的には、どうしてほしいの?』

「陸軍が使っている収納鞄があるだろう? セイロン島の時、飛行隊を丸々収納していたアレだ。あれを一つ貸してくれ」


 魔法道具、収納鞄。陸軍が、貧弱な輸送能力をカバーすべく、大容量の魔力型収納庫を、鞄サイズにしたものである。先のセイロン島では、それで一個飛行隊と機材を、収納鞄で輸送した。


 鹵獲重爆撃機『白鯨号』の胴体に収まるサイズなら、機内にブイを入れた収納鞄を持ち込んで使用すれば、一回の出撃で複数投下できるという算段である。


 海軍にも特マ式収納庫という彩雲改などが装備できる魔力型収納装置はあるが、入り口が狭く、中継ブイは入らない。それ故の陸軍への要請であった。

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