第354話、一ノ谷作戦
神明の言った地中海に転移中継ブイを設置し、敵大西洋艦隊の裏を取るという案。それを聞いた小沢は、大雑把な話にも関わらず、善は急げとばかりに、連合艦隊司令部に話を持って行くと言い出した。
「神明、お前も来い」
言い出しっぺの神明である。細部について質問された時、答えられるのは当人である。小沢は言った。
「連合艦隊司令部も、敵大西洋艦隊のインド洋進出について、色々考えているからな。明日には方針が決まって、命令が下る、なんてこともある。その前にこの案を持ち込むぞ」
パナマ運河方面への攻撃に対して、アメリカとの話し合いもあるから実現できるか非常に怪しいが、何が起こるかわからないのが世の中。日本が言い出したら、ちょうどアメリカ側も何か作戦をやろうとしていて、体よく使われてしまう可能性もなくはない。
小沢としては、パナマ運河は時期尚早だと思っているので、神明の案でインド洋方面に戦力を集中したいと考えていた。
かくて、連合艦隊司令部のある柱島へ移動。旗艦『敷島』に小沢と神明は乗り込んだ。
「急でしたね」
最初に出迎えたのは樋端航空参謀だった。
「お二人が来るというので、僕から来ました。例の敵大西洋艦隊絡みですね?」
「そうだ」
ぶっきらぼうな調子で小沢は言った。
「山本長官と話せるか?」
「はい」
樋端の先導に従い、連合艦隊司令部の面々のもとへと小沢と神明は到着する。
「おう、小沢君」
「長官」
微笑みかける山本五十六に、小沢は頷いた。
「インド洋の守りと、来航する敵艦隊の対応について、一機艦から具申に参りました」
早速、小沢は神明の案を、司令部の面々に語った。異世界帝国から鹵獲した新型重爆撃機を利用し、転移中継ブイを敵中深くに投下。それを利用した地中海襲撃。背後を脅かされた敵艦隊は、戦力を二分させられるのではないか、と。
「パナマ運河より近く、アメリカと協議を重ねる必要がないのがいいです」
樋端が、いつものように淡々と言った。
「急を要する件なので、戦場が近い紅海ないし地中海で仕掛けるのは道理です」
「時間的猶予はさほどないと思われますが、実行できますか?」
草鹿 龍之介参謀長が問うた。小沢は「神明」と自身の参謀長に振った。
「重爆撃機について、他に回した分はわかりませんが、魔技研にあるものなら飛行可能状態です。転移中継ブイも九頭島工廠で製造されているものを融通できるでしょう」
重爆撃機には、遮蔽装置と転移離脱装置を搭載し、秘匿性と転移による離脱ができるようになる予定だ。その工事も部品さえあれば半日で仕上がる。
「あー、よろしいですか?」
渡辺戦務参謀が手を挙げた。
「地中海方面の敵航空戦力は少ないと見られているようですが、一機艦の想定より多かった場合や、引き返した敵艦隊の猛攻に晒された場合は……あ、転移で離脱すればいいか」
言っている最中に、今の日本海軍艦艇は、転移装置で離脱することができるのを、渡辺は思い出したようだ。
神明は頷く。
「転移装置利用に魔力保有者の魔力を使うから、そう頻繁に連発はできないとはいえ、いざという時は転移で退避できる。それでなくても、ある程度の航空攻撃は、防御障壁の展開で補うことができる」
ハワイ沖海戦では、敵主力戦艦群を襲った第一機動艦隊の流星艦攻隊の攻撃が、防御障壁によって阻まれた例があった。現在の日本艦艇にも防御障壁は装備されているので、同じことが可能だ。
「それに敵の攻撃を分散させるため、囮の海氷空母を地中海に展開するのもよいかもしれない」
「……なるほど」
樋端が視線を動かした。
「空母が浮いていれば、無条件で叩きたくなるもの。敵の爆弾備蓄を減らす意味でも有効かと」
かつて、敵戦闘機の燃料切れを待ってから爆撃させる樋端ターン戦法を考案、実行した樋端である。敵の力を空振りさせる戦い方への理解は早かった。
大まかな話が一通り済んだとみて、草鹿参謀長は振り向いた。
「長官、如何でしょうか?」
腕組みをして、参謀たちの話を聞いていた山本は口を開いた。
「よいと思う。敵の後方に転移するなら、奇襲攻撃隊による後背からの攻撃で、大西洋艦隊に打撃を与えられるかもしれない。神明君、鹵獲重爆撃機と転移中継装置の準備。それと関係各所への説明と部隊配置を頼む。私の名前でやってもらって構わない」
要するに、連合艦隊司令長官の命令である、と神明が口にしていいということだ。
「承知しました」
「地中海へ派遣する奇襲部隊と、敵大西洋艦隊への背面奇襲について、連合艦隊司令部で検討、細部を詰める。……諸君、桶狭間か、一ノ谷をやってやろうじゃないか」
織田信長が今川義元を奇襲した桶狭間の戦い、あるいは源平合戦の中、源義経が断崖絶壁から平家の背後をついた奇襲に、山本はなぞられた。
多数の敵がいる場所に劣勢の戦力が飛び込み、そして勝った戦いを現在の状況に重ねつつ、連合艦隊は、強大な大西洋艦隊の侵攻に対する計画を早期にまとめ、準備にかかった。
・ ・ ・
仮称、一ノ谷作戦が進められた。
神明は九頭島へ飛び、九頭島航空試験隊が改造していた鹵獲重爆撃機MEBB-21パライナを、作戦投入する旨を伝えた。
「あ、はい。……そんな気はしていましたが、やっぱり急ですね」
重爆撃機を預かる田島 晴夫少佐は苦笑した。魔技研でそれなりに付き合いの長い田島である。神明の急な思いつきに振り回される者をこれまで多く見てきている。
実のところ、この重爆撃機で敵中深く飛び、転移中継ブイを輸送する――というのは、遅かれ早かれ実行されるものとして構想されていた。
九頭島試験隊ではそれに合わせた運用、訓練がすでに行われていて、ついにその日が来てしまった、と田島は感じた。
「で、場所はどこです? オーストラリアですか? 大西洋ですか? それとも――」
「地中海だ」
きっぱりと神明が告げれば、田島は天を仰いだ。
「今一番話題の場所ですな。こちらは、ブツの積み込みと、機体の整備、確認が済めばいつでも行けます。それで、行きの手順の説明をいただいても?」
地中海までどのようなルートを通るのか。途中に転移を挟むだろうが、どこで行うのか。田島の記憶に間違いがなければ、インドのカルカッタや、セイロン島から直接地中海へ飛ぶのは、帰りを転移離脱したとしても届かないはずだった。
「第七艦隊に手伝ってもらう予定だ。私はこれから、武本さんのところで話をつけてくる。そこでルートもはっきりするだろう。貴様たちはそれまでに準備を整えておいてくれ」
作戦のため、予定は全てキャンセルということだ――田島は理解した。
「了解しました」
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