第353話、世界の海を繋げよう ――転移連絡網


 軍人は、与えられた戦力で、どうにかしなければいけない。


 だから敵との戦力が対等であるためには、外部からの協力、努力が必要で、時間的、戦力的制約のために望み通りにいかないことは普通にあった。


 インド洋に進出しようとする異世界帝国大西洋艦隊を相手にするには、現地セイロン島の戦力と援軍艦隊を含めても、航空劣勢は明らかである。


 まともに戦う限りは、航空戦は数が重要。その数で2.6倍から3倍近い戦力差があるのだから、まともではない方法で差を埋めようとするのは必然だった。


「潜水型空母群による奇襲は、その差をある程度埋めることは可能だろう」


 小沢は、しかし表情は優れない。


「だが、こちらの常套手段になっている以上、敵も対策を取ってくると見ていい。ハワイ作戦では、敵太平洋艦隊が遮蔽による奇襲戦術を用いてきた。今回当たる大西洋艦隊も、その戦訓を得て、襲撃に備えているに違いない」


 奇襲は、予想外だからこそ効果がある。予想されていては、奇襲とは言い難い。


 これまで奇襲で、制空権を奪ってきた日本軍だが、それが不可能になった場合、正面からぶつかることになる。最悪の展開も想定しておかねばならない。

 そしてまともにぶつかれば、数の差で劣勢である。


 青木航空参謀が口を開く。


「敵も遮蔽を使った航空隊を出してくるでしょうか?」

「わからん。あれだけ堂々とした艦隊だ。空母を隠す意味はないかもしれんが、航空機を隠して、想定より大攻撃隊を放ってくる可能性はあるな」


 小沢は顔をしかめた。


「どうにか、正面からぶつかるにしても、数はせめて互角にしておきたいものだが」


 その視線が、神明に向く。この魔技研出の参謀長は、与えられた戦力の外に働きかけ、動かす力を持っている。もちろん権限があるとかではなく、彼の思いつきや考えは、連合艦隊司令長官や軍令部すら動かすこともある。


「手っ取り早く、敵大西洋艦隊の戦力を減らすのであれば、分割させるのが一番です。ただ敵が必ず通るスエズ運河や、紅海出口をたとえば奇襲しようとしても、歴戦の敵が警戒していないはずがない」

「うむ。おれが敵将の立場だったとして、そこを通る時は一番注意を払うだろうな」


 小沢は頷いた。


 大艦隊が通るには広いとはいえないスエズ運河、そして紅海南部の出入り口とも言えるバブ・エル・マンデブ海峡。後者の海峡は嘆きの門などと呼ばれているが、幅30キロと狭く、大艦隊がそこを航行している際に空襲でもあれば、大変なことになるのは想像できた。


「ですから、その辺りは、近場の飛行場から迎撃機が引っ切りなしに上がっていると見ていいでしょう。では潜水艦で待ち伏せではどうか。近場のジブチに対潜警戒部隊がいて、備えているでしょう」


 紅海という海上交通の要衝である。これまでもインド洋に輸送艦が出ていて、日本軍第七艦隊がそれらを狙った通商破壊を仕掛けていた。

 そんな日本軍が紅海出入り口を機雷などで封鎖してきたら……と考えて、異世界帝国軍も掃海部隊を展開させているのだ。


「バブ・エル・マンデブ海峡でなくても、アデン湾に潜水部隊を置いて、徹底的な水中雷撃、機雷戦を展開して、対潜警戒部隊もろとも攻撃し、漸減を仕掛けるのは当然として……」


 その辺りは、第七艦隊の得意の潜水部隊の得意とするところである。


「一つ、奇策、というか……やりたいことがあるのですが――」

「ぜひ聞かせてくれ。できるできないは別として」


 小沢が、神明に求める枠外の話である。


「我々は、自軍制海権内に転移連絡網を敷いています。転移座標を設定し、そちらに瞬時に移動する。……これを世界の海に広げたいと思っています」

「!?」


 参謀たちの表情が強張った。またこの人は突拍子もないことを言い出した、という顔だ。


 しかし、この世界の海を自由に転移できるようにするというのが、神明の思い描くT計画――転移連絡網の整備の究極的な姿だった。


「連合艦隊司令部は、パナマ運河ですか? そこを落として敵大西洋艦隊の注意を引こうと考えているそうですが、小沢さんの指摘どおり、対処すべき範囲が広すぎる上に、インド洋に乗り込もうとしている艦隊からは遠すぎる。もっと近場でやる必要があります」


 神明は世界地図をなぞる。紅海、スエズ運河、そして地中海。


「そうですね……。地中海に遊撃部隊を転移させて、後続するだろう敵船団と護衛艦隊を叩く、というのはどうでしょう」


 敵大西洋艦隊がスエズ運河を通過し、紅海航行中もしくはアラビア海に入ったところ、で、後方の弱敵を叩く。


「そのまま地中海沿岸の敵基地への攻撃をして回ってもいいかもしれません。こちらが送り込む部隊が小さ過ぎず、大き過ぎなければ、敵大西洋艦隊も戦力をある程度、分散させて追撃にあたるでしょう」


 小さ過ぎると分散戦力が少ないだろうし、大きければ丸ごと引き返すなんてこともあり得る。あくまで戦力の分散を狙うのなら、バランスが肝心だ。

 大前先任参謀が唸る。


「それができたとして、地中海に乗り込んだら、四方八方の敵航空基地から袋叩きになるのでは……?」

「飛んでくるだろうが、規模自体は大したことないだろう」


 神明は、きっぱりと告げた。


「世界中に戦線を持っている異世界帝国だ。前線の兵力は厚いが、それ以外の場所の防備は脆い。地中海は、すでに敵にとって前線でなくなってどれくらい経っていると思う?」


 ヨーロッパでの戦いは、異世界帝国がほぼ制して久しい。アメリカ大陸、そしてアジアに前線が移っており、ヨーロッパを席巻した有力部隊は東へ移動している。


「確かに、いま後方となった地中海で暴れ回ることができれば、敵も大慌てで対処しなくてはなりませんね」


 大前は頷く。


「で、根本的な問題ですが、スエズ運河を通過しつつあるという大西洋艦隊を避けて、地中海に部隊をどう送りますか? 転移連絡網は、我が海軍の制海権内のみです。地中海は敵地になりますが」


 そもそもの話である。実行できるできないで話しているとはいえ、具体的に送る方法がなければ、絵に描いた餅である。


「問題はそこだ。だが手はある」


 小沢、そして青木が地図から顔を上げた。


「転移連絡網の中継ブイを、地中海まで輸送し、投下する。中継ブイが作動するなら、転移点として利用できる」


 なるほど、と小沢は顎に手を当てた。日本軍が各拠点海上に設置している転移中継ブイを、地中海に浮かべられるなら、転移連絡網の範囲に収まる。


「参謀長、どうやってそれを運ぶんですか?」


 青木が質問した。


「紅海、スエズ運河は敵艦隊が通過中。対潜警戒も厳重でしょうから、潜水艦での通過も至難の業。なので空輸なのでしょうが、空も敵は警戒しているでしょうし、そもそも――」


 青木が問題点を列挙した。今の日本の輸送機に、組み立て状態の中継ブイを輸送できる機体はない。

 よしんば運べたとしても、味方拠点から地中海へ飛べる機体がない。空母機なら、彩雲偵察機がアデン湾辺りから地中海まで飛べるが、当然ブイを積めない。


「……実質、不可能では?」

「それがあるのだ。転移中継ブイをそのまま運べる機体が」

「まさか、そんな新型が――」

「いや、新型ではないよ。まだ敵地だったジョンストン島を奇襲した時、新型重爆撃機を鹵獲しただろう?」


 重量物である光線兵器を積めた爆撃機である。あれの代わりに、転移中継ブイを運ぶことは可能だ。


「五機鹵獲したうち、一機が魔技研で飛行試験などに用いられていて飛べるはずだ。それを使えば、不可能ではない」


 もちろん、セイロン島の航空基地から飛ばしたとて、航続距離の問題があるから、工夫は必要だ。たとえば転移装置系を追加装備すれば、帰還をショートカットができるから、航続距離の延長も可能である。

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