第352話、第一機動艦隊、出撃近し
第一機動艦隊は、内地にあって訓練の中にあった。
空母が15隻となり、その艦載機もまた、新型の烈風艦上戦闘機が配備され、新機種の熟練度を上げるべく、搭乗員たちは猛訓練に明け暮れていた。
旗艦である戦艦『日向』。僚艦である『伊勢』と気分転換とばかりに旗艦を変更した第一機動艦隊にあって、神明参謀長と青木航空参謀は、艦隊上空を飛行する烈風の姿を目で追っていた。
「烈風はいい機体ですね」
「ああ」
淡泊な返事の神明。青木は双眼鏡を覗き込む。
「いい機体なのですが、せっかく『暴風』も『業風』もあるのに、もうお役御免とは、何だか寂しいですね」
アメリカからのレンドリースで手に入れた暴風=F4Uコルセア、業風=F6Fヘルキャット戦闘機は、第三次ハワイ沖海戦では、零戦五三型と並んで日本機動艦隊の空を守った。
しかしそれらは、零戦の後継機である烈風が配備されるまでの繋ぎであり、順次新機体が届くにあたって、機種転換が行われていた。
「まあ、無人コアを載せれば暴風も業風も使える。それこそ、今お騒がせのセイロン島防衛に余剰機を回せるだろう」
パイロットがいなくても無人で飛行、戦闘ができる無人コアを搭載すれば、パイロット不足の日本海軍でも、即戦力として投入できる。急な航空隊増設も、機体とコアさえあれば可能だった。
それはともかくとして、まだ烈風が全機入れ替えるだけ届いていないので、艦上戦闘機にはまだ当面、零戦が使われる。
「次は、インド洋ですか?」
青木が聞いてきた。神明は、上空の烈風から視線を外さず言った。
「セイロン島防衛は、陸軍の大陸決戦の維持のためにも不可欠。第七艦隊だけでなく、連合艦隊も赴くべきだ」
「セイロン島、再び、ですね」
青木は口元を引き結んだ。
「敵は強力な航空機動部隊とか」
異世界帝国の大西洋艦隊は、西洋各国の海軍を圧倒した。フランスはすでに脱落していたがその残存艦隊や、イタリア、ドイツ、イギリスの艦隊を次々に撃破。その圧倒的な空母航空戦力を前に、ヨーロッパの海軍戦力は無力化された。
唯一、まともな空母戦力を持っていたアメリカ大西洋艦隊でさえ、異世界人には圧倒され、結局撃退されてしまった。
「リトス級の大型空母が10隻、アルクトス級中型空母が20隻はいるという話だ。日本海軍の空母を総動員しても厳しいな」
そのリトス級を回収し、作り直した大鶴型は日本海軍は現状2隻のみ。九頭島ドックを叩かれた時に建造中だった3、4番艦が大破し、現在修理中である。
「空母戦力は強力だが、敵大西洋艦隊は、対潜戦闘と対地上攻撃にもかなりの練度を誇っていると思われる」
ドイツの潜水艦、Uボート部隊を撃滅し、ヨーロッパ各地の航空戦に打ち勝ち、地上施設、飛行場を叩いてきた。
魔技研の技術で潜水型水上艦艇が増え、潜水機能も飛躍的に向上したとはいえ、油断してはいけない。地上基地にしても、彼らはより効率的な制圧の仕方を体得しているベテラン揃いだろう。
「数だけでなく、質も優秀……」
青木が険しい表情を浮かべる。日本海軍航空隊は、開戦から多くの人員を失い、ベテランは本当に数えるほどまでに減っている。本来ならようやく中堅レベルといえる人材がベテラン扱いされるところから見ても、それがわかる。
「敵大西洋艦隊の搭乗員は、脂が乗り切っているということですか」
せっかく新型の烈風が配備されたのに――青木が肩を落とす。どんなにいい機体でも、パイロットの腕の差は顕著である。
「せめて、数の差は埋めたいな」
神明の呟きに、青木が顔を上げる。
「たとえば、機体が空母に乗っているうちに奇襲してフネごと沈める、とか」
「一つの手であるな」
遮蔽装置を装備した航空隊による奇襲。これまでも日本海軍は、艦隊決戦前に制空権の奪取を優先し、敵空母戦力を真っ先に排除してきた。
「他にも手が?」
「単純に、インド洋に来る敵艦隊を二分させるとか、かな」
たとえば、大西洋に有力な敵が現れて、異世界帝国大西洋艦隊から、援軍を送らねばならない事態になったとか。
あるいは――
「スエズ運河を通過中に攻撃を仕掛けて封鎖すれば、艦隊を分断できるかもしれないな」
「確かにそうですね」
青木は苦笑した。
「ですが、今頃、敵艦隊はスエズ運河を通っていて、今からでは向かっても間に合わないのでは……?」
「どうかな?」
神明は薄く唇を歪めた。
「案外、どうにか間に合ってしまうかもしれないぞ」
第七艦隊には転移巡洋艦が配備されている。武本とその司令部なら、何かの時に備えて、展開させている可能性もなくはなかった。
・ ・ ・
「第一機動艦隊の戦力だけでは、正直まともに殴り合うのは厳しい」
小沢治三郎中将は、渋い顔だった。
異世界帝国大西洋艦隊の空母戦力のおおよそは伝わってきている。そこから見ても、彼我の航空機の差は大きい。リトス級大型空母、アルクトス級中型空母のおおよその艦載機合計は、第一機動艦隊単独の約2.6倍に及ぶ。
「セイロン島近くを戦場とし、基地航空隊を展開させて、ある程度差を埋めるしかない。烈風が入ったことで、空母から下ろすことになる暴風や業風も、ハワイ作戦で使った海氷空母にでも乗せて嵩増しするとか」
小沢は、神明と青木、そして大前先任参謀に告げた。
「連合艦隊司令部では、アメリカ艦隊を焚きつけてパナマ運河を叩く、あるいは奪回する案を考えているようだ。パナマを奪回できれば、異世界人も無視できない。それで敵大西洋艦隊の注意を引ければ、インド洋に来る戦力を幾らか減らせるのではないか、と」
もちろん、そう上手くいくとは思えないが、と小沢は首を傾げる。神明は言った。
「パナマ運河を制圧するなら、周辺の飛行場やカリブ海の部隊、もしかしたら南アメリカからも重爆撃機などが飛来して袋叩きになる可能性が高いですね」
「そうだ。生半可な戦力では敵大西洋艦隊の注意を引くまでもなく、手痛い損害を受けるかもしれん。だから連合艦隊司令部は、ニューギニア方面で使おうとしていた稲妻師団をパナマとその周辺に投入して、戦場の空白を作ろうとしているようだ」
異世界人の弱点となるアヴラタワーなどE素材物を排除。広い範囲でそれすることで、パナマ運河を攻撃できる範囲の異世界帝国軍を活動不能にし、その間に占領、防衛態勢を整える。
「まあ、机上の策ではそうなるが、アメリカ軍と交渉し、動いてくれるか未知数だし、こちらが行動するには些か急ぎ過ぎている感も拭えん。問題だらけで、現状、全面的に賛成はしかねるというのがおれの本音だ」
転移連絡網を使えば、第二機動艦隊もパナマに一撃後、インド洋に移動できるとはいえ、不安が隠せない小沢だった。
「というのが現状だ。……とりあえず、真面目な話はここまでにして、神明、何か案はないか? こちらの手駒以上のものを使って考えられる貴様だ。俺たちの常識の枠外で、一発逆転とまでは言わないが、何か手は?」
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