第617話、フォルタレザ空襲
日本海軍南東方面艦隊が、オーストラリア無力化作戦を実施している頃、南米ブラジル、その大西洋側の都市、フォルタレザに空襲警報が響き渡っていた。
20世紀に入り、都市化が進み、ブラジルで七番目の人口を誇る町となったこの町も、異世界人の侵略により人々は一掃された。青い海と砂浜もまた、侵略者がばらまいた漂流物で見る影もない。
そんな町に、F4Uコルセア――濃緑と白で塗装され、日の丸をつけた暴風戦闘機隊が、一陣の波のように海から飛来した。
浜を改変し、一大潜水艦用の港となったフォルタレザ港に、暴風が吹き荒れる。補給、整備中の潜水艦のほか、輸送艦や駆逐艦が停泊している中、戦闘爆撃機は猛禽の如く襲いかかる。
逆ガル翼に懸架される5インチFFAR――空対地ロケット弾、その改造型を発射。煙を引いて飛んだそれらが目標ないしその近くの地面に突き刺さると爆発、光の膜を周囲へと波のように展開した。
光の膜は触れたものを切断ないし吹き飛ばし、薙ぎ倒した。その一弾で50メートル範囲のものが軒並み破壊され、港の輸送艦、そして潜水艦もブリッジや船体を破壊された。
本来の5インチFFARとは明らかに異なる破壊力である。
そしてこの兵器こそ、T艦隊参謀長の神明少将が指示した5インチFFAR改の威力であった。
・ ・ ・
T艦隊は、彩雲改二によって設置された転移中継ブイによって、フォルタレザ近くの海上に転移した。
そして作戦通り、空母3隻『雲龍』『翔竜』『雷鷹』から暴風戦闘爆撃機を発艦させた。戦況確認用の彩雲が2機の他、暴風は『雲龍』から18機、『翔竜』から12機、『雷鷹』から9機の、計39機。
攻撃隊の規模としては大きくないが、目的が港と在泊する船なので、そこまで問題ではない。当面、敵潜水艦部隊が補給できないようにしてやればそれでいいのだ。
さて、攻撃の主力である暴風だが、搭載しているのは250キロ爆弾2つと、5インチFFAR改8発。いずれも誘導機能のない無誘導弾である。
これら航空隊が出撃する前、T艦隊首席参謀の田之上 義雄大佐は、参謀長である神明少将に尋ねた。
「5インチFFAR改とは、具体的にはどこが改なんですか?」
「弾頭部分を、一式障壁弾に変えた」
淡々と答える神明に、田之上は目を丸くした。
「一式障壁弾って、我が軍の高角砲や、主砲での対空防御砲弾に使われるやつですよね?」
「そう、それで合っている」
そもそも、FFARとは、前方発射航空ロケット弾の略称であり、つまるところ前に向かって飛んでいくロケット弾である。
アメリカ海軍が開発したこのロケット弾は、潜水艦攻撃用の3.5インチFFARから始まっているが、潜水艦に対してはともかく、対地・対艦用で使うには、少々威力不足ではあった。
しかし命中精度は悪くなかったから、どうにかして使おうとして作られたのが続く5インチFFARである。
「一式障壁弾は、敵機に光の壁をぶつけて撃墜する対空砲弾じゃないですか」
田之上は言った。
「それを対地攻撃に使おうだなんて……」
「展開した光の膜が、範囲内に触れたものを破壊するからな」
高速で飛んでくる敵航空機に壁をぶつけて破壊しようというのが、障壁弾である。突っ込んできた敵機が通過できないよう、時間制限はあるが、光の壁は非常に強固だ。
よほどの重装甲だと弾かれるのだが、装甲がないに等しい輸送艦や駆逐艦に、この一式障壁弾を撃ち込んで、船体破砕に利用されることもある。
「よく一式障壁弾を使おうなんて思いましたね……」
感心とも呆れともつかない声を発する田之上。しかし神明は首を振った。
「そうでもない。そもそもの話だが、5インチFFARの弾頭に使われているのは、Mk35、5インチ対空砲弾だ」
「え……? それって――」
「12.7センチ対空砲弾。高角砲、あちらさんでいう両用砲で一般的に使われている砲弾だよ」
要するに高角砲弾をロケットにくっつけているのが、5インチFFARの正体なのだ。そうであるなら、同じ目的で使われている高角砲弾――障壁弾をロケット弾にくっけようという発想に繋がるのも、自然なことだった。
「高角砲用の一式障壁弾は、日本海軍では大量生産が早かったから、在庫にある程度余裕がある。そしてアメリカの供与武器でFFARは大量に送られているが、無誘導だから、やはり取り合いになるほど人気があるわけではない。だから、T艦隊用に多く調達できた」
神明は薄く笑う。
日本海軍の航空隊でも、熟練搭乗員の不足から誘導弾を積極的に扱っているから、各飛行隊も無誘導兵器は、どこか遠慮がちになっている。
誘導弾不足と各部隊が喚いている中、在庫に余裕がある無誘導ロケット弾を、がっぽり、ごっそりT艦隊で調達したのであった。
あとは工作部を巻き込んで、FFAR改に改造させるだけであった。
「誘導兵器ではないが、効果範囲内の非装甲物、あるいは軽装甲物をまとめて破壊できるからな。むしろ多少散らばった方が、広範囲を薙ぎ払えるだろう」
もっとも、T艦隊航空隊の大半は、自動コア操縦の無人機。飛び抜けて優れているわけではないが、新兵などより優れた腕前を発揮してくれる。
・ ・ ・
かくて、フォルタレザ港と周辺軍事施設、停泊中の船舶、潜水艦が、T艦隊航空隊の餌食となった。
高速を活かして、あっという間に爆撃を終えると、暴風戦闘機隊は、敵の基地航空機が飛んでくる前に退避、帰還する。
転移離脱装置を使って。
何故ならば――
「艦隊、転移完了しました。全艦、確認!」
「よろしい。第二次攻撃隊、発艦。目標、レシフェ」
T艦隊司令長官、栗田 健男中将は命じた。
この時、艦隊はフォルタレザ沖を離れ、そこから南東に位置する都市、レシフェ沖に移動していたからである。
ここでも主力は、暴風艦上戦闘攻撃機であり、『雲龍』から18機、『翔竜』『雷鷹』から各9機の合計36機が母艦航空隊として発艦。
さらに『翔竜』の転移中継装置を利用し、鉄島の第三航空艦隊から零式艦戦五三型16機、九六式陸攻三三型15機が、レシフェを目指した。
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