第618話、九六式陸上攻撃機、レシフェ爆撃す
ブラジル北東部にあるペルナンブーコ州、その州都であるレシフェ。
港湾都市であり、かつては奴隷貿易で栄えた町は、ポルトガルからオランダに主が変わったが、より都市機能の向上が進められ、発展を続けた。
しかしここも、今では異世界帝国の侵略にさらされ、軍事拠点の一つとなっていた。南米艦隊所属の艦艇がおり、カリブ海に向かう潜水艦の整備などが行われている。
そこへ日本海軍T艦隊の攻撃隊が現れた。レーダーによる発見を少しでも遅らせるべく、超低空をかすめつつ、しかし高速で飛ぶ暴風戦闘爆撃機隊。
突然の襲撃であった。1時間ほど前に、ペルナンブーコ州の北にあるセアラー州の州都であるフォルタレザが日本軍の空襲を受けたという報告はあった。
しかし、港で働く人員や、船舶のクルーたちは、対岸の火事とばかりに呑気に構えていた。距離があるから、明日以降はわからないが、今日は襲撃はないだろうと思ったのだ。
勘のよい艦長などは、作業を早めるよう指示したり、対空監視を増やすなりしたが、乗員全員に対応を徹底したりまではしていなかった。
そこをコルセア――暴風が襲いかかった。覆い被さるように降下し、5インチFFAR改を発射。
投錨していたD級軽巡洋艦『ダニーデン』は、頭上をすり抜けるように飛んでいく暴風のロケット弾を艦橋を中心に打ち込まれた。そして発動した障壁によって艦体が引き裂かれ、爆沈する。
イギリスのD級軽巡洋艦――排水量4900トン。日本でいうところの5500トン型軽巡に近い旧式艦は、現地の鹵獲艦艇と共に警備に当たっていたが、空の敵に奇襲されてやられた。
またしても日本軍の奇襲。港は混沌と化すが、この状況で素早く行動に移れた現地部隊があった。
レシフェ内にあるイルバ飛行場である。ここの滑走路脇の待機スポットに駐機されているスクランブル要員のヴォンヴィクス戦闘機が、垂直離陸によってただちに出撃したのだ。
南米北部に米軍が上陸し、その航空隊も派遣されて以来、緊急発進態勢が取られ、飛行場は、いつでも迎撃可能な状態を維持していた。
ただちに上がった5機のヴォンヴィクス戦闘機だが、そこへ爆撃を終えた暴風が突っ込んできた。
暴風の原型であるF4Uコルセアは、戦闘機である。爆弾を積み、対地・対艦攻撃も可能な戦闘爆撃機だが、本職は敵戦闘機を落とすことにある。
プラット&ホイットニー、ダブルワスプ2000馬力エンジンが唸る。加速も凄まじく伸びてくる暴風は、一挙にヴォンヴィクスの懐に飛び込んだ。両翼の12.7ミリ機関銃が弾幕を形成、計六丁の猛撃を浴びて火を噴く異世界帝国戦闘機。
迎撃機が上がったのも束の間、イルバ飛行場では、次の迎撃機を上げるためにパイロットたちがそれぞれの機体へ走る。最初の警報を聞き、慌ててパイロットスーツをまとった異世界人たちだったが、駐機されている機体へと辿り着く前に、新たな日本機が飛行場に差し掛かった。
九六式陸上攻撃機。一式陸上攻撃機の前に採用されていた中型攻撃機である。
完成当時は、九六式艦上戦闘機と並び、日本の航空技術が世界に追いついたと自負された機体であったが、すでに旧式なのは事実。
より新型の一式陸攻が主力となるにつれ、輸送機仕様に改造されたり、練習航空隊の機として活用や、対潜警戒機などの後方任務などに活用されていた。
が、日本海軍の搭乗員不足の都合から、陸上攻撃機系統の縮小傾向が重なり、練習航空隊用の九六式陸攻も、別任務への割り当てがなされることになった。
そこに目をつけたのが、新設された第三航空艦隊である。T計画支援航空艦隊として、戦力を欲していた三航艦は、この割り当てが決まるまでの隙間をついて、30機前後の九六式陸攻の調達に成功。魔技研と武本重工の協力のもと、近代化と改造を施した。
武本の工場で『余っていた』夏風1800馬力エンジン二基を搭載。……海軍の主力が九九式戦爆や二式艦攻から、烈風、紫電改、流星に移ったことで、誉エンジンが主流となり、夏風エンジンは余剰があったのだ。
試作の遮蔽装置と転移離脱装置を組み込み、対空防御用の機銃を12.7ミリ光弾機銃に換装。
魚雷型の細身の胴体に爆弾倉がなく、爆弾や魚雷はすべて懸吊される九六式陸攻だが、やはり余っていたマ式収納庫を爆弾倉として追加した。
なお、何故余っていたのかといえば、小型爆弾用のサイズで、魚雷や誘導弾が入らない型だったからだ。
なのでこの改造九六式陸攻は、胴体下に魚雷を一本800キロ魚雷を吊せるが、流星や彩雲のように魚雷や誘導弾を二発以上積めない、完全なる爆撃機型だったのである。
なお、それでもこの九六式陸上攻撃機が『攻撃機』なのは、急降下爆撃ができないからだった。
この改造型九六式陸攻は、三四型と呼ばれ、第三航空艦隊の攻撃隊に組み込まれたのであった。
九六式陸攻三四型は、T艦隊の空母『翔竜』を経由し、暴風隊がレシフェの港へ向かう一方で、イルバ飛行場に一直線に向かった。
護衛の零式艦戦五三型が、飛行場の屋外に並べられた敵機に銃撃を浴びせる中、九六式陸攻は、滑走路上空に侵入すると、懸吊してきた九七式六番――六十キロ陸用爆弾を12発ばらまき、そしてマ式収納庫から、アメリカから提供された250ポンド爆弾を次々に投下した。
水平の滑走路に次々と爆弾が命中し、耕す勢いで、穴だらけにする。垂直離着陸能力を持つ小型機は、滑走路がなくても降りられるだろうが、大型の重爆撃機や輸送機などはそうはいかない。
九六式陸攻隊は、滑走路のほか、格納庫や基地施設にも爆弾の雨を降らせて、イルバ飛行場を瓦礫の山へと変えた。
港に引き続き、飛行場も叩き、日本軍攻撃隊は翼を翻す。敵機は暴風が蹴散らし、後は帰るだけである。
・ ・ ・
フォルタレザに続き、レシフェの空爆にも成功。
T艦隊旗艦『浅間』で、司令長官である栗田 健男中将は報告に満足げに頷いた。
「よしよし。……これで、カリブ海への敵潜水艦の行動を、大きく制限させることできたというわけだ」
「はい、これで敵潜水艦は、補給のためには、さらに南のサルヴァドール、リオデジャネイロまで下がることになります」
田之上首席参謀は発言した。
「往復にさらに時間がかかりますから、敵の通商破壊活動にも穴ができましょう」
「うむ。参謀長、ここから先はどうするべきか?」
栗田は、神明参謀長に確認する。
「このままブラジル沿岸に沿って拠点を叩くこともできなくはないが、さすがに敵も身構えているのではないか?」
昨日からの攻撃を見れば、異世界人も日本の機動部隊が南下しながら攻撃していると想像がつくだろう。栗田の言う通り、このままサルヴァドール、リオデジャネイロと狙うのは、定石過ぎて、敵も警戒を強めるだろう。
「そうですね。ここらで一つ、敵の目線を変えておきたいところです」
神明が視線を転じる。白城 直通情報参謀がやってきた。
「南東方面艦隊から、T艦隊宛ての転通文が送られてきました」
転移通信文――転移によって届けられる連絡文。傍受されない命令書や連絡として、採用されたばかりの通信手段である。
「南東方面艦隊から?」
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・九六式陸上攻撃機三四型
乗員:5名
全長:16.45メートル
全幅:25メートル
自重:5084キログラム
発動機:武本『夏風』一一型、空冷1800馬力×2
速度:532キロ
航続距離:5910キロメートル
武装:12.7ミリ光弾機銃×3、60キロ、250キロ、500キロ爆弾複数
その他:旧式である九六式陸上攻撃機を、魔技研が改造、武本重工航空部で製作したもの。エンジンを武本の夏風エンジンに換装。速力を向上させた上に、三三型同様、燃料搭載量を増加させたことで、航続距離を延長させている。マ式収納庫を爆弾倉として追加、爆装量が増加している。
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