第619話、ニュージーランド在泊艦隊


 南東方面艦隊から送られてきた転移通信文によれば、ニュージーランドに、異世界帝国の機動艦隊が存在しているらしい。

 これがもし北上すれば、南東方面艦隊にとって大いに脅威となる。


 海氷飛行場『日高見』と、第八艦隊の戦力でこれと正面から戦うのは、明らかに劣勢であった。

 T艦隊司令長官、栗田 健男中将は、渋い顔になる。


「大型空母3隻を含む、空母15隻。戦艦8隻、巡洋艦20以上、その他……艦多数」

「これは大物ですなぁ」


 航空参謀の藤島 正少佐が、口元を歪めた。


「連中も、いよいよ再編した戦力を前線に送り出す手前まできた、というところでしょうか」


 それはあまり聞きたくない情報である。日本海軍は、これまで異世界帝国の主要艦隊を、ことごとく撃破してきたが、敵の底が知れない現状では気分が沈む話ではある。


「さすがにこれほどの規模ですと、障壁貫通兵器がない南東方面艦隊の連中には、手にあまるでしょうな」

「南東方面艦隊がオーストラリアの港潰しに使った輸送艦爆弾……は、使えないか」


 田之上首席参謀が言えば、藤島は首を傾けた。


「まあ、防御障壁で一発は弾かれるのが確実なんで、あまり効果はないでしょう」

「そもそもあの残骸、サイズを揃えていないからな」


 神明は言った。


「妨害目的ならともかく、威力がバラつく。では大きさや重量を揃えようとすると……爆弾代わりに使わず、修理素材にしたほうがいいという勿体ない精神が出てくる」


 敢えて仕分けしないことで、思い切って武器に使える。そうでなければ帝国海軍軍人の勿体ない精神が顔を覗いてしまうのだ。

 藤島が口を開いた。


「やるなら神明さんが考えた200万トンの氷塊だったら、あるいは海の底に勢いで沈めてしまえるかもしれませんな」

「……参謀長」


 栗田が視線を向ける。神明は事務的に告げた。


「いざとなれば、お号作戦を支援するという話になっていますから、協力はします。……こちらも、南米の敵の目線外しも兼ねて、ニュージーランドでひと暴れするのも、悪い話ではありません」


 ただ、神明は、ニュージーランドの敵機動艦隊が、その場から動かないのであれば急いでこれを排除する必要もないと思っている。

 オーストラリアの各港は封鎖されており、ニュージーランドの艦隊がきても入港もできないからだ。


 しかし、これが南東方面艦隊のラバウルやニューギニア方面に、攻めてくるというのであれば、撃滅しなくてはならない。


「とりあえず、ちょっと話を聞いてきます」


 神明は、栗田に許可を得て、旗艦の転移室から、南東方面艦隊司令部が置かれている『日高見』へと飛んだ。



  ・  ・  ・



 神明が、海氷飛行場『日高見』の司令部を訪れると、ちょうど、ニュージーランドにいる敵艦隊についての対応会議をやっていた。

 草鹿 任一中将はニヤリとする。


「来たな。小沢の秘蔵っ子」

「秘蔵っ子……?」

「貴様を自分の参謀から外したがらないと聞いている」


 第一機動艦隊司令長官の小沢 治三郎中将と南東方面艦隊司令長官の草鹿は、海軍兵学校同期である。


「まあ、聞いてくれ。――富岡」

「はい」


 南東方面艦隊参謀長の富岡 定俊少将は、ニュージーランドの地図を前に説明を始めた。


「敵は、北島を中心に三カ所に分散して駐留している。オークランド、ウェリントン、それとタウランガ」


 彩雲偵察機によれば、オークランド港とウェリントン港には、戦艦、空母を中心とした主力。タウランガ港は輸送艦とその護衛が中心だという。


「我が南東方面艦隊としては、これと正面からぶつかって勝てる戦力はない」

「防御障壁のせいでな」


 草鹿が口を挟むと、富岡は、何枚か写真を広げた。


「各港とその地形を確認したのだが、敵艦隊へ直接の打撃は難しいが、いずれの港も外洋への出口が狭く、輸送艦の残骸を投下することで閉塞を狙える地形をしている」


 それを聞いて、神明は自分が来た意味はあったかと内心首をかしげた。南東方面艦隊司令部は、自前の戦力で、ニュージーランドの異世界帝国艦隊を封じ込める策を立てていたのだ。さすがは秀才の富岡と言ったところか。


 とはいえ、キロ単位の幅があるから、輸送艦の残骸を使うといっても、どれだけ消費して封鎖するつもりだろうか? いくら余っているからといっても無尽蔵ではない。


「彩雲改二で、出口に残骸をばらまいて港を封鎖する。それで、ここで問題になるのは、異世界帝国艦隊の主力艦には、防御障壁があるということだ」


 富岡がじっと神明を見た。


「障壁を張りながら突進して、残骸を破壊しながら、無理矢理通ることもできるのではないか……。それが我々の懸念点ではある」


 なるほど、理解である。もし港出口を封鎖しても、防御障壁を張った艦が障害物を破砕して通ってしまえるなら、閉じ込めることはできない。

 オーストラリア無力化作戦における封鎖は、港湾施設にダメージを与えることで、以後の物資揚陸をさせず、敵を日干しにすることが目的だ。だからニュージーランドの敵艦隊を封じる作戦とは、根本から違うのである。


「そもそもの話なんだが――」


 草鹿は言った。


「オレは、港に停泊している艦艇が、防御障壁を展開しているかどうか疑問に思っているんだが……。一気に航空機による奇襲を仕掛けたら、港で全部沈められないものか」

「それも一つの手ではあります」


 神明は同意した。

 かつて、山本 五十六連合艦隊司令長官が、対米戦を意識していた頃、太平洋艦隊が駐留する真珠湾に対して、機動部隊による奇襲計画を立てていた。

 異世界帝国の艦には防御障壁があるが、停泊中は小型艇での往復なども考えれば、事故回避のためにも障壁は張らないものだ。その隙をついて襲撃すれば、港で敵を封殺できるわけだが……。


「問題は、在泊艦艇を一挙殲滅するまで、その存在を探らせない手段ですね」


 いかに通常は防御障壁を展開していないとはいえ、日本軍攻撃隊が接近していることを察知すれば、自艦を守るために障壁を使うだろう。

 障壁貫通弾を用いれば、強襲も可能であろうが、残念ながら内地でも大増産の最中で、その配備状況は芳しくない。


 そうなれば、気づかれずに敵主要艦を叩く、になるのだが、南東方面艦隊の手持ちの遮蔽装備航空機は、数が不足している。

 内地で再編成中の第二機動艦隊の航空隊があれば、遮蔽で接近からの奇襲、撃滅が可能だ。


 しかし、今回のために練成中の二機艦を、連合艦隊が出撃させるだろうか? そもそも弾が足りないと、難色を示されるのがオチな気もする神明である。


「転移中継ブイで、港まで行って、そこから一挙に襲撃する。それが無難でしょう」


 近くの飛行場から緊急発進がかかろうとも、飛び立つ前には停泊艦艇に攻撃を加えられる位置に転移して、仕掛けられれば、奇襲は成功だ。


 南東方面艦隊単独では難しいが、T艦隊が加わり、その水上艦艇で空襲の撃ち漏らしを攻撃すれば、ウェリントン港、オークランド港の敵主力艦隊を一方的に撃滅もできるだろう。輸送艦中心のタウランガ港は、主力を片付けた後で何なりと始末できよう。


「可能か?」


 草鹿が問う。神明は頷いた。


「可能です」


 転移直後の、艦載機展開については、T艦隊はすでにフォルタレザ、レシフェ空襲で経験を積んでいる。実戦でやれているのだから、できないとは言わせない。

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