第616話、港封鎖作戦


 アリススプリングスの大アヴラタワーを、第523海軍航空隊の彗星戦闘爆撃機が破壊した。

 彗星隊を誘導した彩雲改二偵察機は、その旨を南東方面艦隊司令部に打電した。


 これを受けた司令長官、草鹿 任一中将は、オーストラリア各地の軍が使用する港への攻撃開始を命じた。


 タスマン海に移動した海氷飛行場『日高見』から、シドニー、ニューカッスル、ブリスベン、メルボルン、タスマニア島ホバートへ、第151海軍航空隊の彩雲改二が飛ぶ。


 グレートオーストラリア湾の第八艦隊、装甲空母『黒龍』からアデレード、パースへ。インド洋からは同装甲空母『嵐龍』からポートヘッドランド、ダーウィン。ポートモレスビーの飛行場から、タウンズビル、ロックハンプトンに、第192海軍航空隊の彩雲改二がそれぞれ向かった。

 これら彩雲改二は、遮蔽装置で姿を隠して、単独で目的の港へと辿り着くと、僚機がいないのを幸い、姿を消したまま、攻撃を開始した。


 転移爆撃装置を起動、割り当てられた物体が、あたかも彩雲から切り離されたように落下した。

 それは船の船体。異世界帝国が持ち込んだ輸送艦やタンカーもあれば、地球各国で鹵獲された貨物船や輸送船など、それらの残骸が降り注いだ。



  ・  ・  ・



「な、何だ、あれは!?」


 港にいるムンドゥス帝国兵が驚愕する。

 港湾施設、クレーンや倉庫、あるいは接舷中の駆逐艦や小型の掃海艇、フリゲートなどに、鉄の塊が激突する。


「そ、空から鉄の塊が!?」

「馬鹿なっ、船の一部だぞ!」


 数百、時に千トン、二千トンの大型残骸が、クレーンを押し曲げ、建物を潰し、艦艇のマストや艦橋を押し潰し、真っ二つに両断した。

 これには異世界帝国兵は逃げ惑うしかない。


「――そうです! 空から船の残骸が降ってきているんですよ!」


 電話にかじりつく勢いで、報告するムンドゥス帝国将校。


「ええ、目は正常ですし、狂ってはいません! 発狂したい気分ですが、間違いなく空から船が落ちてきているんです!」


 将校は説明するが、電話の向こうの相手が真面目に受け取らず、苛立ちが募る。その間にも、窓から外を見れば、残骸が命中して、フリゲートが吹き飛んだ。

 爆弾ではないから爆発はしないが、残骸をぶち当てられた方で、燃料だったり弾薬だったりが爆発し、炎上するといった二次被害が発生する。


「この爆発音が聞こえないんですか!? とにかく港は滅茶苦茶です! ――敵? それが上空に敵機らしき姿はありません!」


 将校は叫んだ。


「そもそも! 数千、数万トンもの残骸を持ってこられる航空機など、ありゃあしませんよ! 寝ぼけているのはどっちですか!?」


 また港湾入り口が狭い場所には、いくつか大型残骸をばらまいて閉塞を狙いの攻撃も行われた。

 現地の混乱をよそに、ムンドゥス帝国海軍が使用しているオーストラリアの各港が、正体不明の鋼材の雨によって、使用不能に追い込まれた。


 停泊中の艦艇も、落下物によって大きなダメージを受け、さらにのし掛かる残骸を撤去しようにも、港のクレーンも折れて、使用不能。埠頭に散らばる残骸の撤去作業も目処が立たず、各港が当面、利用不可能に追いやられたのである。

 お号作戦における、海上封鎖は、ほぼ成功した。



  ・  ・  ・



 海氷飛行場『日高見』。南東方面艦隊司令長官の草鹿中将は、彩雲改二による隠密残骸爆撃が上手くいったことに相好を崩した。


「いやはや、これで広大なオーストラリア大陸は袋小路だ。これっぽっちの戦力で、成し遂げてしまうとはな」


 この作戦案を思いついた者は普通ではない、と草鹿は思う。


「奇策の類いですね」


 富岡 定俊南東方面艦隊参謀長は頷いた。


「ただ爆撃しただけでは留まらない大型残骸もありますから、撤去せずには港も使えず、その撤去するための設備も修繕しなければならない……」

「後方戦力が手薄な異世界帝国にとって、オーストラリア各港の復旧は大いに負担となるわけだ。いやむしろ――」

「彼らがオーストラリア大陸に見きりをつける可能性はありますね」


 富岡は真顔になった。


「実質の海上封鎖、敵が増援を送り込むのに難儀している間に、稲妻師団がオーストラリア各地で孤立している敵基地、都市の敵を排除します」


 大陸中央、アリススプリングスにあった大アヴラタワーは、すでに消滅した。あとは地方の拠点にあるアヴラタワーを叩いてしまえば、異世界人にとってオーストラリアは死の大地となる。


「では、その稲妻師団に、大陸に上陸してもらおう」


 草鹿が言えば、『日高見』の滑走路に待機していた虚空輸送艦が複数――シドニーとメルボルンに向けて飛び立った。

 マ式エンジンによるプロペラのないその機体は、垂直離着陸機能を持ち、海軍陸戦隊、否、特殊部隊を乗せて、オーストラリアへと目指す。


「今頃、ポートモレスビーからも、タウンズビルに向けて、稲妻師団の別部隊が飛び立っている頃でしょう」


 対障壁戦術を駆使して、敵アヴラタワーを破壊し、地上施設を攻略するのが海軍特殊部隊『稲妻師団』の役目である。

 彼らを乗せる虚空輸送艦は、彩雲と同じく遮蔽装置付だ。敵のレーダーにもかからず、つまりは迎撃の戦闘機が来ることもなく、兵たちを上陸をさせることができるだろう。


「この分では、本当に我々だけでお号作戦を遂行できてしまうかもしれないな」

「そう願いたいものです」


 内地の戦力は借りないという前提で立てられたオーストラリア無力化作戦である。一応、神明少将が参謀長を務めるT艦隊に、いざという時の助っ人を頼んではいるが、彼らには彼らの任務を果たしてもらうのが最善なのである。

 しかし、世の中はそう都合よくはできていない。


「長官、ニュージーランドを偵察していた彩雲より報告です! ウェリントン港に、大型空母3を含む異世界帝国の大機動部隊を発見せり」

「ニュージーランド……!」


 オーストラリアから南東におよそ2000キロの地点に存在する島国である。北島と南島の主要な二島と小島で構成されており、首都ウェリントンは北島――ノースアイランドにある。

 なお、ニュージーランドからさらに南方2600キロほど先に、南極大陸がある。


「先日までは、ニュージーランドに有力な敵艦隊はいなかったが……」


 草鹿は顔をしかめた。


「ううむ、いつの間に……。彩雲改二が戻り次第、輸送艦爆撃を仕掛けるか?」

「艦隊が相手では輸送艦落としは、難しいと思われます」


 富岡は答えた。


「単艦ならまだしも、複数の敵がある場合、防御障壁を破るために集中投下をすれば、いくら遮蔽で隠れていても、出所から位置を割り出される可能性もあります。それに移動目標の場合は、水平爆撃になりますから命中率も下がります」

「うむ……そうなると、別の手が必要になる、というわけか」


 南東方面艦隊司令長官は、眉をひそめるのだった。

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