第615話、彗星、流れる
アリススプリングスを目指す島津大尉の彩雲改二は、転移爆撃装置を起動させた。
これは別の場所に用意されている爆弾や誘導弾などを機外に転移させ、機体に搭載することなく攻撃する装備である。
普通、爆弾などを装備すれば、その重量によって航空機のスピードを落とし、運動性を悪化させる。基本的に運べる限界の重量も決まっていて、それ以上のものを搭載するのは困難、最悪飛べない。
しかし、転移爆撃装置ならば、爆弾は使用時に転移させるので、機体に重量の影響はほとんどない。単座の艦上爆撃機に、数トン規模の重爆撃機並の爆撃が可能になったりするわけだ。
だがこの時、島津機が、転移爆撃装置で落としたのは、爆弾ではなかった。
航空機である。
細身のその機体は単発機だ。二式艦上偵察機によく似たそれは、元となった機が同じ十三試艦上爆撃機だから、似ていて当然だった。
しかし、その機体には、致命的な違いがあった。機首にプロペラがなかった。ジェット機のようなそれは、マ式エンジンを搭載したプロペラなしの高速機だったのである。
その機の名前は、『彗星』という。
・ ・ ・
海軍航空技術廠――通称、空技廠が開発していた、九九式艦上爆撃機の後継機。生産性より性能を優先させた高速艦爆……となるはずだった機体、それが彗星だ。
だが、繋ぎのつもりで開発が進められていた彗星は、艦爆と艦攻を統合した流星が早期に完成したこと。搭載したアツタ発動機の不調や、精緻な作り故の整備性能の悪さなどから、主力艦爆として採用されることはなかった。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。
高速で爆撃能力があり、かつある程度の対空戦闘力が可能な航空機を、稲妻師団が求めた結果、この機体が選ばれた。
マ式エンジンに換装し、改修と調整を加えたことで、防御障壁展開施設への爆撃用高速戦闘爆撃機として、彗星二二型は完成した。
最高記録850キロを超える、日本海軍最速の航空機が誕生した瞬間だった。
性能優先で作られた彗星二二型は、稲妻師団における戦闘型の機体として配備が始まり、第523海軍航空隊で用いられることとなる。
彗星隊を率いるのは、大菅 辰三少佐。彼とその部下は、マ式彗星を受領し、訓練に明け暮れた。
これまで不足していた稲妻師団の航空打撃部隊の中心戦力として、彼らの士気はすこぶる高かった。
なお、彗星には無人コアが載っているが、全ての機に搭乗員がおり、コアは搭乗員の補助として活用されている。
そして稲妻師団の戦闘航空隊として、初の実戦を迎えた。
・ ・ ・
彩雲改二の転移爆撃装置によって、転移してきた彗星隊。
操縦士でもある大菅少佐は、全機が無事転移してきたのを確認すると、スロットルを開いて愛機の速度を上げた。
地平線まで広がる不毛なる大地――アウトバック。そしてアリススプリングスがあるマクドネル山脈が正面にある。
緩やかな山々の中にそびえる大アヴラタワーの姿も。
「目標を確認!」
このアリススプリングスにある大アヴラタワーは、オーストラリア全土をほぼ生存圏に収めている。ここを破壊することで、オーストラリア大陸における異世界帝国軍は自軍拠点近辺でしか活動できなくなる。
つまり、この広大なオーストラリアを敵を求めて探し回る必要はなくなるということだ。そして点在する敵の拠点は距離が開いているので、相互支援が難しくなる。
お号作戦を遂行するにあたり、このアリススプリングスの大アヴラタワーの破壊は確実にこなさねばならなかった。
「上空に、敵機の反応なし!
対空電探と誘導担当である後席の重松中尉が報告した。アリススプリングスには飛行場があり、この戦う相手などいなさそうな大陸のド真ん中にも敵機が駐留している。……しかし、やはり敵が現れると思っていないのか、空中哨戒を行っている機体はなかった。
「油断しているのか……?」
「あるいは、ここに来るまでの電探に反応があれば、飛び上がってくる方式かもしれませんな」
重松の指摘に、そうかもしれないと大菅は納得した。この開けた大地の要所要所にレーダーを設置しておけば、確かにかなり早い段階で、敵機に反応できるかもしれない。
もっとも、異世界人の後方に対する手抜き防衛を考えると、そうしたレーダー設備が設置されているかと言われると疑問だった。
そもそもの話、アリススプリングスは大陸のほぼ中央。ここが襲われるよりも海岸線に近い大都市がいくつもあるから、最初に攻撃されるならそうした都市に近い拠点だろうと敵も考えているのだろう。
「よし、敵が気づいていない間に始末しよう」
遮蔽装置はきちんと働いている。このまま目標に接近して、仕事を終えることが彗星戦闘爆撃機の役割だ。
「
『了解!』
大菅が直接率いる第一小隊3機が突っ込む。最高速度に近い820キロの速度で加速する彗星。爆装は爆弾倉に収納しているため、空気抵抗の影響は機体のそれのみ。
レシプロ機を凌駕する高速で飛ぶ彗星とタワーとの距離がみるみる縮まる。近づくにつれて、その大きさがよりはっきりわかる。
高さおおよそ500メートルほど。山地の真ん中に建つそれは、遠くから見る限りは荒野の中の避雷針のようだが、近づけば恐るべき高層建築物である。
「タワーの障壁を確認!」
重松が叫ぶと、大菅は手元のスイッチを押す。
「爆弾倉、開く! 誘導弾、発射秒読み始め!」
「――3――2――1……投下!」
彗星の胴体から、転移型誘導弾が落とされる。爆弾倉がマ式収納庫なので、800キロ誘導弾が連続して発射される。
第一小隊3機が、誘導弾3発ずつ、計9発を放つ。オーストラリア無力化作戦のため、ということで、優先的に回してもらったなけなしの転移付き誘導弾である。
3機の彗星は誘導弾投下後、旋回して離脱行動にかかる。真っ直ぐ目標に誘導された誘導弾は、防御シールドで守られたことを想定されて調整された転移弾。適正距離で投下された誘導弾は、シールドの手前で転移し、すり抜けるとタワーに突き刺さり、爆発した。
第一小隊に続き、第二小隊の3機も続けて転移誘導弾を撃ち込む。攻撃を受けたカ所に集中した第二撃は、アヴラタワーから放出されるフィールドのエネルギー源を誘爆させ、火薬を詰められた容器のように内側から破裂、大爆発を起こした。
「タワーの破壊を確認!」
重松の報告に、大菅も振り返る。マクドネル山脈が噴火したかのような火の手が猛烈に噴き上がっていた。
「よし、作戦成功だ! 離脱するぞ!」
お号作戦の攻撃第一弾は成功。反撃の狼煙は上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます