第106話、逆襲の亡霊


 異世界帝国艦隊旗艦『アナリフミトス』の司令塔。突如飛来した新たな敵からの砲撃。方向は把握したものの、いまだその敵が何者でどこにいるのか掴めていない。


「挟み撃ちとでもいうのか……?」


 エアル大将は歯をむき出しにする。


 日本戦艦部隊とは、ほぼ真逆の方向から、こちらも3万5000メートル以上、いやひょっとしたら4万メートル先から砲撃されているのかもしれない。


「日本軍の、ヤマトとかいうヤツか!」


 トラック沖海戦で徹底的に叩き、しかし撃沈できなかったタフネス。メギストス級大型戦艦の装甲を抉る攻撃力を持つ戦艦といえば、それくらいではないか。


 ケイル参謀長は発言した。


「情報では、日本軍はヤマトクラスの二番艦を就役させています。しかし、まだ日本近海で訓練中で、この海域にはいないはずです」

「東南アジアの防衛のために、本土から急遽駆けつけたのではないか?」


 でなければ、この状況を説明できないだろう、とエアルは言う。……まさか転移魔法で『大和』がやってきたとは夢にも思っていない。


「提督、戦線が混乱しております。一度、態勢を整えるべく、後退すべきと具申いたします」


 ケイル参謀長が表情を崩さず冷静に告げた。


 確かに、日本軍の巡洋艦戦隊と水雷戦隊の突撃で、太平洋艦隊の巡洋艦以下の艦艇の損害が目立っている。

 さらに艦隊戦の中、航空隊を突っ込ませるという味方にも危険極まりない方法まで日本軍は用いてきた。なりふり構わず、巻き添えを恐れぬ蛮勇さである。それにより、戦艦群の被害も拡大している。


 ……そう考えるならば、訓練中の大和型二番艦すら戦場に向かわせたのも、無理もないかもしれない。


「うむ、仕切り直しだな。全艦に、戦域離脱を指令。日本艦隊へのトドメは次だ」


 多くの艦艇が損傷し、沈没艦もざっと見ても二桁に達するだろう。だが、日本艦隊にも同等か、それ以上のダメージを与えている――詳細を調べればまた違ってくるかもしれないが、少なくとも現時点でのエアルはそう判断した。


 後衛として上陸船団がいる。同等の被害であるならば、陸軍は作戦の継続を求めるだろう。船団の護衛戦力を借りて、日本軍にあたることもできるだろう。その時こそ、日本艦隊にトドメを刺すのだ。


 旗艦からの指令を受けて、太平洋艦隊残存艦艇は、艦首を東に向け、戦場離脱にかかった。向かってくる日本艦には砲撃を浴びせ、あるいは撒菱まきびしの如く、魚雷を放ち、追撃を断とうとした。


 そして日本艦隊もまた、艦隊集結のため離脱にかかり、戦闘が小康状態になりつつある中、エアル大将の耳にとんでもない報告が届くのである。


「閣下! 上陸船団護衛隊群より至急電です! 敵艦隊の襲撃を受け、各船団が半壊状態にあり! 大至急、救援を乞う!」

「何だとっ!?」


 これにはエアルも司令長官席から思わず立ち上がった。


 後方にいる陸軍戦闘軍団と、補給物資を満載した460隻もの輸送船団が攻撃を受け、しかも半壊。


 潜水艦による襲撃などではない、大規模な艦隊による攻撃である。しかし、日本軍の主力艦隊は、太平洋艦隊主力と戦っていたのではなかったのか……?



  ・  ・  ・



 異世界帝国の上陸船団は460隻の各種輸送船と、護衛空母30隻、駆逐艦110隻から編成されていた。


 しかしあまりに規模が大きいため、5つの船団グループを形成し、それに分かれていた。


 輸送船100隻グループが四つと、60隻がグループが一つ。グループ一つの護衛に、護衛空母6隻、駆逐艦22隻がいる。


 輸送船は進行方向に対して、100隻グループの場合、横20、縦に5という幅が広い形で並び、航行していた。60隻グループの場合は横12の縦5列である。


 護衛は、軽空母が船団後方に6隻が横一列に並び、その両側に駆逐艦が3隻ずつ。船団側面に、駆逐艦が5隻ずつ。そして前衛には偵察を兼ねた警戒艦が6隻である。


 この5つのグループは、第一、第二グループが横に並ぶ並列陣形を取り、その後ろに、それぞれ第三、第四グループが続き、第三グループの後ろに第五グループという形となっている。


 これらは速度10ノット前後の速度で、ゆっくりと東南アジア方面へと向かっていた。

 異世界帝国が用いる輸送船は、簡素かつ、安価な作りになっている。輸送量はあるが、武装は機関砲程度で、装甲はなく、航続距離は長いが最高速力も12、3ノットがせいぜいだった。


 異世界帝国太平洋艦隊が、日本艦隊と交戦したと聞いても、上陸部隊の指揮官である陸軍将校らは、微塵も不安を感じていなかった。


 どうせ、いつものように海軍が勝つのだろうと思っていた。彼らを護衛する海軍の駆逐艦乗りたちも、せいぜい潜水艦が襲撃してくる可能性がある程度しか考えていなかった。


 だが、そんな彼らを狙う者たちが潜んでいた。


 まず事件が起きたのは、第二グループだった。突然、複数の輸送船が海面に水柱を上げて、その船体を引き裂かれた。


 すわ潜水艦による雷撃か? 船団に緊張が走り、護衛艦艇が急行する。その間にも数隻の船が血祭りに上げられた。

 しかし、敵は発見されなかった。代わりに、多数の機雷が敷設してあった。


 機雷原に突っ込んでしまったのだ。


 だが船団の前を警戒している駆逐艦隊は、この機雷原に気づかなかった。それはおかしいのではないか? 船団が機雷原に突っ込む前に、前衛が発見し、注意を促すレベルである。


 しかも始末に悪いことに、機雷は潮に流されるように動き、船団にまとわりつき、次々に船に蝕雷、撃沈していった。大集団だったが故に、身動きが取れない――第二グループはパニックに陥った。


 機雷原の報告を受けて、第二グループの後ろからついてきていた第四グループは、一度停船を強いられた。どういうルートをとるべきか――南寄りに迂回するか、あるいは、第一、第三、第五グループの通過を待って、その後ろにつくか。


 そうこうしているうちに、今度は第一グループが、機雷原に捕まった。やはり前路警戒をすり抜けて、発見されないまま船団内に機雷が入り込み、輸送船の船底に大穴を開け、船体を引き裂き、海へと引きずり込んでいった。


 事ここに至り、後続の第三、第五グループも停止を余儀なくされた。


 日本軍の襲撃か、と警戒していた上陸船団の陸軍の指揮官たちは思ったが、機雷による妨害と聞き、拍子抜けした。


 とりあえず、迂回航路の策定を進めると共に、第一、第二グループは動けるように機雷を排除するように指示が出た。


 だがするすると流れる機雷は、機銃掃射を避けるように輸送船に吸い寄せられ――こうなると誘爆で船がやられるかもしれないので、迂闊に銃撃できない――思うように除去できないまま、結果的に機雷がぶつかり犠牲になる輸送船が相次いだ。


 日本海軍の魔技研製の誘導機雷に、船団が手を焼いている頃、第二の刺客が忍び寄っていた。


「攻撃用意」


 潜水戦艦『プリンツ・オイゲン』の艦橋。司令である武本権三郎、元海軍少将は蓄えた口髭を撫でた。


「全艦、砲・雷撃戦。浮上と共に、敵空母のケツを吹っ飛ばす!」


 亡霊たちは、浮上する。

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