第107話、亡霊たちは蘇る
オーストリア=ハンガリー帝国。1867年から1918年までにヨーロッパに存在した多民族国家にして、ハプスブルク帝国の一つ。
そして今は無き帝国。その亡国の海軍にテゲトフ級戦艦という弩級戦艦が存在した。
排水量2万トン。全長152メートル、全幅27.9メートル。機関27000馬力、20.4ノット。45口径30.5センチ三連装砲を四基十二門、15センチ単装砲十二門、6.6センチ単装砲十八門、53.3センチ水中魚雷発射管四門を備えた重武装艦だ。
その三番艦の名前は、『プリンツ・オイゲン』。その名はオーストリア軍の将軍、サヴォイア・カリニャーノ公子オイゲン・フランツ――プリンツ・オイゲンから取られた。
イタリア生まれの弩級戦艦『プリンツ・オイゲン』は、第一次世界大戦に参戦したが、戦後はフランスに賠償艦として引き渡され、標的艦としてトゥーロンに沈んだ。
それが1922年6月28日のこと。……それから20年――再生・改装され、潜水戦艦となった『プリンツ・オイゲン』は、太平洋に姿を現す。
「幽霊艦隊、浮上!」
武本権三郎少将の命令を受けて、幽霊艦隊第一部隊は、異世界帝国遠征軍の上陸船団、その最後尾である第五グループの背後、海面からマストを突き出し、その船体を次々に現した。
旗艦『プリンツ・オイゲン』。その右舷側には、第一次世界大戦後、戦利艦としてアメリカに引き渡され、標的艦として沈没したヘルゴラント級弩級戦艦『オストフリースラント』、そしてフランスに引き渡されたのち、標的艦としてロリアン沖で沈められ、解体半ばで放置された同型艦『テューリンゲン』。
旗艦の左舷側には、日露戦争時、旅順港閉塞作戦で、ロシアの機雷によって潜没した富士型戦艦二番艦『八島』、敷島型戦艦三番艦『初瀬』が波を蹴って浮上した。
「対艦誘導弾発射管、目標、敵空母、撃てぇい!」
当時の、全長が短い割に、幅が広い艦型。その両舷中央に装備された対艦誘導弾発射管から、白煙を引きながら一式対艦誘導弾が発射された。
『プリンツ・オイゲン』が両舷の発射管から2発ずつ、『オストフリースラント』『テューリンゲン』は右舷側八連装発射管から、やはり2発ずつ、『八島』『初瀬』も左舷側四連装発射管から2発ずつを放った。
狙いは船団のすぐ後ろに仲良く横一列に並んでいる異世界帝国ケリドーン型小型空母6隻。
艦艇側の魔力式誘導装置によって目標まで導かれた対艦誘導弾は、図ったように小型空母の船体中央の前後に一発ずつ着弾。飛行甲板を撃ち抜き、格納庫で大爆発を引き起こした。
瞬く間に轟沈、ないし大炎上する小型空母群。第五グループから航空機が飛び立つことは最早ない。
松明の如く洋上で燃える敵艦を、艦橋から見た武本少将は声を張り上げた。
「ようし、入れ食いだぞ! 船団に突撃じゃあ! 撃ちまくれ!」
5隻の潜水戦艦は、速度を上げる。
再生・改装の時点で、全艦が魔式機関に換装され、水中航行能力と、前世よりも高速力を獲得している。
ヘルゴラント級の2隻は12万馬力、水上30ノット。『プリンツ・オイゲン』は同12万馬力で30.6ノット。『八島』『初瀬』は8万馬力28ノットである。
主砲はヘルゴラント級が50口径30.5センチ三連装砲、オイゲンは50口径30.5センチ砲、ただし三連装砲から連装砲に改められている。
というのも、三連装砲は当時はかなり珍しく、砲弾の揚弾機の数が砲1門につき1基が基本なのに、重量軽減のため2基しか載せなかったことに原因がある。
つまり、急を要する射撃の場合、装填して即撃てるのが8門しかなく、全砲門をフルでぶっ放せるのが最初か、あるいは全部装填されるのを待つしかないというデメリットがあったのだ。
それならば、最初から連装砲にしたほうが早いということになったというのが、幽霊艦隊版『プリンツ・オイゲン』である。
ともあれ、幽霊艦隊の弩級戦艦群は、30.5センチ砲を装甲が皆無に等しい敵輸送船団にドンドン撃ち込んだ。
最高速力13ノット程度、しかし先頭が動かなければ後ろも速度を出せないという密集状態。巡航の10ノットでノロノロ走る輸送船は、幽霊艦隊の的となっていく。
『八島』と『初瀬』は45口径30.5センチ連装砲を振りかざし、12.7センチ単装速射両用砲も動員して、敵輸送船の列を併走しながら砲撃を浴びせる。
第五グループの護衛についている敵駆逐艦は、船団内に入り込んだ幽霊艦隊に手が出しにくい。周りは圧倒的に輸送船が多く、迂闊な射撃は誤射に繋がるからだ。
だが幽霊艦隊からしたら、味方の位置さえ気をつければ、後は敵だらけなので、遠慮無用で発砲した。
巡洋艦級さえ打ち砕く30.5センチ砲である。駆逐艦では直撃したらただでは済まず、また至近弾でも船体に大きなダメージを受けた。
「司令! 他の攻撃部隊も、敵船団と護衛艦隊に攻撃を開始した模様です」
艦長の報告に、武本少将はニヤリとした。
「大いに結構」
幽霊艦隊は、潜水戦艦だけではないのだ。
・ ・ ・
ABDA艦隊。異世界帝国による東南アジア侵攻に対抗し、当地に植民地を持つアメリカ、イギリス、オランダ、そしてオーストラリア残存軍を集めた多国籍軍である。
しかし、異世界帝国の侵攻により、ABDA艦隊は、ジャワ沖で航空攻撃を受けて壊滅した。
その後、異世界人の艦隊は、シンガポールへ向かい、英東洋艦隊を撃破。しばらくして、ジャワ沖で沈めた地球軍の艦艇をサルベージをしたが、回収できた数は半分もなかった。
何故ならば、すでに先に持ち去っていた者たちがいたからだ。
魔技研系秘密組織によって、密かに回収、準備されていた幽霊艦隊――ABDAの亡霊たちは、自分たちを沈めた敵への逆襲を開始した。
CV-1ラングレー。アメリカ海軍最初の航空母艦にして、異世界帝国出現時にはすでに旧式化しており、水上機母艦に改装された艦。アジア艦隊に所属していたが、異世界帝国の空爆で撃沈された。
だが幽霊艦隊によって、密閉型の空母として再改造され、基準排水量1万2000トン、全長165メートルほどの小兵ながら、復活を果たした。
武本重工製二式水上偵察機の艦上機型、二式艦上攻撃機16機が、空母『ラングレー』から発艦。
遮蔽装置を積んだ二式水上偵察機と同様、二式艦上攻撃機もまた姿を隠して、異世界帝国輸送船団へと飛行。小隊ごとに分かれて、敵第一から第四までのグループに接近、船団の対空警戒をあっさりと突破した。
そして1個小隊4機の二式艦攻は、護衛についている小型空母に猛然と襲いかかった。懸架してきた対艦大型誘導弾を発射。敵の不意を突き、その飛行甲板を、駐機していた敵艦載機ごと吹き飛ばす。
まず4隻の小型空母から発着艦能力を奪うと、攻撃小隊は、残る2隻の小型空母の始末にかかる。
翼下に積んでいる小型ロケット弾を、空母の飛行甲板に叩きつけて、やはり敵機ごと爆撃、瞬く間に火の海へと変えた。
『我、奇襲に成功せり!』
遮蔽に隠れた幽霊航空隊の奇襲は、異世界帝国のエアカバーを完全に喪失させた。
待ち伏せしていた幽霊艦隊は、次々に遮蔽を解き、もしくは海底から浮上して、輸送船団とその護衛駆逐艦に襲いかかった。
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