第76話、遠距離砲戦、用意


 第三艦隊の放った攻撃隊は、異世界帝国東洋艦隊を叩いた。


 その主力艦艇はことごとく撃沈ないし航行不能となり、かろうじて脱出したわずかな艦も、第一艦隊は捕捉した。


『偵察機より入電。敵旗艦級戦艦1、戦艦1、重巡2、軽巡2、駆逐艦3。南南西に向けて航行中。速度17ノット』


 連合艦隊旗艦、戦艦『土佐』の司令塔。山本五十六大将は口を開いた。


「それで全てか。小沢君は、見事に敵東洋艦隊の主力を仕留めたようだ」


 後詰めとして、マニラ湾に急行していた第一艦隊ではあるが、もっと多く敵艦が残る可能性も想定されていた。


 黒島先任参謀が頷いた。


「やはり、空母の戦力集中は図に当たりましたな。500以上の航空機をぶつければ、いかな敵艦隊といえど、ひとたまりもありません」

「これでもし、一個航空戦隊を引き抜かれていたら――」 


 三和作戦参謀が真顔になる。


「もっと多くの敵が空襲を潜り抜けていたでしょう」


 軍令部は、マリアナ諸島の空襲のために、一個戦隊を割けないかと、連合艦隊に打診してきた。現場の小沢中将らは猛反対し、軍令部もあっさり引き下がったが、直轄部隊――魔技研の第九艦隊が、その任を引き受けた。


 決して艦載機の数には恵まれていないものの、特設空母や練習空母まで引っ張り出して、見事マリアナ諸島空襲を成功させたらしい。


 ――こちらも上手くやらねばな。


 山本は独りごちる。


 東洋艦隊残党は、小沢艦隊による空爆により痛手を受けているようで、戦艦、巡洋艦が大きく煙をなびかせている。


 一度こちらが砲撃戦を仕掛ければ、確実にトドメを刺すことができるだろう。


「手負いとはいえ、敵には大和型に匹敵する大型戦艦がいる。沈められるうちに沈めねばならない」


 山本が言えば、宇垣参謀長は首肯した。


「ここで手早く片付けて、南方作戦の遂行、そして東南アジアへ来るだろう敵太平洋艦隊に備えましょう」


 そう、被害は最小にせねばならない。フィリピン方面は第一艦隊と第三艦隊。仏印南部とマレーへ上陸する陸軍には、南雲中将の第二艦隊が護衛についている。


 陸軍を支援しつつ、速やかに南方作戦を進めて、東からの敵に備えて、戦力を温存しなくてはならないのだ。


「敵は数が少ない。一気に叩くぞ」


 戦艦『土佐』、僚艦『天城』が29ノットの速力を以て、退避する敵艦隊へと接近を試みる。


 追いかける第一艦隊、その砲戦部隊の編成は――


第一戦隊:「土佐」(旗艦)「天城」

第二戦隊:「薩摩」「安芸」「常陸」「磐城」

第三戦隊:「比叡」


・第一水雷戦隊:「鬼怒」

第六駆逐隊:「暁」「響」「雷」「電」

第二十一駆逐隊:「初霜」「若葉」「有明」「夕暮」

第二十四駆逐隊:「海風」「江風」「五月雨」

第二十七駆逐隊:「白露」「時雨」「夕立」


 戦艦7、軽巡1、駆逐艦14である。


 この後方に空母『瑞鳳』『祥鳳』、水上機母艦『千歳』『千代田』と、第三水雷戦隊が追尾しているが、これらは今回の砲戦では出番はないだろう。


 第一艦隊の戦艦7隻は、単縦陣を形成。全戦艦が、最高速度29ノットを出せる高速戦艦であり、20ノットも出ていない敵艦隊との距離が縮まっていく。


『弾着観測機、発進!』


 各戦艦のカタパルトより零式水上観測機が飛び立つ。砲戦における弾着観測を主任務としていて、複葉機でフロート付きながら、軽快な運動性を誇る機体だ。


「報告! 『安芸』、『常陸』搭載の零観にトラブルがあり、予備機を準備中とのこと!」


 飛び込んできた報告に、参謀たちは白けた表情を浮かべた。無理もない、と宇垣は思う。いざ砲戦という段階になって、弾着観測機が飛べないなどというのは。

 しかも敵航空機はなく、制空権下の戦闘と絶好の観測機日和というのに。


「昨晩までの嵐の影響でしょうか」

「だろうな。機体は野晒しに近いからな」


 山本も仕方ないという顔になる。一応、保護シートはかけられていたとはいえ、昨日までの雨、風は猛烈そのもの。近くを航行していた駆逐艦の姿が見えなくなるほど激しかった。


「まあ、飛ばせた機もある。数ではこちらが優勢だ。このままやる」


 攻撃目標の指定が発令される。距離3万5000で砲撃開始。目標は、『土佐』『天城』『薩摩』『磐城』は、敵旗艦級戦艦。『安芸』『常陸』は、大破、炎上している敵戦艦を狙う。


 遠距離砲戦だ。


 一方、『比叡』と一水戦の半分は、突撃し、敵巡洋艦以下を撃破。残り半分は、戦艦群の護衛につく。


『土佐』に続く5隻の戦艦は、45口径41センチ砲を4隻、45口径38センチ砲を2隻が装備する。


 その主砲最大射程は前者が約3万8000メートル。後者が約3万5500メートルと、こちらはまさにギリギリだ。


 そして最大射程というのは、まず当たらない。散布界という、砲弾がバラけて落ちる範囲が拡大し、命中率が落ちる。ただでさえ、戦艦側からは距離があり過ぎて、どこに落ちたのか正確に測れないとなれば、当たりはずがないのだ。


 それを補うのが、上空を飛ぶ観測機であるが、そもそも目標を狙っても、砲弾が広範囲に散ってしまってはしょうがない。


 が、日本海軍には、砲弾の弾着をある程度コントロールする術があった。魔技研が研究し、能力者が砲弾の弾道を修正することで、空中でのバラつきを抑えて、目標に集中させる。


 そして第一艦隊の戦艦には、弾着を制御する能力者が配属されていた。


「正木大尉は、3万5000で、敵戦艦を初斉射で撃沈した」


 山本は呟く。トラック沖海戦後の撤退戦で、救援に駆けつけた『土佐』『天城』が、異世界帝国の戦艦を血祭りに上げたのを目撃している。その時、砲弾を敵艦に集中、命中させたのが、能力者である正木初子であった。


 宇垣も口を開いた。


「正木大尉は別格と聞いています。しかし、彼女には劣るとはいえ、こちらに配属されている能力者も優秀だと聞きます」

「うむ、お手並み拝見だな」


 戦艦群の主砲が、それぞれの目標に指向する。仰角も最大に近いほど持ち上げられ、砲口が宙を睨む。


「主砲、射撃よーい、よし!」

「長官、砲撃準備、完了しました」


 艦長である武田勇大佐が報告した。今年4月のトラック沖海戦で、『大和』の他に唯一生還した戦艦『伊勢』の艦長だった人物である。


 山本は顎を引いた。


「撃ち方はじめ!」

「うちー方はじめ!」


 戦艦『土佐』、41センチ砲が豪砲一発、噴煙を残して砲弾を撃ち出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る