第77話、第一艦隊 VS 異世界帝国東洋艦隊


 マニラ湾を出た異世界帝国の東洋艦隊。逃げる彼らの前に現れて追撃するは、日本海軍第一艦隊。


 戦艦七隻を有する第一艦隊のうち『比叡』を除く六隻は、その砲戦射程距離のギリギリともいうべき、3万5000メートルの位置から、その主砲を発射した。


 射程距離内。一応届くというだけで、当たるとは言っていない遠距離砲戦。

 日本戦艦特有の背の高い艦橋、その一番高い位置にある射撃指揮所からでも、正確に測るのは困難という距離である。


 しかし空を飛んでいる零式観測機からは、放たれた砲弾がどこに落ちたのかは丸見えである。自分の所属する艦の砲弾が、狙った敵艦に対して、どこに落ちたのか、それを報告し、修正を助けるのが、観測機の仕事である。


 が、今の日本海軍の戦艦に割り当てられた観測機には、魔技研で訓練された砲弾軌道修正手というべき、能力者たちが搭乗していた。


 あからさまに外れそうな砲弾の軌道を、魔法をぶつけて調整。砲弾軌道に干渉する力に加えて、ある程度、先読みや予想の力も必要と、能力者にも高いレベルを求める。


 しかし、その効果は、あるとなしでは雲泥の差である。


 第一艦隊戦艦『土佐』『天城』『薩摩』『磐城』の放った砲弾は、異世界帝国旗艦級戦艦――『メギストス』の周りに水柱が立ち上らせた。


『観測機より入電。「土佐」の第一射、目標を夾叉きょうさせり!』


 おおっ、と艦橋にどよめきが起こった。


 着弾の水柱が、敵艦を囲んだ。つまり、今の照準は適正だったということになる。当たらないだろう距離で、一発目からいきなり正確な砲撃を行えたことへの驚きの声だった。


 しかしこれを夾叉と聞いても、山本も宇垣も表情ひとつ変えなかった。


「弾道修正されていて、夾叉も何もない」

「能力者の存在で、夾叉はしても、本当に正確かどうかは別になりましたからね」


 案の定、観測機から、仰角を1上げろと修正指示がきた。訝る者もいるが、砲術の教育を受けていた山本も宇垣もすぐに理解した。


 今の第一射は、敵艦に対して手前、すなわち近弾だったと。能力者が砲弾の軌道を制御したことで、夾叉に持っていったということだ。


「初弾夾叉は、及第点というべきかな」

「やはり、正木大尉は飛び抜けて優秀ですな。彼女なら、今ので何発か直撃させていましたから」


 トラック沖海戦後の、『土佐』と『天城』の恐るべき射撃精度を目の当たりにした二人である。


「次は神明に掛け合って、正木大尉に砲術を任せるべきかと」

「うむ……」


 それだけ魅力的な能力ということである。そうこう言っているうちに、ブザーがなり、第二射が放たれた。窓をビリビリと主砲発射の衝撃が揺らしたが、『大和』の46センチ砲の衝撃を知る人間からすると、41センチ砲は軽く感じられる。


「魔技研は、『大和』をどう改造するのだろう」


 山本はそんなことを言った。遠距離砲戦となると、着弾まで時間が掛かる。主砲では新たな砲弾の装填作業が行われているが、司令塔では、さながら観戦しているようなのんびり感があった。

 ここで他の敵艦が突撃しているとか、敵の砲撃が激しいから、艦隊をどう動かすのが最適かなど、判断を強いられていれば話は別ではあるが……。


「魔技研の提出資料は、あれで全部ではないでしょうから」


 宇垣は首を傾けた。


「とんでもない機能を持たされるんじゃないでしょうか。潜水機能とか」

「にわかには信じられないが、ブリタニック号を潜水艦にしてしまったらしいな」


 山本は苦笑した。イギリスのオーシャンライナー『ブリタニック号』を、魔技研は『鰤谷ぶりたに丸』に改造してしまった。排水量5万トンを超え、全長は大和型戦艦にも匹敵する大型船である。


「まあ、間違っても空を飛んだりはしないだろうが」


 山本の言葉に、宇垣は「まさか」と首を横に振った。それはない。


「ちょっと聞いてみるか」


 山本はそう言うと、司令塔の端に佇んでいる一人の佐官を見ると、彼を手招きした。呼ばれたのは、情報参謀の諏訪すわ将治まさはる中佐だった。


 魔技研のある九頭島出身の佐官である。魔技研技術はもちろん、魔法関係に詳しい男である。魔法装備で困ったら、彼に聞け、というわけで連合艦隊で情報参謀を務めている。


『だんちゃーく、今!』


 ちょうど『土佐』の第二射が、敵旗艦級戦艦に着弾した。水柱複数と、命中の爆発。しかし――


『観測機より入電。ただいまの斉射、2発敵艦に命中するも、障壁とおぼしき防御によって阻まれ、敵艦は無傷!』

「なんだと……!?」


 司令塔がざわめいた。効かなかった、とは――


「馬鹿な! 最大射程近くの砲弾だ。水平甲板への貫通力も、ほぼ最大の威力だったはず。それが通らないだと!?」


 土佐型の45口径41センチ砲は、大和型を除けば、日本海軍艦砲の中で最強の威力を持つ。それがまったく効かないというのでは、敵旗艦を撃沈できない。


「『大和』の46センチ砲でなければ、通用しないというのか……!」

「……よろしいでしょうか?」


 諏訪情報参謀が、発言を求めた。山本は頷く。


「何だね?」

「砲弾が弾かれたのは、敵艦の装甲ではなく、障壁らしいとのことでした。魔力式の防御魔法、結界の類いは、魔力を消費しますので、一発や二発効かない程度で諦めず、障壁が破れるまで撃ち続けるべきです」

「撃ち続ければ、いずれ破れると?」

「はい」


 大人しそうに見えて、真っ直ぐな表情で断言した。山本は相好を崩す。


「よろしい。では根気勝負といこうじゃないか。……艦長、射撃続行だ。撃ち続けよ」


 一時は走った動揺もすぐに収まった。第一艦隊戦艦群は砲撃を続ける。


 その頃になって敵旗艦も、自慢の主砲を発砲。反撃してきたが、第一艦隊を掠めることなく、遠くに着弾する。やはり遠距離砲戦が難しいのは、異世界帝国も変わらない。


 能力者の弾着修正を受けた日本戦艦の砲撃が、次々に『メギストス』に降り注ぐ。水柱の数より、障壁に命中する数が増えてきたように見える。


 しかしそれでも十何発もの砲弾の直撃にも耐える敵の障壁。


 本当に効いているのか?


 連合艦隊参謀たちも疑問に思い始めた頃、ついに敵戦艦にバッと爆発の炎と煙が見えた。


 砲弾が障壁を抜けたのだ。着弾による被害、そして煙が吹き出した。こうなれば、俄然、日本軍側に勢いが傾く。


 すでに大破していた敵の僚艦は、弾着観測機を飛ばすことができた『安芸』『常陸』の砲撃により波間に消えつつあり、前進した『比叡』と第一水雷戦隊は、敵護衛艦を排除しつつあった。


 敵東洋艦隊旗艦『メギストス』の運命もまた、風前の灯火となっていた。

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