第78話、重防御戦艦


 日本海軍第一艦隊の戦艦六隻の砲撃が、異世界帝国の超戦艦『メギストス』を狙う。


 一方で『メギストス』もまた、主砲である50口径43センチ四連装砲を振り向け、応戦する。


 足を引っ張っていた僚艦が軒並み沈んだことで、『メギストス』は速力を最大の29ノットに上げた。


 しかし、魔技研によって再生された六隻の戦艦も、機関の強化により30ノット前後の高速艦である。引き離されることなく、砲弾のやり取りは続いた。


 戦艦『土佐』『天城』が41センチ砲10門ずつ。旧薩摩・旧安芸の合成戦艦『薩摩』、旧コロラド級ワシントン改装の『安芸』が41センチ砲8門ずつ。41センチ砲の合計36門。


 そして、バイエルン級戦艦改装の『常陸』『磐城』が38センチ砲8門ずつの計16門。


 対する『メギストス』が43センチ砲16門で撃ち合う。


 弾着観測機を有する日本戦艦は、次々にメギストス級の艦体に砲弾を集める。

 だが耐43センチ砲防御の厚い装甲は強固である。特に主砲塔や機関周囲の装甲は分厚く、41センチ砲弾の直撃も跳ね返す。


「中々沈みませんな」


 戦艦『土佐』の司令塔で、宇垣参謀長は呟いた。


「ここまでくると、41センチ砲弾では、敵のバイタルパートは貫けないかもしれません」


 すでに十数発が、『メギストス』に命中しているはずだった。


 距離3万5000メートルの遠距離砲戦。お互いの砲弾は横合いから来る垂直装甲よりも、上面などの甲板、水平装甲に当たる率が高い。そして遠距離であるほど真上から当たりやすくなるため、斜めで当たるよりも貫通しやすくなる。


 だが、それでも抜けないとなると、遠距離から水平装甲を抜くのは諦めたほうがよいだろう。


 そうなると――


「距離を詰めて、垂直装甲を抜くしかないか」


 山本は口元を引き結んだ。


 だがそれはリスクがある。近づけば、当てやすくなる反面、こちらも当てられやすくなるのだ。


 特に主砲の大きさが上回る相手の場合、一発当てられただけでも大きな被害をもらいやすい。


 戦艦とは、一定範囲において、自艦の搭載する主砲の攻撃に耐えられる装甲を装備しているものだ。つまり、自分よりランクの上の砲を持つ相手の攻撃は、装甲が耐えられず抜かれてしまう率が高くなるのだ。


 もっとも現時点でも、敵の遠距離砲弾が直撃すれば、こちらの上面装甲を抜かれて誘爆、轟沈の危険はあった。

 敵の43センチ砲弾の貫通力に対して、ここにいる六隻の戦艦の水平装甲は、おそらく抜かれる。


 だが、日本軍にとって幸いなのは、敵は弾着観測が使えず、狙ってもほぼ当たらないことか。今のところ、敵の砲弾は、どの戦艦も掠りもしておらず、空しく水柱を上げるばかりだ。


 まぐれ当たりのラッキーヒットでもない限り、『メギストス』の砲撃は当たらない。


「ですが、近づけば、まぐれ当たりの可能性も高くなります」


 トドメを刺したいが、迂闊に近づいて一発で返り討ちは、悪夢以外の何ものでもない。


「もう少し、粘ってみますか?」


 宇垣は言った。


「敵の命中精度は相変わらずですし、バイタルパートを抜けずとも、それ以外の部分で被害を与えております」


 そうなのだ。『メギストス』は未だ砲撃を続けているが、その艦体は炎上し、黒煙を大量に吐き出している。


 おそらく艦橋構造物も電探や通信設備、測距装置なども被害が出ているだろうし、副砲や高角砲もほとんどが潰れているに違いない。


 だが司令塔、砲塔や弾薬庫、機関部など重要区画は健在。まだまだ砲撃を繰り返し、その衝撃で、煙が一時的に晴れたりしている。


「ん……?」


 山本は片方の眉を吊り上げた。


「敵の主砲が、一基、沈黙したか?」


 四連装砲を四基装備する敵旗艦だが、その砲撃も衰えつつあった。


 各砲塔が個別に撃っているのは、統制射撃が不可能になっているからだろう。メインの測距装置が壊れたか、射撃指揮所を潰したのかもしれない。


 そして今、最後尾の四番砲塔が、先ほどから沈黙しているように見えた。


「こちらの砲撃で電路をやられたか、もしかしたら被弾の衝撃でバーベットが歪んだかもしれません」

「このまま、撃ち続ければ――」


 戦闘不能に追いやれるのではないか? 山本は思った。遠距離砲戦に徹したおかげで、完全なワンサイドゲーム。無傷の勝利も見えている。


「長官」


 三和作戦参謀が発言した。


「突撃している一水戦の雷撃でトドメを刺しましょう。砲弾の残数の事もありますし、南方作戦で、まだ戦艦の火力が必要になることもあるかもしれません」

「……そうだな」


 無傷の勝利とはいえ、南方作戦という大計画においては、ほんの序章に過ぎない。敵東洋艦隊は最大の障害だったとはいえ、これを倒したらおしまいということもないのだ。


 ――もし、敵旗艦を無力化できたら、あれを捕獲したかったのだが。


 本土に持ち帰り、敵に関する研究素材になっただろうし、魔技研に協力を頼めば、あれを改装して、日本海軍の戦力に組み込めるかもしれない。


 41センチ砲弾を滅多打ちにされて、なお沈まない大型戦艦だ。活用方法は色々あるはずだ。


「長官、敵大戦艦が――!」


 宇垣の声に、山本は視線を、遥か彼方――『メギストス』へ向けた。



  ・  ・  ・



「……もはや、これまで、か」


 ムンドゥス帝国東洋艦隊司令長官、メトポロン大将は肩からの出血を手を押さえながら、司令長官席に身を沈めた。


 司令塔内部は、爆発によって破損、炎上し、ヴェガス参謀長以下スタッフが死傷した。


 艦橋トップが破壊され、主砲は砲塔側で各個反撃を繰り返すが、そんなものは当たらない。


 重要区画の装甲は、日本戦艦の砲弾をことごとく弾いたが、非装甲部分や、軽度の装甲部分は貫かれ、破壊されており、艦内には火災もしくは浸水に見舞われていた。


 速度は低下し、主砲もデルタ砲――四番砲が旋回不能となり、その後、ガンマ――三番砲も沈黙した。


 艦が揺れた。すでに耳は半分いかれている。敵戦艦の砲弾は、なお『メギストス』を叩き続けている。


「どうしてこうなった……」


 昨日までは、まるで想像していなかった結末。精強なる東洋艦隊が、一方的に叩かれ、滅する。たちの悪い夢だと思った。


 そして、最後の時はきた。


 火災が弾薬庫にまでおよび、多数の43センチ砲弾が誘爆したのだ。


 天まで届くかと思えるほどの噴煙が起きた。ムンドゥス帝国の誇る大型戦艦は、後部三番砲弾薬庫から真っ二つに折れた。爆発の炎が艦内部を駆け巡り、生存者も死体も等しく焼き払う。


 そして、あっという間に巨大戦艦は波間へと身を沈めたのであった。

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