第75話、炎上、キャビテ軍港
フィリピン、ルソン島の西をマニラに向かって突き進む日本艦隊があった。
山本五十六連合艦隊司令長官率いる第一艦隊である。
その戦力は戦艦7、小型空母2、水上機母艦2、軽巡洋艦2、駆逐艦32隻からなる。
南方作戦において、初手、空母機動部隊である第三艦隊のマニラ、キャビテ軍港の空襲から始まる。
その目的は、敵東洋艦隊撃滅である。
が、万が一、その攻撃で敵艦隊を倒しきれなかった場合、あるいは天候不順で航空隊が使用できない場合、第一艦隊はキャビテ軍港へ殴り込みをかける算段となっていた。
先日までの嵐の影響で、第三艦隊による空襲が不可能になる可能性が出てきたため、第一艦隊は夜にうちに速度を上げて、マニラへと急いだ。
結果、早朝にはマニラ湾にかなり近づいていたのである。そして異世界帝国の偵察機に発見された。
異世界帝国東洋艦隊司令部は、思いのほか近くに日本軍が現れ、困惑していた。
艦隊はただちに出港を開始したが、そこへ第三艦隊から飛来した約550機の艦載機の空襲がキャビテ軍港を襲った。
マニラ近郊の飛行場から迎撃機が上がったが、その数は多いとは言えなかった。日本軍がキャビテ一点のみを攻撃するとは思えず、自分たちの飛行場にも空襲があった場合に備えて、手元にある程度の戦闘機を残したからである。
結果、約120機の直掩の零戦機と、各個にぶつかることになり、その攻撃を阻むことはできなかった。
多数の九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機がキャビテ軍港上空に殺到し、順次出港を始めている東洋艦隊に襲いかかった。
無誘導ロケット弾や通常爆弾を搭載した艦爆が、小隊ごとに分かれて、それぞれ手頃な標的に接近。
誘導弾を搭載した艦爆、そして艦上攻撃機が、距離を取って対艦誘導弾を発射。機体に搭乗する偵察員が、誘導眼鏡でそれぞれ標的を視認し、誘導弾を導く。
さらに誘導魚雷を懸架してきた九七式艦攻は、海面近くまで降下すると、敵戦艦や重巡洋艦などの大型艦艇を雷撃した。
初撃の時点では、対空砲火はまばらだった。配置についた敵兵が、機関砲や対空光弾砲で反撃を始める。
しかし、装甲など無きに等しかった日本機も、魔法防弾を標準装備したことで、その防御性能は大きく向上している。
一発や二発の直撃には、機体が揺れる程度。特に一直線に突進することで、光弾に狙い撃ちにされていた艦攻や艦爆が、一撃で落ちなくなったのは大きい。
さすがに数発も食らえば、防御を抜けて撃墜される機体も出たが、その生存性は、魔法防弾あるなしでは雲泥の差だった。
飛来した誘導弾に、飛行甲板を撃ち抜かれて爆発。艦載機展開準備中の飛行甲板や格納庫で、爆発は爆発を呼び、あっという間に地獄絵図と化す。
戦艦や巡洋艦にも、ロケット弾や爆弾が降り注ぎ、艦橋基部が破壊されたり、対空銃座や砲が叩き割られるなどが相次いだ。
動き始めた艦でさえ、誘導弾が容赦なく突き刺さったのだから、順番待ちで動けない艦は格好の的だった。
250キロ爆弾、800キロ誘導弾、誘導航空魚雷が、次々に異世界帝国艦に突き刺さり、爆発と煙を立ち上らせる。
そしてそれは、東洋艦隊旗艦『メギストス』にも迫る。対空砲火が、頭上の日本機を襲い、数弾ヒットを与えた機体が粉微塵に吹き飛ぶ。
しかし、司令長官メトポロン大将が思ったほどには撃墜していない。
「日本機は、もっと脆かったはずだが……?」
東南アジア一帯への侵攻。現地の防衛戦力との戦いや、仏印での日本陸海軍機との交戦レポート。それらでは命中させればすぐに火を吹くなどと書かれていたが。
「新型だと言うのか……?」
「いえ、あれは間違いなく、タイプ99とタイプ97です」
ヴェガス参謀長が双眼鏡を覗き込む。
「しかし防弾性能を強化した改良型かもしれません」
「敵飛翔兵器、接近!」
見張り員の絶叫。メギストス級大型戦艦に迫る誘導兵器。すでに数発が艦体に命中しており、中央対空砲にも被害が出ている。
光弾が当たれば落とせるのだが、標的が小さく、中々撃墜は難しい。
「防御シールドを展開しろ」
メトポロンが命ずると、ヴェガスが目を剥いた。
「提督、まだ本艦は停泊中です! ここでシールドを展開したら――」
「緊急事態だ! 艦長!」
メトポロンが怒鳴り、それを聞いた艦長が担当クルーに叫んだ。
「防御シールド、展開! 急げ!」
魔力的防御シールドの展開。全長290メートルのメギストス級の周囲に青い光の膜が展開された。それは海面を少し吹き飛ばし、隣に停泊していたオリクト級主力戦艦が、防御シールドによって横っ面を突っ張られるように浮かび上がり、横倒しになって軍港施設に激突した。
「ああ……」
ヴェガスは何とも言えない顔になる。防御シールドは物理攻撃をシャットアウトする光の壁。その壁に触れれば衝突もするし、今のように5万5000トン級戦艦すらも弾いてしまう。
艦隊停泊時は、隣接する艦艇をも巻き込むので、緊急時以外は使用が禁止されている。……その緊急時だと、メトポロンは判断したわけだが、たとえそうでも、使用するのは望ましくないとなっている。
「敵弾、シールドが阻止!」
見張り員の報告に、メトポロンは口元を緩めた。
「そうだ。地球人の攻撃など、このシールドの前には無力!」
日本機の攻撃は続く。メトポロンは「出港!」を連呼し、ドンドン動ける艦艇を押し出し、自身の旗艦もマニラ湾の出口へと向かわせた。
そんな移動する東洋艦隊艦艇は、陣形もなにもなく、ひたすら動くが、日本機の雷撃や爆撃を受け続け、脱落、沈没が相次いだ。
防御シールドは、旗艦級を始め、一部の艦艇しか装備されておらず、『メギストス』は最初の被弾以後は、損傷なしで潜り抜けたが、その他の艦艇はそうはいかなかった。
自慢の東洋艦隊の多くの艦艇が、脱出できなかったのは、旗艦の司令塔からでもよく見えた。
「報告を」
「本艦を除き、戦艦1、重巡2、軽巡2、駆逐艦3が港外に脱出。空母は全滅、その他艦艇も撃沈ないし行動不能にあると思います
「……」
戦艦9、空母7、巡洋艦15、駆逐艦30が、キャビテ軍港含むマニラ湾に駐留していた。それがわずか9隻にまで減ってしまった。メトポロンの表情は苦り切っている。
フィリピン方面の各飛行場の兵力が充分ならば――しかし現実は、東南アジア一帯の航空部隊は、マレー方面での戦いに集中していた。
「取りあえず、セレター軍港に、インド洋から引き抜いた艦隊がおりますので、それと合流を目指します」
ヴェガスは言ったが、メトポロンは首を振った。
「忘れたか、参謀長。日本の艦隊がこちらに迫っている。連中が我々を見逃すとは思えない」
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