第74話、攻撃隊、発艦せよ


 8月8日、間もなく夜が明ける。


 ルソン海峡を通過した日本海軍第三艦隊は、昨日まで降り続いた大雨をようやく抜けた。


「攻撃隊、発艦用意!」


 第三艦隊、十一隻の空母の飛行甲板に次々に艦載機が並べられていく。


 四つの航空戦隊と防空巡洋艦戦隊二個と、第十戦隊からなる第三艦隊。


 その主力となる空母戦隊は、第一航空戦隊が、小沢中将が率いる『瑞鶴』『翔鶴』『黒鷹』(旧『石見』とボロジノ級戦艦の合成空母)。


 第二航空戦隊は『蒼龍』を旗艦に、『紅鷹』(旧モルトケ)『瑞鷹』(旧ザイドリッツ)の三隻。


 第三航空戦隊は、『翠鷹』(旧デアフリンガー)、『蒼鷹』(旧ヒルデンブルク)、『白鷹』(旧フォン・デア・タン)。


 第五航空戦隊は、戦線復帰した『赤城』『加賀』の二隻となっている。


 一時は旗艦を『赤城』に戻すか、第三艦隊司令部でも話題に上がったが、復帰順に訓練に加わっていったため、その搭載する艦載機パイロットたちの熟練具合も鑑み、『瑞鶴』を旗艦のままとした。


 その旗艦『瑞鶴』の艦橋で、小沢中将は草鹿参謀長に皮肉げな顔を向けた。


「雨は上がったな」

「そうですね。どうやら作戦通りに事が運びそうです」


 草鹿は視線を空へと向けた。


「ここからは、いつ敵に捕捉されるかわかりません。攻撃隊も、完全なる奇襲は無理かもしれません」

「なあに、その時は数の力で押し切るだけのこと。そのための十一隻の艦隊型空母の集中投入だ」


 小沢はニヤリとした。


「君の剣術と同じだ。一撃の重さで、バッサリだよ」


 草鹿は剣術の達人として知られる。小沢も柔道をかじっていて、気を利かせたが、草鹿は曖昧な表情を浮かべるだけだった。


 なるほどね、と小沢は思った。何とも物静かな印象を受ける。正直、積極性には欠けるきらいはある。だがどんな時も落ち着き払い、肝は据わっている。


 小沢の海軍兵学校の同期である草鹿任一から話は聞いていたが、何とも不思議な男である。物事を深く考えていないように見えて、これで任一が言うには頭はいいらしい。ちなみに草鹿任一は、草鹿龍之介の従兄の関係だったりする。


「先制だ。とにかく先制あるのみだ」


 小沢は、敵より先に動き、敵より先に攻撃するを信条としている。これは航空に傾く前、水雷屋だった頃からの彼の考えだったりする。


 というより、航空に移ったのも、魚雷より飛行機のほうが早いから、というのが根底にはあるのかもしれない。


「同意します、長官」


 草鹿は頷いた。一撃でケリをつける。そのための集中、最大の攻撃をぶつけるという考えは、敵に反撃されることなく倒すという観点からも、大いに頷けた。


 やがて、東の空が明るくなってきた。


 各空母の飛行甲板には、びっしりと航空機が並べられる。零戦二一改、九九式艦上爆撃機改、九七式艦上攻撃機改――いずれも魔技研の魔法防弾を装備した以外は、特に変化がないため、型式はそのままである。


 発動機が音を立てて、騒音に満たされる。空母は風に向かって速度を上げた。だがそれを差し引いても、甲板に機体を並べ過ぎである。普通ならいくら高速空母でも飛行機が発艦できないほどだった。


 しかしそれを気にする必要がないのは、やはり魔技研が装備させた魔式射出レールである。各空母三本ずつ装備されたカタパルトレールの上に、航空機は乗っている。


 やがて、その時はきた。


『発艦始め!』


 先頭に配置された零戦が魔式カタパルトに打ち出され、戦闘機隊に続き、艦上爆撃機、艦上攻撃機の順で飛び立つ。


 小沢は呟いた。


「この射出機、いいな」


 滑走距離が飛躍的に短くなるため、一度に多く機体を並べて発進させることができる。さらに待ち時間ほぼなしで、順に発進するため、先頭の機体が発艦した後、最後の機体が発艦するまで、ぐるぐると空母の上空を回らなくて済む。


 全機発艦までに1分もかからないため、編隊移動もスムーズで隊形を整えるのもさほど手間もかからない。まさにいいことづくめである。


「往け。マニラへ――キャビテ軍港の敵を撃滅せよ」


 小沢が、すでに点になっている航空隊に敬礼すると、草鹿も、源田航空参謀もそれにならった。整備員たちの帽振れも、あっという間、航空隊が飛び去ったためにすぐに終わってしまう。


 矢は放たれたのだ。


 その数、561機。カタパルトによる一度の発艦数の増加もあって、従来なら一次と二次で分散していたところを、まとめて送り出した。


 開戦以来、最大規模の攻撃隊が、飛び立った。



  ・  ・  ・



 異世界帝国東洋艦隊司令部は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。


 フィリピン制圧から、整備を進めていた各飛行場も、機体は定数を満たしているとはいえず、補充が間に合っていない。


 フィリピン方面で比較的戦力を有していたのは、台湾方面を睨む戦闘機基地と、マニラ周辺の飛行場であったが、そこに、日本軍――第三艦隊から飛来した大航空隊の襲撃は、彼らを慌てさせた。


「日本軍の襲撃か!?」


 東洋艦隊司令長官メトポロン大将は、艦隊出港に備えて司令部を、艦隊旗艦『メギストス』に移していたが、キャビテ軍港司令部からの報告に、作戦室に駆け込んだ。


 ヴェガス参謀長が背筋を伸ばした。


「はい、長官。飛行場の各戦闘機隊は来襲に備えて、迎撃機を発進させたとのこと」

「敵の目的はわかっているのか?」


 侵攻に備えて、制空権を確保するために飛行場を狙ったか。それとも――


「敵の針路から、ここキャビテ軍港を目指しているものと思われます」


 ヴェガスは答えた。


「その数、500から600と思われ、総数からみて、敵の空母機動部隊の攻撃隊かと……」

「そんな数の航空隊とは……」


 一瞬、メトポロンは言葉を失った。


「つまり、日本軍は、マリアナ諸島ではなく、フィリピンを狙ってきたということだ!」


 多数の空母を動員しなければ、その数の航空隊の説明がつかない。またその規模の敵が陽動のはずがない。


 奴らは、フィリピンを叩き、おそらく東南アジア一帯への侵攻を目論んでいるのだ。


「東洋艦隊はただちに、キャビテを出港する!」


 敵の意図が、東南アジア一帯の最大の脅威とされているだろう東洋艦隊撃滅ならば、満足な回避運動の取れない軍港内に留まるのは悪手だ。


「敵の機動部隊は発見されたのか? 昨夜、偵察機を出すように命じたはずだが」

「はっ、いまは報告はありません」


 大嵐の影響で、雨は上がっても雲が多かったか。


 偵察機にも捜索用レーダーが積まれているはずだが、あいかわらず性能はお察しということか。やはり魔法のようにはいかないということだ。


「長官! 緊急電であります! 偵察機が敵艦隊を発見いたしました!」


 通信参謀が飛び込んできた。メトポロンは口元を引き締めた。――見つけたか!


「敵艦隊は戦艦7、巡洋艦1、駆逐艦16。その後方に小型空母、数隻ほか護衛艦十数隻を確認とのこと! 敵は日本軍です!」

「戦艦……!?」


 空母機動部隊ではない――!?

 航空隊を放った部隊とは別艦隊か。

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