第596話、カリブ海の現状


 大西洋艦隊司令長官、ロイヤル・E・インガソルとの予想外の面談の後、神明と足鹿艦長は『龍驤』に戻った。


「艦長、燃料を積み込み次第、出航」

「了解です。内地へ帰投でよろしいですね?」

「いや、偵察活動だ。司令部で聞いていただろう? バミューダ諸島に偵察機を飛ばす」

「あ、本気でやるんですね」


 足鹿は苦笑する。大西洋艦隊司令部では、案山子も同然で聞き役に徹していた。神明がノーフォークへ向かう道中、盛んに長距離偵察を図り、敵の補給部隊なり拠点を探しているのを知っているだけに、まだ諦めてなかったのかと思う。


「私は、これから『出雲』に飛んで、古賀長官に今回の件の報告と偵察行動についての了承をもらってくる」

「事後承諾というやつですか?」

「こちらの道中、敵がフロリダ半島辺りに多かった理由が気になる。奴らの補給拠点は、米軍が考えているより近くにあるはずだ。見過ごすと、古賀長官のカリブ海・大西洋警戒部隊も危ない」


 神明は、第九航空艦隊に偵察隊の派遣の手配をすると、『龍驤』艦内の転移部屋から、古賀艦隊の旗艦『出雲』の転移部屋へ移動した。


 警備兵の敬礼に答え、当直士官に声をかけて転移利用書に記録をつける。一部の伝令を除けば、転移部屋での移動は将官とその補佐に限られている。緊急時は例外ではあるが。

 記録がてら、神明は『出雲』とカリブ海・大西洋警戒部隊の現状について話を聞いた。なにぶん、転移ゲート輸送部隊で移動している際、この艦隊が対潜掃討作戦を遂行中としか知らなかったからだ。


 が、当直から聞いた話は、神明の想像を超えていた。150隻以上の敵潜水艦隊を撃破したのはともかく、戦艦『諏方』『比叡』『霧島』他が大きなダメージを受け、第六艦隊の二個潜水戦隊が全滅したというのだ。

 しかも潜水艦隊をやったのは、新型潜水艦と新兵器らしい。これは思ったより、状況がよろしくないのでは、と神明は艦隊司令部を訪ねた。


 会議中かと思ったら、古賀長官は長官公室で休憩中とのことだったので、原 鼎三ていぞう参謀長に簡単ながら報告した。


「それは長官に話された方がいいな」


 原がそういうので長官公室へ足を向ける。古賀は幾分か疲れた表情をしていた。


「おお、神明か。君が現れたということは、転移ゲートの輸送は成し遂げられたのかな?」

「はい、長官」


 ゲート輸送の成功。その後にあった米大西洋艦隊のインガソル長官との会談の件などを神明は報告した。


「――アメリカとしては、やはり日本海軍の使っている転移や魔技研技術に関心を抱いていました」

「だろうな。しかし、大西洋艦隊司令長官自らが、一少将に面談を求めるとは」


 古賀にとっても意外だった。それだけ転移ゲートについて米軍が重視していた、という見方もできるが、それだけが目的ではないだろうことはわかる。


「……話してないだろうな?」

「そのつもりです。ただ向こうもそれなりに察しているなところもありましたから、上手く誤魔化せたかまではわかりません」

「うむ……。今後の日米関係に期待しよう。――さしあたって、カリブ海の方だ」


 古賀が話題を変え、そして重々しく息をついた。


「君は聞いているか知らないが、今、我が艦隊は深刻な状況に陥っている」

「敵の新型潜水艦と、その武器ですか」


 少し聞きました、と神明が言うと、古賀は首肯した。


「相応の敵潜を撃沈したが、その新型を含む有力な潜水艦隊は、いまだ健在だ。特に敵が使ってくる新兵器は、防御障壁のない潜水艦には天敵も同然だ」


 対潜部隊としても活躍が見込まれていた第六艦隊が、完全に封殺された。


「それでなくても二個潜水戦隊がやられ、第六艦隊の戦力も落ちている。カリブ海の制海権維持が難しくなった」

「……防御障壁で防げるのは、間違いないのですか?」


 神明は確認する。古賀は答えた。


「『諏方』、そして『石動』『国見』は、潜水艦を一撃で轟沈させた攻撃については防いだ。これは防御障壁であれば問題ないと報告を受けた」

「『諏方』は大破したと聞きましたが……?」

「もう一つの新兵器のほうだな。障壁を貫いてくる新型魚雷だそうだ。『諏方』そして2隻の大型巡洋艦は、その障壁貫通魚雷にやられた」


 この3隻はダメージを受けたが、転移離脱によって味方勢力圏に退避、沈没を免れた。それがなければ、今頃、カリブ海に沈んでいた。


「戦艦を大破させる障壁貫通魚雷、ですか……」

「それと水中での超高速攻撃。それについては食らった艦が沈んだ上に、転移離脱した艦はその攻撃を受けていないから、何なのかわからない」

「……沈んだ潜水艦を回収して、どんな攻撃だったのか分析する必要があるわけですね」


 神明の発言に、しかし古賀は眉をひそめたまま言った。


「だが、例の新兵器が何なのかわからない以上、迂闊に回収もできん。カリブ海には、敵の潜水艦が入り込んでいる上、それが新型だった場合、遭遇したら回収艦もやられてしまうだろう」


 南米派遣艦隊の他、沈没艦をサルベージする第五回収隊がある。しかし、対策できない現状、潜水艦を前線に近づけるのは二次被害の可能性が高く、迂闊に出すわけにもいかなかった。


「とはいえ、現状、このまま放置もできないでしょう」


 異世界帝国は、沈没艦を回収し、自軍戦力に加えている。沈没した鹵獲艦はもちろん、今回撃沈した日本海軍の潜水艦も、再生可能な艦は鹵獲して使おうとするだろう。ここ最近の潜水艦の沈没の多さを見れば、異世界帝国もその回収部隊を積極的に動かしていることは想像に難くない。


「長官、回収の件ですが、確か、こちらに来ているのは第五回収隊――旗艦は大鯨型の『白鯨』だったと記憶しています」


 大型潜水巡洋艦『白鯨』。ヴラフォス級戦艦の船体を利用した大型潜水母艦であり、日本海軍にとって拠点の少ない大西洋での行動に備えて、補給艦としても活用できる大鯨型が配備されていた。

 南米派遣艦隊がバックヤード作戦のために転移した際も、先行していた『白鯨』と第五回収隊が展開していた。


「あれは回収能力もありますし、防御障壁持ちです。同じく障壁持ちのマ-1号潜を連れてきているので、それを護衛につけて回収作業は行えると思います」

「ふむ」

「後もう一つ。米軍との話の中で、敵が潜水艦の支援のために展開している可能性のある場所が明らかになりました」


 神明は、英領バミューダ諸島の現状について、古賀に説明した。


「もちろん、確証はありません。ですが遮蔽で隠れて海氷基地のようなものがあった場合、敵潜水艦隊の補給拠点として活用される可能性は高いと思われます」

「そういえば、先の敵潜水艦隊との交戦は、こちらの想定より早かったな」


 古賀は思い当たることがあったようで、腕を組んだ。


「もし、バミューダ諸島に敵が補給拠点を用意していたなら……再攻撃までの短さにも、ある程度納得はできる」

「はい。実に勝手ながら潜水可能空母である『龍驤』に、バミューダ諸島への偵察機の派遣を命じました。……もちろん、遮蔽を見破る能力者付きで」

「それで敵が発見できたなら――」


 古賀の瞳に闘志が宿った。


「先の戦いによる被害に対する報復ができるわけだな!」


 あわよくば、補給中の敵潜水艦隊も一網打尽にできる可能性もある。……もちろん、本当にそこに拠点があれば、の話であるが。

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