第597話、バミューダ諸島


 神明は、古賀長官の了承をもらい、第五回収隊の旗艦『白鯨』と、マ-1号潜を動かし、グレナダ島沖へと送った。


 ちなみにこの二隻は、連合艦隊ではなく軍令部直轄である。マ-1号潜は今回の輸送任務で神明の指揮下にあり、そのままで使ったが、『白鯨』の方には軍令部に話を通す必要があった。敵の新型鹵獲と、敵にこちらの技術が流出しないようにするため、と言ったらあっさり許可は出た。

 マ-1号潜に乗艦した神明は、早見 明子潜水艦長の出迎えを受ける。


「閣下にお越しいただけるとは、恐悦至極に存じます」

「……存分に働いてもらうから、そのつもりで」

「ハッ! お任せください!」


 非常に生真面目な女性だ、と神明は思う。早見の普段を知らない神明は、彼女に対してそういう印象しかない。ここまで上下がはっきりした態度を取る相手が自分に対してだけだということを、神明は知らない。


「今回は『白鯨』を護衛しつつ、敵の潜水艦がいればそれを沈める。その中には敵の新型もいるかもしれない」

「新型、でございますか」

「防御障壁で防がないと一発轟沈の新兵器を持っているらしい」

「なるほど……。それはこのマ-1号潜にお声がかかるわけですね」


 水中使用効率を高めた防御障壁を、改装の際に搭載したマ-1号潜である。


「だが、障壁のある敵には、その障壁を貫通する魚雷を使ってくる。つまり二段構えだ」

「それは非常に厄介ですね」

「そういうことだ。だが、この潜水艦には、障壁以外の防御装備がある」

「はい、閣下。敵の魚雷に対しては、そちらで対応するわけですね」


 戦艦『諏方』、大巡の『石動』『国見』が大破しながらも、持ち帰ってくれた情報である。現状の装備で対策できるのであれば、行動しない手はない。


「そしてこちらからの攻撃の話だが、敵の新型潜水艦は、防御障壁を装備している。ただし、その防御性能は低く、魚雷一発で障壁は剥がせる」

「……つまり、時間差攻撃が有効というわけですね」

「そういうことだ。1隻仕留めるのに最低2本、必要になる」


 中々面倒なことである。マ-1号潜には、新開発の転移武器庫を備え、潜水中でも魚雷の補充が可能なようになっている。基本は20本だが、戦闘中でも補充が可能なため、使える魚雷の本数は倉庫側の在庫がある分、使うことが可能だ。


「他に注意点はございますか?」

「いや。……後は現場で、臨機応変に、だな」

「承知しました」


 かくて、マ-1号潜は、カリブ海・大西洋警戒部隊が設置した転移中継ブイを用いて、一気にカリブ海東、小アンティル諸島、グレナダ沖へ移動した。

 一分しないうちに、大鯨型『白鯨』も転移で現れ、合流を果たす。


「では、潜水艦狩りを開始しよう」

「はい、閣下」


 早見潜水艦長が、潜航を命じる。マ-1号は周辺海域に潜伏する敵潜水艦を捜索。『白鯨』は、撃沈された第六艦隊の伊号、呂号潜水艦、そして少なからず撃沈した敵潜水艦の残骸の回収作業にかかる。


「司令、艦隊宛ての通信を傍受しました!」


 上坂通信士が報告した。


「『龍驤』より、カリブ海・大西洋警戒部隊へ。バミューダ島西に遮蔽で隠れる巨大構造物を発見。また潜水艦と簡易ドックと思われる反応多数あり!」

「閣下」

「やはり遮蔽に隠れていたか」


 神明は淡々と言った。場所の見当がつけばこんなものだ。


「どれほどの規模か、興味はあるね」



  ・  ・  ・



「わぁ、これは大きいですねぇ」


 芦屋 晶江兵曹長は、彩雲改偵察機の通信手席から、眼下の島――バミューダ島とそれに隣接する異物を見た。


 見えないものが見える能力者である芦屋には、無数の小さな青い虫が、もぞもぞと蠢いているよう見えた。まるで蟻の集団か、蜂の巣を見るようだった。その輪郭をなぞれば、建造物だったり潜水艦だったりと推測することができる。


 軽空母『龍驤』から、バミューダ諸島の偵察を命じられ、飛んできたが、本当に遮蔽に隠れた敵拠点が存在していた。


「芦屋兵曹長、見えるか?」


 機長の藤本少尉が言えば、芦屋は返事をした。


「はい、かなり広範囲に遮蔽がかかっているようです! 気味が悪いです!」

「お、おうそうか。で、どのように見える?」

「軍港のようです。施設ほか、潜水艦も十数隻あるようです」

「了解した。では『龍驤』と艦隊に報告! 我、バミューダ島に敵拠点を発見!」


 藤本は指示を出すと、改めてバミューダ島を見やる。100を軽く超える岩礁と珊瑚礁が点在し、その中央に位置する。周りの島々を含めて、バミューダ諸島というが、メインの島の形が、何となくエビのように見えた。


「俺の目には、町の跡は見えるが、基地も潜水艦も見えないな……」


 発見報告をしたはいいが、これでは攻撃できないのではないか。操縦担当の浜松が言った。


「高度を落として、周回しますか?」


 遮蔽装置搭載の彩雲偵察機である。こちらが敵施設が見えないように、レーダーも目視も彩雲の姿は捉えられないはずだ。


「よし、距離は取れよ」


 最悪、芦屋があるという敵施設に真っ正面からアプローチしてやろうかとも思った。彩雲は海面近くまで下りて、バミューダ島の周りをグルリと周回する。


「おっ!?」

「おっ!」


 浜松も藤本も、唐突に見えてきた黒い建築物に目を見開いた。空から見下ろすと見えなかったそれが、高度を同じくらいに下げたら見えてきた。


「そうか! 遮蔽の傘をさしていたのか!」


 米軍の偵察機が島を見にくるだけでは、決して見つからないはずだった。船で近づいていれば、おそらく見えていたに違いない。


「見えるぞ、俺にも敵が!」



  ・  ・  ・


 龍驤の偵察機からの報告は、カリブ海・大西洋警戒部隊の旗艦『出雲』にも届いた。

 本当に敵潜水艦隊の補給拠点があった! 古賀 峯一大将は、ただちに命令を発した。


「バミューダ島の敵施設を空爆する! 各航空戦隊、『龍驤』の元まで移動! その後、攻撃隊を発艦させよ!」


 第九艦隊所属の軽空母『龍驤』は、改装によって潜水行動が可能となったが、同時に転移中継装置を搭載し、味方艦艇ならびに航空隊の転移点となることが可能だ。

 神明が、『龍驤』をバミューダ諸島へ向かわせた理由がそれである。敵基地や補給船団を発見したら、自艦以外の航空隊を転移中継することで、大攻撃隊を送り込むが可能になるからだ。


 海上を単艦で航行していた『龍驤』の周りに、護衛の駆逐艦と共に古賀艦隊所属の第六航空戦隊の4隻の空母と、特海空母の『雲海』が出現する。

 空母が揃ったところで、その飛行甲板から、烈風艦上戦闘機、流星艦上攻撃機が発艦を開始した。


 目標、敵潜水艦隊補給基地!

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