第32話、攻撃隊、発進!
魔技研主導の第九艦隊は、バシー海峡を抜けて、南シナ海へと侵入した。
昼間は『
この光の魔法は、海を刻む航跡までは消せないので、敵の警戒機などが近づくと、艦を停止させてやり過ごすなどの制限があった。
とはいえ、フィリピン周辺と大陸方面の最前線に、異世界帝国は注力しているため、その中間海域はかなり手薄だった。
おかげで、第九艦隊セレター軍港攻撃部隊は、時々敵をやり過ごすことはあったものの、問題なくシンガポール海峡東に到着した。
須賀中尉は、鰤谷丸の艦内にいたが、その間にも上陸するセレター軍港の情報を勉強したり、銃の撃ち方の復習などに時間を使っていた。
「小銃なんて、戦闘機乗りはまず使わないからな」
敵地に落ちた時は、自衛、もしくは自決用に拳銃を持って行く。須賀ももちろん拳銃を所持していたが、割と無頓着で、士官にも関わらず陸式拳銃――南部大型拳銃を使っていた。
「うっわ、重い!」
正木妙子は、須賀の陸式拳銃を持ってみて目を丸くした。
「これ私の使ってるやつの倍くらい重くない?」
そういう妙子は、FNブローニングM1910を使っている。.32ACP弾を7発装填する拳銃である。
魔技研の能力者の女の子たちも、自衛用の拳銃は、比較的軽量のブローニング拳銃を持っていた。
須賀の持つ南部大型拳銃は、陸軍でも士官たちから『重い』と、あまり人気がないらしい。士官以上となると、個人の装備は自前で揃えることになるので、輸入した他国装備が好まれている傾向にある。陸軍の士官の間でさえ、ブローニング拳銃は人気の品だ。
――格好いいと思うんだけどなぁ。……重いけど。
南部大型拳銃は、デザインがいいと思う須賀である。
それはそれとして。
「大丈夫か? 緊張してる?」
「う、うん、ちょっとね……」
妙子は苦笑した。これから目的地であるセレター軍港へ向かうのだ。海軍陸戦隊と陸軍の特殊大隊と共に、異世界帝国が占領している軍事施設へ突撃しなくてはならない。
能力者の女の子たちも、緊張が隠せないようで、元気な藤田中尉も無言で、篠川などは青ざめている。
「義二郎さんは怖くない?」
おい、呼び方――と注意はしなかった。小声だったし、落ち着かないのだろう。
「怖くないかって? 怖いよ」
「……そんな風には見えないけど?」
「そうかい? 見てくれよ、俺の手、ガタガタ震えてるだろう?」
須賀は右手を小刻みに動かし、それを左手で押さえる。ブルブルブル。
妙子はムッとした。
「わざとやってる?」
「はて、まだ酒は入れてないんだが」
「当たり前だよ! 作戦前なんだからね!」
周りで能力者たちが苦笑している。須賀は皮肉っぽく言う。
「まあ、俺たちは陸戦隊の後についていけばいい。そんなに難しくないよ」
陸での実戦経験はなく、ド素人と言ってもいい須賀。おそらく、ここの子たちもそうだろう。
しかし須賀や能力者たちの使命は、停泊中の敵艦に乗り込み、その魔核を操ること。異世界帝国の兵隊と戦うことではない。
それは陸軍さんや海軍陸戦隊の護衛の方々のお仕事である。特に陸戦隊隊員は、能力者が怪我しないように、肉壁となってでも死守しなくてはならない。
能力者が一人欠けるだけで、奪取できる艦が減る。それは危険を冒して敵軍港に乗り込む今回の作戦の意味を失わせてしまうのだ。誰だって無駄死には嫌である。
陸戦装備をそれぞれ身につけ、鉄帽を被る。――まさかこれを被る日が来るとは。
戦闘機乗りである以上、敵地に落ちて戦闘することはあるかもと思っていたが、鉄帽は装備にはなかった。
須賀は、セレター軍港が映し出された写真を見つめた。魔技研の偵察機が軍港の上空に侵入して撮影したというが、よくもまあ無事に持ち帰ったものだと感心する。
写真とはいえ、攻撃部隊がどのあたりに上陸するか、そしてそこから停泊している軍艦までの道のりも、おおよそ辿れるくらいはっきり映し出されている。
ネルソン級、R級戦艦に、空母、そして重巡洋艦。
――俺はこの重巡。
イギリス海軍重巡洋艦『エクセター』。日本海軍でいえば、青葉型に近い軍艦だ。重巡としては、そこまで強力ではない。異世界帝国とシンガポール近海で戦い、撃沈されたが、敵の手によって浮上、修理された巡洋艦……。
「あー、能力者の方々。こちらに来ていただいてもよろしいでしょうか?」
九頭島海軍陸戦隊の隊員が呼びにきた。藤田中尉が「はい」と凜々しく返事した。
――いよいよだ。
須賀も覚悟を決める。
――そういえば、異世界帝国も人間らしいけど、どんな連中なんだろう……?
すでに仏印では日本陸軍が、異世界帝国の陸軍と戦っている。世界の各地でも異世界帝国との陸戦の話は聞こえてくるのだが、実際に見たことがないから不安もある。
聞けば、敵は人間だけでなく、ゴーレムとかいう人型人形や、死体を操ったりするらしい。
・ ・ ・
「目標海域に到着!」
「ようし、『鰤谷丸』浮上!」
艦長の大幡中佐が男勝りな声で号令を出す。排水量5万トン超えの艦体ながら、潜水も可能な特務艦『鰤谷丸』は、夜のシンガポール海峡に浮上した。
「戦爆隊は、ただちに発艦準備にかかれ! 上陸部隊は舟艇に乗っているな? 舟艇格納庫に海水を入れろ!」
下部格納庫――今回の任務に合わせて、上陸する陸戦隊と陸軍大隊を載せた大発動艇が並べられていた。
潜水機能を利用し、艦を沈降、下部格納庫に薄く海水を張る。水が入ったことで大発が浮かぶと、後部ハッチから順次発進していく。
一方、上部格納庫は、今回は航空機を搭載している。セレター軍港周りの航空基地の攻撃と、上陸部隊の援護だ。
この上は航空機、下は舟艇を載せるやり方は、陸軍が海軍の協力のもと建造し、1932年に竣工した上陸用舟艇母船『神州丸』に似ている。もちろん、細かな部分や発進方式、仕組みなどは違うが。
「上部ハッチ開放! 射出機、用意!」
『鰤谷丸』の艦体上部、艦首左右のハッチが開く。中ではマ式カタパルトレール上に九九式艦上戦闘機と九九式艦上爆撃機改二が並べられていた。それぞれ搭載されている春風一二型、空冷エンジンを轟々と唸らせて、出撃準備を終える。
「全機、射出準備よーし!」
「艦載機、発進せよ!」
「一番射出ぅ! 二番射出ぅ!」
右、左と順番に先陣を切る戦闘機が、打ち出される。
全長269メートルを誇る巨艦である。その格納庫一層分は、軽空母に匹敵する搭載数を持つ。
魔法式カタパルトから次々に空へと放り出された航空機は、予備機を残し計30機に及んだ。
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