第31話、想定外の暗号電文
魔技研が、将来の危機に備えたと聞き、神大佐は気づいた。
「『
「そう見て、間違いないだろう」
神明大佐は頷いた。
「先のトラック沖海戦の戦闘詳報には、我が海軍の第二艦隊は、海中から現れた駆逐艦並みの武装を持った潜水艦に襲撃されたとある」
比較的近くで浮上し、装備した艦砲や魚雷をぶっ放す――魔技研が、改造『畝傍』をもとに、潜水して敵地に飛び込み、浮上奇襲を仕掛ける構想の話があったが、敵のその戦術と合致するところがある。
異世界帝国のその駆逐型潜水艦は、防水膜処理で、およそ潜水艦とは思えないごつごつした外観ながら、艦を覆って潜水しているのだ。
「『畝傍』の亡失も、連中が異世界の技術を使い、捕獲したという可能性が高いだろう。惜しむらくは、改造されて発見された『畝傍』は、乗組員は誰ひとりいなかったことか。完全に無人の状態だったそうだ」
「それでは、証言も取れませんな」
神は、惜しいという顔をした。異世界帝国――ムンドゥス帝国に関係する情報が掴めたかもしれないのに、と。
「何か記録は残っていなかったのですか? 日誌とか」
「それらも発見されなかった」
よりはっきり言えば、乗員の私物や艦内備品なども、日本やこの世界のものは一切なかったのだという。
「しかし、疑問ですな。艦が無人なら、どうやって発見されたのですか? 流れてきたとでも?」
「まさに。流れてきたのだ。当事者たちは不思議がっていたよ。まるで幽霊船だって」
ゴクリ、と神は喉をならした。
「非科学的ですな……」
「まあ、一応、仮説の域を出ないが聞くか?」
「ぜひ」
神明は頷くと、証拠はないが、と前置きした。
「今から50年以上前だ。異世界の連中もまだ、こちらの世界に来る方法を模索していた段階だったのかもしれない。たとえば、
「なるほど……」
この世界から『畝傍』を誘拐した時もそうだったのかもしれない。異世界人は、世界を越える実験を繰り返し、この世界に縁があるモノ――『畝傍』の船体を利用して飛ばしたが、まだ人は送れなかった、と仮説を立てた。
神は腕を組んで唸る。
「異世界人とて、最初から全て上手くいってはいなかった、というわけですな。そして試行錯誤の末、ここ数年でようやく異世界を越えられるようになったと」
興味深い話でした、と、神は神明に礼を言った。
・ ・ ・
第九艦隊は、順調に沖縄の南を航行、南シナ海へと針路を取っていた。
艦隊の中でも、潜水機能を持つのは、潜水艦部隊を除いて、『
残る大巡『妙義』『生駒』、試験空母『翔竜』、軽巡『鈴鹿』、青雲型駆逐艦4隻と、氷雨型駆逐艦『氷雨』は潜水機能は持っていなかった。
なので、日中の第九艦隊は9隻、夜になると潜水している6隻が浮上して15隻となった。
まだ日本から近いとはいえ、異世界帝国の潜水艦がチラホラと徘徊しはじめているので、油断はできない。
前路については、魔技研潜水艦部隊である11隻のマ号潜水艦が進出し、警戒に当たっている。
なお、このうちの半数近くは、フィリピン近海で敵東洋艦隊を牽制する任務を与えられた陽動部隊でもある。
そんな第九艦隊だったが、本土からひとつの暗号電文が届き、司令部である『妙義』艦橋を騒然とさせた。
「米艦隊が、フィリピン近海へ接近中だと……?」
軍令部から送られた電文によると、フィリピンを防衛していた米極東陸軍は、ほぼ壊滅。現地の司令官ら幹部と、一部残存部隊を脱出させるため、米海軍は空母『サラトガ』以下、10隻ほどの小艦隊を派遣したという。
そして第九艦隊に、これを支援することが可能か、という確認の通信であった。
――ダグラス・マッカーサーか……。
アメリカ陸軍大将にして、フィリピン陸軍元帥。1946年にアメリカから独立するフィリピンのために、フィリピン軍を創設し、その軍事顧問として派遣された男。米国本土も異世界帝国を前に大変だろうに、ご苦労なことである。
無感動な目で報告を受けた神明に対して、神は眉をひそめた。
「第九艦隊は、敵重要拠点への攻撃を控えているというのに……。そんな余裕など」
「……」
「神明大佐。軍令部は、第九艦隊に何を望んで、こんな……」
セレター軍港強襲を中止して? いや、作戦は続行だ。あくまで、支援が可能かどうかの確認だ。
しかして、軍令部の意図は――
「米国に貸しを作りたいのだろうな」
昨年まで、日本と米国の関係は大いに冷え込み、戦争を考えるまでに悪化していた。中国に利権を求める米国に対し、大陸利権を独占したい日本。結果、米国は対日制裁や、日本と欧州との交渉の露骨な妨害を繰り返すことになった。
だが現在、異世界帝国という共通の敵と戦っている現状、米国も日本を敵視している場合でもなくなっている。
日本としても、今後の異世界帝国との戦争のために、石油を始め、多くの資源や物資を必要としている。
特に石油は米国の依存度が高く、関係を改善し、現場での共闘は叶わずとも、国家存亡に必要な石油、その他資源の輸入を望んでいるのだった。
「米国への貸しですか……」
渋い顔をする神。彼は親独派であるから、米国やその他の国々の露骨な嫌がらせに苛立ちを募らせているのだ。
「遠きフィリピンの地で、異世界帝国相手に勇戦する指揮官を死なせるな……とまあ、アメリカ人の考えそうなことだ。そうまでして救出させようとしているわけだ。手助けをしたら、彼らも、満更日本人も悪くないと思うかもしれない」
「敵の敵は味方、ですか?」
「白人の人種差別主義には辟易しているがね」
神明は、さっそく戦力の割り振りを考える。
「『生駒』と『翔竜』、駆逐艦『冬雲』と『雪雲』を出そう」
大巡1、実験空母1、駆逐艦2の合計4隻を分離させ、アメリカ海軍を支援させる。
「わずか4隻ですが、よろしいのですか?」
神は問うた。セレター軍港攻撃には、その4隻たりとも貴重な戦力。逆に米海軍支援にたった4隻で何ができるというのか、と疑問なのだろう。
「なに正面から戦うのは米軍だ。我々は、彼らの足りないところを、一押ししてやるだけでいい」
できることなど、高が知れているのだ。最低限の援護でも、支援は支援である。
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