第33話、飛行場、炎上す


 鰤谷ぶりたに丸が、艦載機と、大発動艇を出撃させている頃、第九艦隊の水上攻撃部隊は、それぞれの配置についていた。


 陽動部隊と分離し、米軍支援にも艦艇を割いたため、参加艦艇は、大巡1、軽巡2、駆逐艦5、特務艦1、潜水艦2となっている。


 攻撃部隊旗艦、大型巡洋艦『妙義』は、軽巡洋艦『鈴鹿』、駆逐艦『氷雨』の2隻を従え、シンガポール海峡を突っ切り、本島の南海上を進んでいた。


『妙義』は基準排水量2万5500トン、全長は221メートルと、重巡洋艦よりも大型の巡洋艦だ。


 一昔前前の弩級戦艦並み――というのも、ベース素材となっているのが、スカパフローで自沈したドイツ戦艦『カイザー』である。


 50口径30.5センチ連装砲を五基一〇門搭載だった戦艦だったが、魔技研が大改造を施し、艦体が50メートル近くも延長。50口径30.5センチ砲は三連装砲になり、三基九門と、その砲配置も、前に二基を背負い式に、後ろに一基と、元となった『カイザー』のそれは見る影もない。


 艦橋や艤装の大半が日本海軍式となっているのも、その印象を増している。機関も換装、強化され、16万馬力32ノット――水抵抗軽減魔法処置で最大35ノットを発揮する。


 魔技研が改造再生した大型巡洋艦の大半は、ドイツの弩級戦艦ベースだが、雲仙型と命名されたそれらはケーニヒ級戦艦であり、カイザー級戦艦ベースの大型巡洋艦は、この『妙義』だけだったりする。


 他にもカイザー級戦艦はあったが、大型巡洋艦に使われたのはこれだけというのは、実のところ実験艦だったところが大きい。他の大型巡洋艦と比べても、各種多彩な魔法装備を積み込んでおり、そもそも機関も魔法式――マ式が採用されていた。


「右、砲戦用意」


 神明大佐は命令を発した。


「目標、カラン飛行場。正木、捕捉しているな?」

『捉えています』


 正木初子大尉は、零式射撃管制装置を作動させ、シンガポール南部にある軍用飛行場をその視界に収める。もっとも、魔力の目によるものなので、彼女自身は瞼を閉じている。


 かつてこの地を植民地として支配していた大英帝国の守備隊は、異世界帝国の侵攻を受けて壊滅。そこに存在した軍施設も制圧されている。


 複数存在した軍用の飛行場も、現在はセレター、カラン、センバワンの三つしか稼働していない。


 最前線が北へ移り、人類側からの攻撃の可能性が低いからと、シンガポール要塞の復旧と防衛力の強化は、遅々として進んでいない状況である。


 ……だからこそ、神明はこの手薄なシンガポール、セレター軍港を狙う作戦を立てた。強力な守備艦隊である異世界帝国東洋艦隊は、フィリピンに出払っている。


 まずは、飛行場を叩く。敵の索敵は、妨害魔法により回避してきたが、そろそろ限界だ。


 特に『鰤谷丸』から航空隊が発艦したあたりで、懐に『敵』が飛び込んできている事が察知されただろう。


 こちらも攻撃を開始すれば、遮蔽装置の効果も消える。敵が反撃してくる前に、その反撃の手段を潰すのだ。


 時間を確認する。間もなく、他部隊も攻撃を開始する。


『大佐、いつでもどうぞ』

「……主砲、撃ち方始め!」


 その瞬間、大型巡洋艦『妙義』の30.5センチ砲が火を吹いた。



  ・  ・  ・



 大巡『妙義』戦隊が、シンガポールの南にあるカラン飛行場に砲撃を開始した頃、シンガポールとマレーシアの間を通るジョホール水道を、軽巡洋艦『水無瀨』、駆逐艦『海霧』『山霧』が突き進んでいた。


 ただし、水上ではなく、水中を。


 これら3隻は、潜水機能を有する巡洋艦、駆逐艦であり、すべてマ式機関を搭載、水防魔法処理が施されており、水中を高速航行が可能な水上戦闘艦だった。


 全長151メートル、全幅16.8メートル。日露戦争で鹵獲した巡洋艦『パラーダ』――日本海軍で『津軽』として使用されたそれを廃艦後に回収、艦体延長と装備・武装、ついでに耐用年数も一新された『水無瀨』は、攻撃予定時間に合わせて、浮上。セレター軍港の真っ只中に突入した。


 搭載された主砲は、50口径14センチ連装砲が三基六門。巡洋艦としてはやや非力に見えるが、浮上襲撃で、多数の砲弾を打ち込むというコンセプト上、その主砲は自動装填砲となっており、短時間での速射能力に優れる。


 そして浮上後、その砲は軍港にほど近いセンバワン飛行場に向けられられ、矢継ぎ早に発砲された。


 続く僚艦の海霧型駆逐艦は、セレター軍港内の異世界帝国の駆逐艦や小型艦に、主砲である55口径12.7センチ単装速射砲を指向し、砲撃を加えた。


 海霧型は排水量3000トン超えだが、全長108メートル、全幅12.8メートルとやや小ぶりだ。


 なお例によって、再生・改造艦であり、『海霧』はロシア海軍の防護巡洋艦『スヴェトラーナ』、『山霧』は同ロシア防護巡洋艦『ボヤーリン』をベースとしている。


 これら3隻が、ジョホール水道内で奇襲を仕掛けている頃、セレター軍港の上空に航空機部隊が侵入した。



  ・  ・  ・



 九頭島航空隊に所属する戦闘第二中隊は、同艦上爆撃機隊と共に母艦である『鰤谷丸』を発艦し、シンガポールの夜空を飛んでいた。


 戦闘第二中隊――通称、楓隊を率いるのは井口タキ中尉。九頭島海軍魔法学校卒業の能力者である。


 第一中隊と同様、女性パイロットで構成された楓隊は、能力者としてのランクは赤ではあるが、全員が夜間でも飛行可能の夜目の魔法を習得済である。


 そして遠方と、セレター軍港の比較的近くで爆発の発光が見て取れた。センバワンとカランの飛行場だろう。敵の支配下にある航空基地に対して、第九艦隊の艦艇が艦砲射撃を開始したのだ。


『楓一番、聞こえるか? こちら柳一番』


 無線機から、九頭島航空隊艦爆隊を指揮する内田ハル大尉の声が聞こえた。


「こちら楓一番。聞こえています、どうぞ」

『艦隊が攻撃を開始した。出遅れたけれど、柳隊もセレター飛行場を叩く。敵機が出てきたらよろしく!』

「了解」


 井口は九九式艦上戦闘機のコクピットから周囲を警戒する。知らない者から見たら、彼女の目は、夜の猫の目のように光っているように映っただろう。夜目の魔法で、夜間にも関わらず周囲のものが見渡すことができた。


『こちら柳一番。柳隊、仕掛ける!』


 九九式艦爆改二型――この呼称は仮名称でまだ海軍では正式な型は決まっていない。その翼にロケット弾を6発と、胴体下部に500キロ爆弾を1発抱えて、降下を開始した。


 足付きだからこそ、その飛び込む姿は猛禽の如し。


 魔技研によって改造された九九式艦爆改二型(仮)は、翼のロケット弾を、セレター飛行場の建物、そして駐機されている敵航空機に叩き込み、爆発と炎を巻き起こさせた。


 こうして、シンガポールに残存する軍用飛行場全てが先手を取られ、日本海軍の攻撃によって炎上したのである。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・妙義型大型巡洋艦『妙義』

基準排水量:2万5500トン

全長:211メートル

全幅:29メートル

出力:魔式機関16万馬力

速力:32ノット(水抵抗軽減で35ノット)

兵装:50口径30.5センチ三連装砲×3、55口径15センチ単装砲×4

   40口径12.7センチ連装高角砲×8、

   53.3センチ三連装魚雷発射管×4

   八連装対艦誘導弾発射管×1(煙突)、対空誘導噴進弾発射機×2

   25ミリ対空機銃ほか

航空兵装:艦載機3機、カタパルト×2

姉妹艦:――

その他:カイザー級戦艦の資材を用いて建造された大型巡洋艦。実験艦であり、多くの魔法装備を搭載し、能力者の操作で、従来の艦艇とは一線を画する能力を発揮する。

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