第34話、燃えるシンガポール


 上陸部隊を乗せた舟艇部隊が、ジョホール水道を行く。


 先行した巡洋艦、駆逐艦によって、異世界帝国の小型艦が火の手を上げている。


 須賀中尉は、大発動艇の右側壁面に手をかけて、外の様子を覗き込む。軍港内は、数カ所ですでに炎上しているため、夜にも関わらず明るかった。地元の花火大会より明るい。


 こんな懐に入られて一方的な攻撃を許すとは、敵にとっては完全なる奇襲だったのだろう。


「中尉、危ないですよ」


 そう須賀に声を掛けたのは、宇良うら二等兵曹である。今回の敵艦強奪にあたり、須賀の護衛を担当する直属分隊の指揮官である。


 二十代半ばで、年齢はおそらく須賀より二、三歳上だろう。身長は若干低いが、横の幅はあって、がっちりしている。


「外は、だいぶ激しくやってる」

「事前情報じゃ、ここは手薄だって聞いてます」


 宇良の言葉に、須賀も頷く。


「そう聞いてる」


 むしろ、そうでなくては困る。


 陸軍特殊第101大隊、そして九頭島海軍陸戦隊人員、合わせて約500名程度での上陸だ。


 前線から離れている後方基地とはいえ、敵はまったくいないということはないのだが、その数は少ない方がいい。


 陸軍大隊は、上陸地点の確保と、須賀たち能力者の制圧まで周辺を押し上げ、セレター軍港に駆けつけるだろう敵を食い止める。


 海軍陸戦隊は、能力者を守りつつ、敵兵を掃討して目標敵艦の制圧にかかる。一人の能力者に二個分隊二〇名。能力者は六人だから、一二〇名が海軍。残りが陸軍となる。


「中尉は、陸戦の経験がお有りで?」

「いいや。空でなら、トラック沖で戦ったけど」


 パイロットだから。須賀の返事を受けて、宇良は視線を落とした。


「いや、かなりやる気のご様子だったので」

「こいつか?」


 須賀は持っているイ式小銃を持ち上げた。


 日独伊防共協定締結をきっかけに、イタリアから購入されたボルトアクション式ライフルである。海軍陸戦隊でも使われている武器の一つだ。


「敵地に乗り込むのに、拳銃だけじゃ心許ないからな」

「我々が護衛しますよ?」


 拳銃だけでも全然問題ないのに、と宇良は苦笑した。


「でも二〇人だろう? 少しでも手があったほうがいいんじゃないか?」

「銃の腕に自身がお有りですか?」

「迷惑を掛けない程度には」

「もし、よければベ式もありますよ? こっちは一弾倉で二〇発撃てます」


 ベ式機関短銃――ドイツ製のMP18短機関銃である。塹壕戦色濃い第一次世界大戦の頃の武器である。


「冗談、射程が違い過ぎる。ベ式なんて使おうものなら、俺は最前線に突っ込むことになる。それじゃ護衛の方が大変だろう?」

「確かに。でも敵艦に乗り込んだら、近接戦闘ですから、ベ式の方がよいのでは?」

「それもそうだ」


 しかし須賀は眉をひそめた。


「でもやっぱりベ式持っている奴が先頭に立つわけだから、護衛が苦労する羽目にならないか?」

「護衛対象を肉壁とか、悪ふざけが過ぎますね」


 笑えない冗談をいう宇良である。


 ――こいつは何が言いたんだ……? 俺に対する皮肉か?


 それとも、どう接していいかわからないというやつか。能力者なんてわけのわからないものを死守しろ、と命じられている陸戦隊員である。扱いに困るというのもわからないでもない。


 ――それは言ったら、俺のほうはまだマシか。


 妙子とか藤田中尉とか、女性士官の護衛に割り振られた連中は、困惑しているのではないだろうか。


「護衛はお任せください。必ず中尉を、敵艦までお送りします」

「制圧まで手伝ってくれると嬉しいんだが」

「そうでした」


 宇良は苦笑すると、背筋を伸ばした。


「もしもの時は、中尉の小銃をあてにしても?」

「パイロットだから、目はいいよ」


 後ろから小銃の射程を活かして、援護するくらいは。



  ・  ・  ・



 シンガポールの南の海上を進む第九艦隊攻撃部隊本隊。


 大型巡洋艦『妙義』は、30.5センチ主砲の砲弾をカラン飛行場に撃ち込みながら、さらに西進する。


 すると、南部商業港であるケッペル・ハーバーに差し掛かった。海側からやってきた異世界帝国が上陸し、橋頭堡にも使用した、シンガポール最古の港である。


「敵輸送艦、多数確認!」


 見張員の報告に、艦橋に詰めていた神大佐も双眼鏡で覗き込む。神明大佐は通信士官に告げた。


「『鈴鹿』と『氷雨』に、ケッペル港と船団への攻撃を命令。敵の補給線だ。徹底的に叩け」


 神明の命令を聞いていた神は、表情に興奮の色を滲ませる。


 旗艦に随伴していた軽巡洋艦『鈴鹿』と駆逐艦『氷雨』は、速力を上げて、その主砲をケッペル港の敵艦艇へと向けた。


 基準排水量8900トン。全長174メートルの巡洋艦『鈴鹿』は、日露戦争のロシア艦『アドミラル・ウシャコフ』と『見島』の素材を利用して合成再生させて作られた。


『鈴鹿』に潜水機能はないが、魔式機関を採用しており、その主砲は水無瀨型同様、14センチ連装自動砲が3基6門だ。他にも対艦誘導弾発射機を備えているが、輸送艦相手には使わない。


 そして随伴する駆逐艦『氷雨』は、廃艦となった旧型防護巡洋艦の余剰素材を集めて建造された、試作魔法式駆逐艦だ。


 排水量1400トン、全長97メートルの小型駆逐艦だが、その速度は水抵抗軽減魔法処置で40ノットを軽く超える。主砲はわずか2門ながら、新型の55口径12.7センチ単装自動砲を備える。


『鈴鹿』と『氷雨』は、港との距離を詰めると、速射力を活かして主砲を連射。異世界帝国の輸送艦ほか、小艦艇に次々と命中弾を当てて爆破、炎上させていった。


 また、カラン飛行場を叩いた『妙義』も、主砲と、副砲である15センチ単装両用砲で、敵港湾施設の砲撃に加わった。


 東南アジア一帯の主力戦力である、異世界帝国東洋艦隊が不在の今、ケッペルハーバーに、これら日本艦隊を迎撃できる戦力は残っていなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・鈴鹿級軽巡洋艦『鈴鹿』

基準排水量:8900トン

全長:174メートル

全幅:16メートル

出力:魔式機関10万馬力

速力:35ノット(水抵抗軽減で38ノット)

兵装:14センチ連装自動砲×3 12.7センチ単装高角砲×4 

   61センチ四連装魚雷発射管×1 対潜短魚雷投下機×2

   六連装対艦誘導弾発射機×1(煙突)

航空兵装:カタパルト×1 観測機×2

姉妹艦:――


その他:日露戦争で沈んだ『アドミラル・ウシャコフ』と『見島』を合成再生させた巡洋艦。自動装填装置付き主砲で対駆逐艦撃退をこなし、対艦ミサイルによる大型艦への長距離攻撃能力を有する。なおミサイルは魔力誘導装置での誘導が必須のため、長距離であるほど観測機などからの誘導補助が必要となる。

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