第35話、セレター軍港、地上戦
陸軍特殊第101大隊は、シンガポールに上陸を果たした。戦車が上陸できる場所は、事前に確認済みである。
大発動艇D型は、日本軍の八九式戦車を一輌積み込むことができる。歩兵の数こそ二個中隊規模だが、戦車は一〇輌、用意してきた。
しかも陸軍が誇る魔法研究部門である魔研の技術が利用されたマ式改である。
八九式マ式改戦車八輌と、量産が開始されて日が浅い一式砲戦車、こちらも魔研による改仕様が二輌である。
特殊101大隊の中谷中佐は、八九式戦車改の一輌に乗り、陣頭指揮を執る。
「軍港内の敵を掃討する! 全車前進!」
海軍の縄張りで、戦車が出てくるとは思えないが、何せ異世界人の軍隊だ。何が起こるかわからない。
少なからず戦闘員はいるだろうが、相手が戦車でなければ八九式でも怖くはない。
陸軍の歩兵が前進し、戦車もそれに続く。日本陸軍の戦車は、歩兵を支援するのが仕事だ。敵が機関銃でバリバリと撃ってくるところに、榴弾砲を撃ち込むのが役目なのだ。
――だから、敵の戦車なんて出てきてほしくないねぇ……。
中谷は思う。仏印でも、異世界帝国の戦車らしきものと、日本陸軍は戦闘をしている。聞いた話では、相手はクソ硬くて、戦車砲がまるで歯がたたないらしい。
戦車というより、ダンゴムシのような、アルマジロのような、ちょっとした化け物だという。
――そんな戦車もどきが軍港にいるとは思えないが……。ゴーレムとやらはいるらしいんだよな。
人型の岩人形。昔話に出てくる鬼を、石にしたような姿をしていると、スケッチを見た。事前の打ち合わせでも、この手の人形は工兵のように土木作業もできるから、こちらとの遭遇はおそらく不可避だろう。
「トーチカ代わりに、岩人形砕きか」
戦車のエンジン音が騒音となって響く中、中谷は小さく笑った。
やがて、前を行く歩兵たちが散らばり、発砲を始める。最前線でなくても、警備兵はいるものである。
規模はともかく、守備隊というものはどこにでもいるものだ。
・ ・ ・
須賀中尉と海軍陸戦隊は、セレター軍港のドック区画に乗り込んでいた。
他の能力者を連れた部隊も、それぞれの目標艦の近くに上陸し向かっているだろう。
須賀もまた、宇良二等兵曹とその分隊と共に、桟橋に繋留されている重巡洋艦『エクセター』の再生艦を目指していた。
「やはり夜だけあって、手薄ですな」
「工員も皆、兵舎でお休みさ」
銃声や爆発音が聞こえる。陸軍はもちろん、先導する陸戦隊の分隊が、異世界人と戦っているのだろう。
倉庫が立ち並ぶ区画を走り抜ける。
「というか、ここ人いなくないか?」
「もしかしたら、先行している陸軍さんの方に、敵が集まっているかもしれませんな」
須賀が宇良と顔を見合わせれば、前で銃声が連続した。
前言撤回。前を行く分隊が、異世界人と銃撃戦を展開していた。
「あれか……?」
「中尉、あまり前に出ないでください」
隠れる場所があまりなくて、双方丸見えだ。須賀はすかさず伏せて、被弾面積を減らす。
――なんで敵は立ちんぼなんだ……?
銃を撃ち合えば、普通は遮蔽に身を隠したり、姿勢を低くするものだ。前の陸戦隊員も遮蔽がないならと伏せながら銃を撃っているのだが、敵兵は立ったまま銃を構えて撃っている。
それにしても、敵兵が随分と着ぶくれしているように見える。
「装甲服なんでしょうか」
宇良は伏せながら、小さく首を振った。
「こちらの攻撃が効いていないとか?」
「まさか」
魔法学校で見た、見えない魔法の壁とかを使っているとか――などと思っていたら、敵兵の一人が倒れて動かなくなった。
ちゃんと倒せるようだった。須賀は一息つくと、伏せの姿勢でイ式小銃を構えた。夜だが、周りの火や照明などで、うっすらと見える。
「少し遠くないですか、中尉?」
「こいつの射程なら届くさ」
ライフルの射程を舐めてはいけない。呼吸を整え、静かに引き金に指を重ねる。銃のマズルフラッシュがチカチカと視界の中で瞬く。銃声が木霊する中、指を引き絞る。
発砲!
手応えあり。狙い定めた敵兵は、脳天を吹き飛ばされ、地面に仰向けに倒れた。
「当たった……?」
「目はいいって言っただろう?」
前衛の分隊が残りの敵を倒し、起き上がって前進を開始した。須賀も周囲を警戒しつつ立ち上がる。空の薬莢を排出。敵を倒した直後が一番危ない――空での癖が地上でも出る。
ここは敵地。本格的な増援が現れる前に、さっさと仕事を終わらせよう。走る須賀たち。今しがた倒した敵兵の死体を、通るついでに一瞥する。
鎧のような重厚さのあるスーツというか、アーマーを着込んでいた。防弾効果もあるのかもしれない。
そしてその顔だが、人間のそれによく似ていた。たたし、肌は灰色っぽく見えた上に、作り物めいた模様がついていたような……。
他のもすれ違いざまに見てたが、どれも似たような顔で、しかも腐臭がしていた。
――ひょっとして、噂のゾンビ兵だかってやつか……?
それともこれが異世界人だろうか。目標へ向かって走りながら考えてみる。
「中尉、見えてきました!」
宇良が、ベルグマン機関短銃を持っていない左腕を上げて、それを指さした。
異世界帝国に捕獲され、修理されている重巡洋艦――『エクセター』だ。
そして案の定というべきか、敵兵の分隊が、こちらの乗艦を阻止すべく発砲してきた。須賀、宇良の分隊も前衛に加わり、射撃戦を繰り広げる。
敵は、見張りなのだろうが、やはりセレターという大規模軍港にしては、人が少ない。須賀は近くの遮蔽に身を隠し、イ式小銃で狙いをつける。
陸軍部隊がうまく敵を引きつけてくれているものだと信じたい。陸戦隊と撃ち合っていて、須賀はノーマークなのをいいことに、狙撃手よろしくじっくり狙って、敵兵を射殺していく。
敵の動きは実に単調だった。仲間がやられても、助けに駆け寄ることもない。怒号も上げなければ悲鳴も聞こえない。
――本当にこいつら人間なのか?
最後に二、三人が残っても、ただ銃を撃ち、逃げる様子も増援を呼びにいく様子もなかった。
「こいつら案山子か?」
須賀はイ式小銃に銃弾を込めながら思った。前衛の陸戦隊員が手榴弾を投げて、最後の敵兵をなぎ倒すと、辺りは静かになった。
「妙ですね。何か、あっさりし過ぎて怖いですな」
宇良が率直な感想を口にした。須賀も嘆息する。
「まったくな。人間と戦っている気がしなかった」
「中尉! 先行します!」
前衛分隊の兵長が、須賀に合図を送った後、部下たちと『エクセター』に乗艦するタラップへと走った。
周囲の光を浴びて、闇に浮かび上がる元英重巡洋艦。その歪な継ぎ接ぎのような装甲が走った艦体を見て、須賀は気味の悪さをおぼえた。
「まるで、幽霊船みたいだ……」
明らかに、本来の姿とは違う何かが埋め込まれていた。
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