第36話、陸軍の戦利品


 なんて厄介だ!


 陸軍特101大隊は、セレター軍港の一角で、異世界帝国の守備隊と交戦していた。


 敵を船に近づけないように防衛線を張っているが、通報でやってきただろう敵守備隊が面倒この上ない。


「正面、敵石ゴーレム!」

「五十七ミリを喰らえ!」


 九二式徹甲弾を装填。八九式中戦車改の五十七ミリ戦車砲が火を噴く。


「初弾命中! ざまあみろぃ!」


 砲手が歓声を上げる。直撃を喰らったゴーレムは砕けて果てたが、次が来る。


 また装甲服をまとった敵兵もゾロゾロと銃を撃ちながら近づいてくる。


 特101大隊は、倉庫と倉庫の間の道に陣取り、歩兵たちは瓦礫を即席の陣地に見立てて、遮蔽としながら、三八式小銃や九九式軽機関銃で応戦していた。


「うーん、さすがにこれは……」


 中谷中佐は無線機を取る。


「あーあー、こちら獅子舞。花火の支援を乞う。南西よりお客さんが中隊規模で殺到中。花火の支援を乞う」

『こちら花火、了解』


 無線機から聞こえるのは女の声。『鰤谷ぶりたに丸』航空隊――艦爆隊の内田大尉だった。


『楓一番へ。陸軍さんがご指名だ。一丁、助けに行ってくれ』

『柳一番、こちら楓一番、了解』


 戦闘機第二中隊の井口中尉の淡々とした声。中谷は優男風のその顔立ちを緩める。――海軍さんは癒やし。


 などと言っている間に、先頭の八九式中戦車に石ゴーレムが取り付き、その石の巨腕を叩きつけた。


 装甲なんてあってないようなもの。戦車同士の戦いになったら、果たして役に立つのかわからない程度の防御しかない日本の戦車。仏印でも、ボカスカ装甲を抜かれて、『ブリキ戦車』や『動く棺桶』などと言われる八九式。


 しかし、特101の八九式改は、魔法防弾の効果も相まって、その打撃に耐えた。車体前面の装甲は魔法防弾板も合わせて19ミリしかないが、その効果は80ミリの厚さと同等の効果を発揮する。


 重量にそこまで影響を与えず、重装甲を誇る魔法式装甲! さすが魔研の新装備! もうブリキの戦車とは言わせない。


『八九式を舐めるな!』


 敵の攻撃に耐えれば、反撃もできる。至近距離から徹甲弾を撃ち込まれた石ゴーレムが派手に砕けながら吹っ飛んだ。


 部下たちの奮闘を見守り、中谷も小さく笑みを浮かべる。もしこれが魔法式ではなく通常装備の部隊だったら、今頃ゴーレムに戦車は潰され、陣地も歩兵に雪崩れ込まれて、半壊していただろう。


「魔法装甲板の効果、極めて高し」


 魔法関係の装備の実戦運用も、特101大隊の任務のうちである。実戦ができるというから今回の作戦に加わったのも理由のひとつである以上、ここで得た戦訓は必ず持ち帰らないといけない。


 そして陸軍は強くなるのだ。


 が、現実を見よう。そろそろ数で押し切られそうである。間近まで敵に接近されている。今のところは戦線を維持できているが、先はわからない。


「……!」


 中谷は顔を上げる。航空機のエンジン音が聞こえてきた。そして突然、通路の向こう、殺到しつつあった敵のゴーレム、歩兵が爆発の炎に飲み込まれ、そして吹っ飛んだ。


 おおうっ――兵たちが吹き込んできた熱風に思わず遮蔽に伏せた。対地ロケット弾攻撃だ。


 海軍の航空機が、陸軍部隊を航空支援したのである。


「ひゃう、さすが……! 陸海軍が統合されたら、こういうのが普通になるのかねぇ」


 過去何度も陸軍が持ちかけた海軍との統合。その都度、海軍が突っぱねていると聞くが、実際に同じ戦場で陸海軍が協力しているというのは、いいものだと中谷は思うのだ。


「まあ、現実的じゃないかもだけど」


 陸軍と海軍の対立は、お上から末端まで浸透している。魔研と魔技研のような関係が珍しいのだ。


 その時、無線機が鳴った。


『大隊長殿! こちら捜索小隊、町田でありますっ! 中谷大隊長殿、聞こえますか、どうぞ?』

「おう、町田中尉! こちら大隊長だ。待っていたぞ。例のものは見つかったか?」


 中谷は声を弾ませた。魔研と特101大隊が、この作戦に参加したもう一つの理由。それは――


『はい、海軍の情報通り、魔核を発見しました! ただいま回収中であります!』


 でかした!――中谷は相好を崩した。


 海軍=魔技研は軍艦、そして陸軍=魔研はこの魔核を手に入れるのが、セレター軍港にまで出向いた目的でもあったのだ。


 もっとも魔核については、陸軍と海軍それぞれ半々で分配するという取り決めになっている。お上が絡むと面倒になるだろうが、魔研と魔技研の間では、穏やかにそう決まっているのだ。


「町田中尉、魔核の数はどれくらい確保できそうか?」

『ハッ! 現在二〇個を確認しました!』

「全部回収できそうか?」

『はい! 魔研提供の収納鞄に、全部入りそうであります!』


 収納鞄――見た目は普通の背負い鞄なのだが、その見た目と中の容量が釣り合わない魔法の鞄である。しかも中に入れたものの重さは、運ぶ時に影響しないという神の品だ。


 量産化の目処がついていないため、とても希少なものなのだが、これが量産できるようになれば、軍の輸送はもちろん、個人携帯装備にも革命をもたらすだろう。


 閑話休題。


 見つかった魔核、半々なら一〇個ずつか。中谷は思い出す。


 上陸前、撃沈されたと思われるイギリスやオランダの小型艦艇のスクラップの山を見かけた。


 海軍の神明大佐の話から思うに、発見された魔核は、それらの引き上げた艦を異世界帝国の尖兵として作り替えるために用意されたものだろう。


 ――海軍さんとしても、復活されて敵対されるのは嫌だろうなぁ。


 ともあれ、特101大隊としては、その目的を果たした。後は海軍の能力者たちが、敵艦を拿捕すれば――


 その時、後ろで花火が上がった。もとい、信号弾だ。


「ぼちぼち海軍さんも、お船を手に入れだしたようだ」


 独りごちる中谷。こちらも撤収準備を始めよう。


 低空を海軍の九九式艦上戦闘機が舞い降りる。バリバリバリと機関銃の激しい猛射音が響く。12.7ミリ機関銃6丁から撃ち出された銃弾が、舗装された敷地内ごと異世界帝国歩兵とゴーレムが粉砕する。


 ――九九式艦上戦闘機と九九式艦上爆撃機は、字面にすると紛らわしいな。


 ふと中谷は思ったが、陸軍にも九九式襲撃機や九九式双発軽爆撃機などがあるし、飛行機に関係なく、九九式の名のついた装備や武器は沢山あった。


 迂闊に数字だけ言うと、何のことを指しているかわからないやつである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・八九式中戦車改(丙型)

全長:5.70メートル

全幅:2.18メートル

重量:自重10.8トン

速度:最大30㎞/h

武装:九〇式57ミリ戦車砲×1

   九一式軽機関銃×2

装甲:最大19ミリ(魔法式装甲により、実質80ミリ厚に相当)

その他:八九式中戦車を、陸軍の魔法研究所(魔研)が改修したもの。軽量化魔法処理により、当初計画されていた11トン以内に収めた他、魔法式防御によって防御力がかなり向上している。乙型をベースにしており、既存の八九式中戦車も改修しやすいように丙型は設計された。

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