第37話、セレター、脱出


 繋留されている重巡洋艦『エクセター』。須賀と海軍陸戦隊、宇良分隊は、艦橋を目指し、もう一分隊は機関室の制圧に向かった。


 時々、歩哨に立っている異世界帝国兵がいるのだが、自分の持ち場から動けないのか、単独でいるため始末するのも難しくなかった。


「こいつら、見た目だけだ」

「木偶の坊ですな」


 宇良二等兵曹は頷いた。


「こんな奴らに、仏印の陸軍が苦戦しているとは思えないのですが……」

「ゾンビとかいう、死体の兵隊ってやつかもしれないな」

「かなり臭いですからね」


 須賀たちは『エクセター』の艦橋に突入した。艦橋の中央に、うっすらと緑色の光を発している一メートル球がある。


「魔核だ」


 九頭島で見たことがある須賀である。宇良はベルグマン機関短銃を構えて、グルリと見回す。


「重要区画だろうに、見張りの一人もいないとは……」

「神明大佐曰く、修理中の艦に、それほど警備を割かないだろうってさ」


 艦内に入られなければいいわけで、艦橋を見張っている必要はないと。


「そういうものですかね?」


 いまいちな表情を浮かべる宇良である。


「ザル過ぎませんか?」

「俺もそう思うが……案外、敵も人手不足なのかもしれんな」


 異世界から来たという敵である。こちらの世界へいる人数が少なくて、兵隊も前線に大半が持っていかれているから、後方の人数がいないとか。


「なるほど。これまでも、現地の人間を徴用している様子もないらしいって噂もありますし」

「普通、人手不足なら徴用しそうなんだけどな」


 須賀は魔核に両手で触れる。ム四号駆逐艦を動かす要領と同じ――そう説明は受けたが、果たして、本当にそうなのか。


 敵の艦に装備された敵の魔核である。能力者だからと、すんなり動かせるものなのか。


「おっ」


 宇良が声を上げ、部下の一等水兵と窓に近づく。


「信号弾です! どうやら他の能力者の方が、敵艦の奪取に成功したようです!」


 ――あー、そうね……。


 つまりできるということだ。敵の魔核だから操れないは言い訳になる。須賀は呼吸を整えて、魔核の制御に集中する。


 頭の中に流れ込んできたのは、艦のこと。――この『エクセター』の状態、起きていること、できることのすべて。


「……艦内機構、修復率80パーセント。機関は正常運転可能。水密等、航行に支障なし」


 無意識のうちに閉じていた目を開ければ、先ほどまで緑色だった光が消えて、うっすらと青い光に変わっていた。


「宇良兵曹。『エクセター』は掌握した。動かせる。外で信号弾を上げてくれ」

「了解! 沖野水兵!」


 一等水兵に信号弾を撃たせに走らせる。宇良は須賀のそばに来た。


「機関は制圧できたのですか?」

「ああ、幸い、敵の見張りはいないようだ。分隊も間もなく捜索を終えそうだ」

「人がいないにも関わらず、何とかなってしまいましたな」


 苦笑する宇良。艦橋の外で信号弾が上がり、その光が窓から差し込んだ。


「二〇人で、一艦制圧なんて、最初に聞いた時は正気を疑いました」

「案外、できてしまったな」


 案ずるより産むが易し、か。


 機関始動。『エクセター』、出港用意――



  ・  ・  ・



 陸戦隊員に守られた能力者たちは、それぞれ目標としていた艦に乗り込み、その魔核を支配下に置いた。


 須賀の『エクセター』が制圧の信号弾を上げたのは三番目だった。


 一番早かったのが、ネルソン級戦艦『ロドニー』の東山。その次が『ネルソン』を制圧した妙子だった。


 藤田中尉が戦艦『ラミリーズ』、谷辺が同戦艦『レゾリューション』。篠川が空母『インドミタブル』をそれぞれ確保した。


 能力者とそれを護衛する陸戦隊は、そのまま艦に乗りセレター軍港を脱出。陸軍特101大隊は、上陸地点まで後退。


 その間、ジョホール水道からセレター軍港へ乗り込んでいた巡洋艦『水無瀨』、駆逐艦『海霧』『山霧』が、軍港施設に砲撃を開始。追尾する敵守備隊に速射砲弾を浴びせて粉砕、陸軍の撤退を支援した。


 ネルソン級戦艦2隻、重巡洋艦『エクセター』、リヴェンジ級戦艦2隻、航空母艦『インドミタブル』の順番で、ジョホール水道を東へと進む。


 陸軍大隊を乗せた大発動艇群も、セレター軍港を離れ、殿は『水無瀨』以下、駆逐艦2隻。


 炎上するセレター軍港に、これを追尾できる艦艇はいない。倉庫、工場区画に燃料タンクも吹き飛び、軍港としての復旧には時間が掛かることだろう。


 敵の妨害もなく、強奪した英艦艇部隊が、ジョホール水道の入り口に辿り着けば、そこには、『鰤谷ぶりたに丸』が待機していた。


 全長269メートルの飛行甲板に、次々に艦載機が着艦している。降り立った機体はすぐに甲板を移動し、エレベーターで格納庫へと降ろされる。


 その周りには、防空駆逐艦『青雲』『天雲』がいて、主砲は空へと向けられている。一通り艦載機が着艦し、格納庫への収納作業をやる一方、鰤谷丸は速度を落とし、今度は戻ってきた大発動艇部隊の収容準備に掛かる。


 シンガポールにある飛行場は叩いたが、それ以外の近隣飛行場からの逆襲があるかもしれない。


 強奪艦を動かし、シンガポール海峡へ脱出する須賀たちもまた緊張したが、幸い、敵の空襲はなく、『鰤谷丸』も陸軍大隊を収容を終えて、追いついてきた。


『妙義』以下、攻撃部隊本隊とも合流し、第九艦隊は集結。元来た道を引き返す。旗艦『妙義』の艦橋では、神大佐が声を弾ませた。


「作戦は大成功ですね! 英戦艦と空母を鹵獲し、敵軍港と輸送艦群を撃滅しました!」

「まだ一段落だな」


 神明大佐は、ここにきても冷静だった。


「ここからは、日本本土に帰るという困難が待ち構えている。陽動部隊がいるとはいえ、フィリピン沖にいる敵艦隊や、航空部隊が、こちらを捕捉しようと捜索してくる」


 行きは、透明化や遮蔽装置である程度やり過ごせたが、今回は鹵獲艦6隻を抱えている。これらは遮蔽装置を搭載していないから、捜索されれば遅かれ早かれ発見される。

 始末が悪いのは、英戦艦群が特に低速だと言うことだ。南シナ海を高速で駆け抜けるという手が使えないのである。


 神も神妙な顔になる。


「せっかく戦艦を4隻も手に入れましたから、欲を言えば、持ち帰りたいところではありますが……。とはいえ旧式ですし、いざとなれば――」

ふねはどうでもいいが、私としてはあれらに積まれている魔核は是非に欲しいところだ。……まあ、こちらも敵航空機に対する準備は、しているのだがね」


 神明は、微塵も不安を感じさせない落ち着きを見せるのだった。

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